小さな王子さまのお話

佐宗

文字の大きさ
上 下
1 / 31
あちらの国の王子さま

しおりを挟む
 むかしむかし、あるところに小さな王子さまがいました。
 珠のように可愛らしい黒髪の王子さまです。
 王子さまの肌は白く、瞳は地上の明け方の夜空を映したような深い藍色をしていました。

 王子さまの国は、人間界の果ての「三途さんずの河」を渡ったところにあります。河の向こうの、長いトンネルを抜けた先にあるのです。
 そこは死んだ人間たちの魂の集められる場所――つまり、黄泉よみと呼ばれる地底の世界。

 王子さまは、人間たちが「死者の国」と呼んでみ嫌っている、あちらヽヽヽの国の王子さまなのです。


 生きている人間はまだ誰ひとりとして、その国へ行ったことがありません。
 ニンゲンは誰しも、自分の知らない物事を怖がったり、避けたり嫌ったりするものです。だから王子さまの生まれたその国が、たいそう人間たちに怖がられ、不吉に思われていたのも無理はありませんよね。

 でも人間は、死んだら誰もが魂になってその国へ行くのです。たいへん身近な場所だというのに、その死者の国はいつまでも生きた人間たちにくわしく知られることはなく、よって小さな王子さまの存在も、人間たちにはちっとも周知されることはありませんでした。


 王子さまは、まだ三百歳をいくらか超えたぐらいでしょうか。
 人間の頃合いに当てはめると、ちょうど六歳から七歳の間ぐらいです。
 まだとても幼い子どもです。


 王子さまは澄み渡った濃青色の瞳をもち、流れるような黒髪はこのころはまだ短くて、襟にやっとかかるぐらい。白い頬はマシュマロのように柔らかくすべすべで、かぼちゃのような黒の短ズボンとタイツを履き、上着は装飾だらけでぴかぴかでした。
 上着の上から青いベルベットの片袖マントをお召しになり、小さな冠をかぶると、その格好は王子さまの上品なお顔立ちにぴったりでした。精霊たちを従え、いさましく錫杖をついた立ち姿などは、ご立派なのになんだかまだ可愛らしすぎて、周囲が思わずうぷぷ、と吹き出してしまうほどでした。

 ただ、王子さまは遊びたい盛りなので、一日中そんな重たい衣装を着ていることはまずありません。たいてい途中で上着やローブは羽虫の抜けがらのように、王宮の廊下にぽつぽつと落ちていました。
 それを拾うのはたいてい乳母か、乳母の夫か、侍女たちか衛士か、ときにはお父さまのときもありました。
 みんな、そのやんちゃな遊びぶりにため息をつくばかりですが、それでも王子さまの巻き起こす小さな騒動は日々、周囲の心を和ませるものなのでした。

 王子さまは、存在するだけで周りの癒しとなり、皆にその成長を喜ばれているのです。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者ぴよ

まめお
児童書・童話
普通に飼育されてた変な動物。 それがぴよ。 飼育員にある日、突然放り出されて旅に出る話。

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

ドラゴンの愛

かわの みくた
児童書・童話
一話完結の短編集です。 おやすみなさいのその前に、一話ずつ読んで夢の中。目を閉じて、幸せな続きを空想しましょ。 たとえ種族は違っても、大切に思う気持ちは変わらない。そんなドラゴンたちの愛や恋の物語です。

瑠璃の姫君と鉄黒の騎士

石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。 そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。 突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。 大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。 記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。

処理中です...