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シークレット8
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「お姉ちゃん!」
ゆっくりと倒れていく姉の幸美。
横には血のついたナイフを持っている母・みずきの姿。
それを、父・雄二は冷徹な瞳で見ているだけだ。愛理は幸美の体を支えた。
なぜ?
なぜ?
母親が娘を殺している?
そんな権利などないはずなのに。
家族の命をうばっていいはずがないのに。
「あい、り」
弱々しい声で幸美が愛理を呼ぶ。その声で彼女は我に返った。こんな弱々しい声を聞きたいわけではない。
――愛理。
普段と変わらない自分を呼ぶ声が聴きたいだけだ。
とても、華やかで。
凛とした空気を身に纏う幸美の姿が大好きで。
これからも、くだらないことで笑って、悲しいことがあれば泣いて。
それを、まだまだ共有したかった。
一緒にいたかった。
必死に止血をする。
「やだ! やだぁ! 死なないで!」
愛理は泣きじゃくる。幸美は彼女の頬に手をそえた。その手を握り返す。
「あなたは……幸せになって」
「お願い、まだ私の傍にいてよ!」
「愛しているわ……私の愛理」
「お姉ちゃん、嫌よ! 嫌!」
「ごめ……ね……私を許して」
――ごめんね。
私を許して。
「だい……よ」
――大好きよ。
「私も好きよ。だから、私のために生きてよ!」
力なくおりていく腕。
閉じられていく瞳。
幸美の最後。
死体は雄二の手下が回収していく。
「父さん、母さん! どうして、お姉ちゃんを殺したのよ!」
愛理は絶叫した。
声が部屋に響く。
「あら。不良品の「コピー」なんていらないでしょう? オリジナルの賢いあなただけがいればいいの」
みずきがにっこりと笑う。
垣間見える狂気の瞳。
それに、愛理は体を強張らせた。期待に答えなければ、お前もこうなるぞと脅しているかのようだ。愛理の家は代々医者の家系だった。
だから、高額の培養液室も購入できたのである。みずきは家庭よりも実験を選んだのだ。
自らの快楽を満たすために。
人を殺してみたいという要求のために。
その要求のターゲットになったのが、幸美だっただけである。
「鬼! 悪魔!」
「私たちがそうなら、お前は鬼か悪魔の子供になるな」
雄二は幸美が殺されても助けようとはしなかった。平然と見ていただけだ。
それは、幸美が生きていることを知っているかのように。
このあとも、存在をしていることを証明しているかのように。
だが、今の愛理にそんなことを考える余裕はなかった。それに、彼からしても彼女に他に策があるように思えない。みずきの自分への洗脳を認めているようなものだ。みずきの施行に賛同していると思ってもいいだろう。
雄二が無能だとさらけ出しているようなものである。こんな情けない父親だとは思ってもいなかった。
――この役立たず!
愛理は彼を睨んだ。
ばちり、と視線があう。
彼は笑う。
バカにしたような笑顔。
明らかな挑発。
娘に向けるようなものではなかった。血のつながった家族にものではない。
愛理の背中に鳥肌が立つ。
――味方じゃないの!
何をしているの!
信じられるのは幸美だけなのだと確信をした。その彼女も亡くなってしまった。
もう、自分には何も残されていない。
怖くはない。
この家族は家族として機能をしていなかった。
ならだ、自らの手で終わらせる。
まずは、みずきからだ。
「煩い!」
愛理は隠し持っていたナイフを取り出した。
――お姉ちゃん。
安心して。
かたきはとるわ。
だが、それはみずきに受け止められてしまう。愛理はもがくが意外と彼女の力が強い。あっけなく、ナイフを取られてしまった。
「こんな物を持っている子なんて危ないわね」
「あなたに言われたくないわ!」
子の中で異端なのは愛理ではない。
雄二とみずきだ。
そもそも、その血を引いている時点で愛理も異端な存在である。彼女本人に自覚がないせいで、厄介なことになる場合が多い。
「まだ、愛理は改良と調整の必要がありそうね」
「やだ! 触らないで!」
愛理は抵抗するが大人の力には叶わない。みずきにずるずると引きずられていく。
引きずられたまま、培養室に閉じ込められた。
バンバンと扉を叩くがピクリともしない。ただ、こぽこぽと音がするだけだ。これだと、酸素がなくなってしまう。愛理は叩くのをやめた。
――ここから、出して。
出しなさいよ!
