戦争のない明日へ

朝海

文字の大きさ
上 下
10 / 20

「衝撃の事実、残酷な詩」2

しおりを挟む
 楓が任務から帰り部屋に入ると、本部の一部が静まり返った。同情探るような視線が向けられる。ピリピリとした空気が流れている。
 
 楓は他チームの反応に違和感しかなかった。
 
 同時に緊迫した空気が流れている。

「何かありましたか? 桐原隊長」
 
 楓は蓮に問う。
 
 蓮はいつも以上に緊張していた。
 
おそらく、緊急事態エマージェンシーだろう。

「お前に見てほしいものがある」
 
 蓮は携帯端末を操作した。一枚の写真が映し出される。大人に成長した弥生が写っている。
 
 アンドロイド特有の虚ろな眼差し――。
 
 首筋にはところどころに紅い華が咲いている。
 
 それでも、間違いない。
 
 間違うことはなかった。
 
 姉の弥生である。
 
 しかも、敵として生きていたなんて――。
 
 性処理班として扱われていたなんて、思ってもいなかった。
 
 予想していなかった。
 
 蓮と葵の班以外の皆が、動揺した理由が分かる。
 
 情報班が操作して見つけた情報だという。
 
 沢田弥生
 十歳の時、アンドロイド育成施設に入所。
 現在、最高クラスの幹部に昇進。
 大和の支配下にある。
 
 アンドロイドとし生きている以上、人間に戻るには難しい部分がある。
 
 楓と弥生は五歳違いの姉弟だった。

 戦争で楓は生き残り――弥生は生涯を終えた――そう思っていたかった。

(バカな――今更、なぜ?)
 
 優秀な情報部隊がもってきた内容である。事実であることには、変わりはないだろう。明確な答えがほしくて、楓は葵と蓮を見た。

 ふらついた身体を支えようとした蓮の手を払いのける。

「嘘ですよね? 桐原班長、長谷副班長」
「お前だって理解しているだろう? 分かっているだろう?」
 
 現実だとういうことぐらい。
 
 嘘ではないことぐらい。
 
 敏感な楓なら気がついているだろう。
 
 だが、交錯した瞳が、事実だと語っていて――。
 
 待っていたのは、最悪の情報だった。
 
 生きていて幸せに暮らしているかもしれない。
 
 どこかで、笑って家庭を作っているかもしれない。
 
 淡い祈りは届くことはなかった。
 
 儚く散っていった。
 
 そんな思いは砕け散ってしまう。

 願いは脆いものだと気がつく。

 簡単に壊れてしまうものだと、思い知らされる。

「気になって調べてみた」
「僕が殺したとでも言いたいのですか? 見殺しにしたとでも言いたいのですか?」
「桐原副隊長を責めるつもりはない」
「聞きたくありません」
「お前の手で弥生さんを『人』に戻してやれ。家族のお前なら出来る」
「綺麗ごとだけで、何ができますか? 何がまもれるでしょうか?」
 
 信じていた―――信じていたのに。
 

 背中を預けられると思っていたのに、裏切られた気分だった。

 突き放された気持ちになる。

「――楓」
「任務に影響があるなら、私をチームから外してください」
「楓――落ち着け」
「中途半端な人間はいないほうがいいでしょう?」
 
 楓に渡された身分証とナイフに蓮は息を吐き出した。武器を携帯していなければ、いつアンドロイドに会うか分からない。

 戦いになる可能性もある。

 相手は殺戮マシーンであり、こちらは武器がなければ何もできない無力な人間である。

「お前の手で弥生さんを『人』に戻してやれ――家族のお前なら出来る」
 
 蓮の言葉は正しいと分かっている。
 
 それでも――この場所から逃げ出したかった。
 
 何も聞きたくなかった。
 
 話したくなかった。

「待て――楓」
「一人にさせてください」
 
 蓮が止めるより早く、楓は走り出していた。

***********

「楓君を傷つけたわね?」
「長谷副班長。聞いていたのか?」
「ええ。聞いていました」
 
 葵がにっこりと笑う。
 
 笑顔とは裏腹に、目の奥が笑っていない。
 
 付き合いが蓮でさえ、その笑顔が怖かった。

「二人とも言葉が足りませんね。今すぐ追いかけなさい」
「しかし――本部を抜けるわけには」
「私たちなら、大丈夫です」
 
 守られるだけの存在ではないと――葵は真剣な表情をしている。先ほどの笑顔が嘘みたいだった。
 周囲を見渡せば、部下たちも各自の仕事をしている。どうすれば、楓に負担をかけずに済むか、考えている者もいる。

 作戦を見直している様子も見てとれた。
 
 出来ることを各自でやっている。
 
 ここは、任せても大丈夫だろう。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
  
 蓮は楓を探すために、本部を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

SEVEN TRIGGER

匿名BB
SF
20xx年、科学のほかに魔術も発展した現代世界、伝説の特殊部隊「SEVEN TRIGGER」通称「S.T」は、かつて何度も世界を救ったとされる世界最強の特殊部隊だ。 隊員はそれぞれ1つの銃器「ハンドガン」「マシンガン」「ショットガン」「アサルトライフル」「スナイパーライフル」「ランチャー」「リボルバー」を極めたスペシャリストによって構成された部隊である。 その中で「ハンドガン」を極め、この部隊の隊長を務めていた「フォルテ・S・エルフィー」は、ある事件をきっかけに日本のとある港町に住んでいた。 長年の戦場での生活から離れ、珈琲カフェを営みながら静かに暮らしていたフォルテだったが、「セイナ・A・アシュライズ」との出会いをきっかけに、再び戦いの世界に身を投じていくことになる。 マイペースなフォルテ、生真面目すぎるセイナ、性格の合わない2人はケンカしながらも、互いに背中を預けて悪に立ち向かう。現代SFアクション&ラブコメディー

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

全ての悩みを解決した先に

夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」 成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、 新しい形の自分探しストーリー。

「メジャー・インフラトン」序章5/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節 JUMP! JUMP! JUMP! No2.

あおっち
SF
 海を埋め尽くすAXISの艦隊。 飽和攻撃が始まる台湾、金門県。  海岸の空を埋め尽くすAXISの巨大なロボ、HARMARの大群。 同時に始まる苫小牧市へ着上陸作戦。 苫小牧市を守るシーラス防衛軍。 そこで、先に上陸した砲撃部隊の砲弾が千歳市を襲った! SF大河小説の前章譚、第5部作。 是非ご覧ください。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

処理中です...