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王子さま、ともだちを助ける
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黒天馬にまたがった冥王さまが森に姿を現すと、花たちは恐ろしさのあまり蕾にもどって口をつぐみ、食人樹はしらばっくれて何のへんてつもないただの古木のふりをしました。
けれども周囲には切り刻まれたツタの端くれが散っており、どろりとした樹液にまじって、溶けた服のきれはしが落ちています。
ヴェルキウス公は、自分の息子の服を見つけてひどく動揺しましたが、感情を表に出さないようにして、冥王さまに場を譲ります。
冥王さまもそれを一瞥すると、食人樹に対して冷ややかに、有無を言わせぬ口調でこう問いました。
「余が誰であるのか存じておろう。正直に申せ、ここで魔族の子どもを食ったのか?」
それは静かな声色でしたが、腹の内に雷撃を溜めているかのように低く周囲に轟きました。冥王さまの尊大な怒りは肩から立ちのぼり、大気をひび割らせ凍り付かせます。あたりは黒い霧がたちこめたようにいっそう暗くなりました。精霊たちが一斉に攻撃する構えを見せ、魔族の騎士たちは自分の黒天馬が怯えて逃げ出そうとするのを「どう、どう」と鎮めます。木はざわざわと揺れて必死に否定の意を示しました。
「ならばどこへ隠した? 子どもらを速やかに返すがよい。今すぐに差し出せば、森ごと焼き払うのだけは宥免してやる」
冥王さまは王子さまの居場所と思しき地面の下を精霊たちが示すのを目で追いながら、言いました。
まちがいなく、冥王さまの力があればこの悪どい植物たちを森ごと一瞬で滅ぼすなど造作もないことでしょう。今までそれをしないでいたのはこの森にも何種類かの下等な生き物たちが棲んでいることを冥王さまがご存知で、それらを根絶やしにすることは望んでおられなかったからです。自分たちが多少の悪さをしつつも存続できていたのは冥王さまに無視されていたからだと、食人樹は向き合ってすぐ悟ったのでした。王子さまに手出しをせず、森から追い返しておけば、冥王さまの怒りに触れずに済んだことでしょう。
食人樹は冥王さまに睨まれただけで老木のようにしおしおと痩せ細りました。そして根っこを波打たせ、その下にある穴ぼこ、つまり矮人族の棲み家の入口を示しました。
「矮人族の地下坑道だと?」
馬を下りたヴェルキウス公が穴に駆け寄り、顔を突っ込んで中を覗きます。大人の魔族が身をかがめずに通れるほどのトンネルが前後に通っているのが見えました。もしも子どもたちが食人樹でなく矮人族に囚われたとするならば、あまり友好な関係ではない魔族にとっては、別の意味でやっかいなことでした。
坑道に立ち入るのはタブーと知りつつも「子どもたちを助けるためには降りるしかない」とヴェルキウス公はすぐに判断しました。着地のことなど全く考えもせず、そのまま頭から強引に上体をねじ込んで地下坑道に突入しかかったとき、なつかしい、聞き覚えのある声がトンネルの先から響いてきたのです。
けれども周囲には切り刻まれたツタの端くれが散っており、どろりとした樹液にまじって、溶けた服のきれはしが落ちています。
ヴェルキウス公は、自分の息子の服を見つけてひどく動揺しましたが、感情を表に出さないようにして、冥王さまに場を譲ります。
冥王さまもそれを一瞥すると、食人樹に対して冷ややかに、有無を言わせぬ口調でこう問いました。
「余が誰であるのか存じておろう。正直に申せ、ここで魔族の子どもを食ったのか?」
それは静かな声色でしたが、腹の内に雷撃を溜めているかのように低く周囲に轟きました。冥王さまの尊大な怒りは肩から立ちのぼり、大気をひび割らせ凍り付かせます。あたりは黒い霧がたちこめたようにいっそう暗くなりました。精霊たちが一斉に攻撃する構えを見せ、魔族の騎士たちは自分の黒天馬が怯えて逃げ出そうとするのを「どう、どう」と鎮めます。木はざわざわと揺れて必死に否定の意を示しました。
「ならばどこへ隠した? 子どもらを速やかに返すがよい。今すぐに差し出せば、森ごと焼き払うのだけは宥免してやる」
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食人樹は冥王さまに睨まれただけで老木のようにしおしおと痩せ細りました。そして根っこを波打たせ、その下にある穴ぼこ、つまり矮人族の棲み家の入口を示しました。
「矮人族の地下坑道だと?」
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