つけられているスピーカーをオンにして彼女は吠えた。
――黙れ。
みずきの不機嫌な声が聞こえてくる。歯向かったことを根にもっているようだ。
彼女が中の気圧をさげた。
キィンと高い耳鳴りがする。
――息ができない1
お願い!
止めて!
意識が朦朧としてくる。
愛理は意識を失った。
一週間後――。
みずきは彼女を解放した。
「愛理ちゃん。調子はどう?」
みずきの甘ったるい声。
雄二はそれをただ見ているだけだ。
「随分、楽だわ」
洗脳の完了。
これで、駒として使えるだろう。
使えなくなったら、風俗にでも売りに飛ばせばいい。需要はいくらでもあるはずである。若いしそれなりの買い手はいるだろう。
思い通りになってみずきは満足だ。
雄二はどう思っているかは知らないが。
「愛理」
「父さん、何かしら?」
「お前がすべきことは何だ?」
「不良品の「コピー」を殺すこと。優秀な遺伝子を残すことね」
「その通りだ」
「まずはこの子からよ」
みずきが一枚の写真を取り出す。
一年二組。
中田麻子。
桜井加奈良の「コピー」。
計画を邪魔する者は殺してしまえ。
両親に洗脳された愛理には「普通」が通じない。狂い始めた歯車は止められない。誰にも止められない。カチカチと動き続ける。
麻子と昴とは違った「愛」。
親は子供を愛している。
自分が狂ってしまうほどに。
まさしく、「狂愛」と言う言葉がぴったりくる。
しっくりくる。
「できるよな?」
「ええ。できるわ」
雄二の言葉に愛理は頷いた。
ゆっくりと倒れていく姉の幸美。
横には血のついたナイフを持っている母・みずきの姿。
それを、父・雄二は冷徹な瞳で見ているだけだ。愛理は幸美の体を支えた。
なぜ?
なぜ?
母親が娘を殺している?
そんな権利などないはずなのに。
家族の命をうばっていいはずがないのに。
「あい、り」
弱々しい声で幸美が愛理を呼ぶ。その声で彼女は我に返った。こんな弱々しい声を聞きたいわけではない。
――愛理。
普段と変わらない自分を呼ぶ声が聴きたいだけだ。
とても、華やかで。
凛とした空気を身に纏う幸美の姿が大好きで。
これからも、くだらないことで笑って、悲しいことがあれば泣いて。
それを、まだまだ共有したかった。
一緒にいたかった。
必死に止血をする。
「やだ! やだぁ! 死なないで!」
愛理は泣きじゃくる。幸美は彼女の頬に手をそえた。その手を握り返す。
「あなたは……幸せになって」
「お願い、まだ私の傍にいてよ!」
「愛しているわ……私の愛理」
「お姉ちゃん、嫌よ! 嫌!」
「ごめ……ね……私を許して」
――ごめんね。
私を許して。
「だい……よ」
――大好きよ。
「私も好きよ。だから、私のために生きてよ!」
力なくおりていく腕。
閉じられていく瞳。
幸美の最後。
死体は雄二の手下が回収していく。
「父さん、母さん! どうして、お姉ちゃんを殺したのよ!」
愛理は絶叫した。
声が部屋に響く。
「あら。不良品の「コピー」なんていらないでしょう? オリジナルの賢いあなただけがいればいいの」
みずきがにっこりと笑う。
垣間見える狂気の瞳。
それに、愛理は体を強張らせた。期待に答えなければ、お前もこうなるぞと脅しているかのようだ。愛理の家は代々医者の家系だった。
だから、高額の培養液室も購入できたのである。みずきは家庭よりも実験を選んだのだ。
自らの快楽を満たすために。
人を殺してみたいという要求のために。
その要求のターゲットになったのが、幸美だっただけである。
「鬼! 悪魔!」
「私たちがそうなら、お前は鬼か悪魔の子供になるな」
雄二は幸美が殺されても助けようとはしなかった。平然と見ていただけだ。
それは、幸美が生きていることを知っているかのように。
このあとも、存在をしていることを証明しているかのように。
だが、今の愛理にそんなことを考える余裕はなかった。それに、彼からしても彼女に他に策があるように思えない。みずきの自分への洗脳を認めているようなものだ。みずきの施行に賛同していると思ってもいいだろう。
雄二が無能だとさらけ出しているようなものである。こんな情けない父親だとは思ってもいなかった。
――この役立たず!
愛理は彼を睨んだ。
ばちり、と視線があう。
彼は笑う。
バカにしたような笑顔。
明らかな挑発。
娘に向けるようなものではなかった。血のつながった家族にものではない。
愛理の背中に鳥肌が立つ。
――味方じゃないの!
何をしているの!
信じられるのは幸美だけなのだと確信をした。その彼女も亡くなってしまった。
もう、自分には何も残されていない。
怖くはない。
この家族は家族として機能をしていなかった。
ならだ、自らの手で終わらせる。
まずは、みずきからだ。
「煩い!」
愛理は隠し持っていたナイフを取り出した。
――お姉ちゃん。
安心して。
かたきはとるわ。
だが、それはみずきに受け止められてしまう。愛理はもがくが意外と彼女の力が強い。あっけなく、ナイフを取られてしまった。
「こんな物を持っている子なんて危ないわね」
「あなたに言われたくないわ!」
子の中で異端なのは愛理ではない。
雄二とみずきだ。
そもそも、その血を引いている時点で愛理も異端な存在である。彼女本人に自覚がないせいで、厄介なことになる場合が多い。
「まだ、愛理は改良と調整の必要がありそうね」
「やだ! 触らないで!」
愛理は抵抗するが大人の力には叶わない。みずきにずるずると引きずられていく。
引きずられたまま、培養室に閉じ込められた。
バンバンと扉を叩くがピクリともしない。ただ、こぽこぽと音がするだけだ。これだと、酸素がなくなってしまう。愛理は叩くのをやめた。
――ここから、出して。
出しなさいよ!
つけられているスピーカーをオンにして彼女は吠えた。
――黙れ。
みずきの不機嫌な声が聞こえてくる。歯向かったことを根にもっているようだ。
彼女が中の気圧をさげた。
キィンと高い耳鳴りがする。
――息ができない1
お願い!
止めて!
意識が朦朧としてくる。
愛理は意識を失った。
一週間後――。
みずきは彼女を解放した。
「愛理ちゃん。調子はどう?」
みずきの甘ったるい声。
雄二はそれをただ見ているだけだ。
「随分、楽だわ」
洗脳の完了。
これで、駒として使えるだろう。
使えなくなったら、風俗にでも売りに飛ばせばいい。需要はいくらでもあるはずである。若いしそれなりの買い手はいるだろう。
思い通りになってみずきは満足だ。
雄二はどう思っているかは知らないが。
「愛理」
「父さん、何かしら?」
「お前がすべきことは何だ?」
「不良品の「コピー」を殺すこと。優秀な遺伝子を残すことね」
「その通りだ」
「まずはこの子からよ」
みずきが一枚の写真を取り出す。
一年二組。
中田麻子。
桜井加奈良の「コピー」。
計画を邪魔する者は殺してしまえ。
両親に洗脳された愛理には「普通」が通じない。狂い始めた歯車は止められない。誰にも止められない。カチカチと動き続ける。
麻子と昴とは違った「愛」。
親は子供を愛している。
自分が狂ってしまうほどに。
まさしく、「狂愛」と言う言葉がぴったりくる。
しっくりくる。
「できるよな?」
「ええ。できるわ」
雄二の言葉に愛理は頷いた。
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