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第四部 至高の奥園
50連理の歌②
しおりを挟む「……それにしても、体の具合は本当に大丈夫なのか? 疑似天に引っ込んでなくてもいいのか」
「ええ、平気です。姫さまの癒しの力が、私を護ってくれているので」
「へえ。この首飾りがねえ……」
ヴァニオンは胡乱な目つきでサリエルの胸元を眺める。彼が姫の宝玉の効力について疑問視するのも無理はない。見た目には何の変哲もない首飾りなのだ。台座に蒼い玉の嵌まっただけの。
しかし魔族とて、手にとればたちまちそれが、大いなる神司を秘めた至玉であることがわかるだろう。
「ヴァニオン様、眼で見て信用できないなら手で触ってみます?」
「いや、いいよ……。姫さんの力がこもった石なんだろ? 触った瞬間俺なんか、吹っ飛ばされそうだし」
一瞬身を引いたヴァニオンだが、何を思い返したかサリエルの腕を強くひいた。
「だけどサリエル、それのお陰でお前がもう、俺たち魔族から肉体的に影響を受けずに済むっていうなら」
「?」
ヴァニオンはいきなり後ろへ仰向けに倒れるようにして、背後にあった寝台に寝転んだ。サリエルは手を引かれたまま、彼の体に覆いかぶさるように寝台に突っ伏す形となる。
「それが本当かどうか……ここで今、試してみようぜ」
「た、ためす? って、ヴァニオン様……!?」
サリエルの片腕を掴んだまま、男はがちゃがちゃと音を立ててベルトを外しはじめる。
「だ、駄目ですよ……! まだ傷が癒えておられないのですから!」
「痛てて、暴れるなよ。傷に当たンだろ」
「あっ、ごめんなさい」
身をずらしたサリエルを、ヴァニオンは腕の膂力だけでベッドの上に引っ張りあげ、すかさず衣装の袷に手を滑り込ませてくる。
「ぁん、」
なんという早業かと驚く間もなく、胸を這いはじめた指に恥じいった声を上げさせられて。
「だ、だめ、ですって……ヴァニオンさま。まだ激しく動いてはいけないんでしょ……、」
肌を滑りおりる指の腹の感触に、頭の中が早速、じわじわと痺れ出す。
サリエルも実はここ数日、その辺が実際どうなのか確かめたくてとてもうずうずしていたのだけれど、
(ヴァニオン様の怪我が治るまでは……)と、我慢していた所なのに。
だいたい「足が痛い痛い」とまだ云っているくせに、傷口を動かさずにどうやって事に及ぶつもりなのだろう?
……と思っていると、寝台の上に両脚を投げ出し下袴を寛げたヴァニオンが、サリエルの衣装をほどいてゆきながら意地悪げに囁いた。
「動くのは俺じゃない。お前が代わりに動いてくれ」
「えっ、そ、それって……」
暗に命じられて、サリエルはかぁ……っと耳の先まで赤くなった。
「ちょ、ちょっと、待…ヴァニオ、…さま……そんなの、私、む」
「できるだろ? 俺を幸せにしたいって、さっき言ってくれたよな」
熱を灯した耳たぶを舌で愛撫され、ぞくぞくとした快感が奔り抜ける。
……と同時に、思わずこくんと頷いてしまった。
彼のを体の中に受け入れるのはいつ以来だろう?
そう思うとサリエルのほうも嬉しくて、気が昂ってきてしまって……、もう諌めるどころではなくなってしまった。
「……あっ、」
ヴァニオンの手が伸びてきて、サリエルの腰紐から下をたくし上げ、尻を撫でてくる。二人は向かい合い、サリエルは彼の両脚の上に跨って膝立ちになっていた。萌葱の衣はほどかれて、肩の下までずり下ろされている。全裸よりもかえって煽情的な姿になってしまい、サリエルは羞恥に瞳を潤ませる。
「サリエル、綺麗だ」
下から見上げてくるヴァニオンの視線が、熱い。
「あ…ぅ、は……恥ずかしいです……」
二人がそのようにして、愛を確かめ合おうとしたとき……、
ドンドンドン!
「ヴァニオン卿!! 一大事ですよ一大事」
ぎくりと硬直した二人の前で、扉は叩かれた勢いそのままに、弾むように開いた。
跳ね返る扉をおさえて立っていたのは、黒翼騎士団の副団長イルファランだ。
ヴァニオンの賭博仲間である。
「ひゃあ!!」
サリエルは慌てて寝台の反対側に隠れた。お尻がめくれているのに気づいて慌てて裾をおろす。
「あはーどうもすいません、お取り込み中でしたか、はは」
前戯を目撃してしまったというのにイルファランは眉ひとつ上げない。
「イルファ……、返事ぐらい聞いてから扉開けやがれ!」
「いやぁまさか療養中の貴殿がそんなことになってるなんて、思いもしなくて」
療養中、を強調するイルファランを睨みつつも、ヴァニオンは不機嫌そうにベルトを締めている。サリエルも彼の陰にかくれてもそもそと、はだけた服を直した。
よりによって……あられもなく跨っている所を見られた……お尻もしっかり見られた……
恥ずかしさで死にたくなってくる。
「で? 何だよ一大事って」
「あ、そうでした。ナシェル殿下が帰っておいでになるらしいですよ!」
「まじか!?」
ヴァニオンの表情は一変する。
「ええ、精霊たちの先触れがありましたから。みんな聞きつけて、いま城の外に集まりだしちゃって」
「よし! 俺も迎えに出る」
「ふっふ、ヴァニオン卿がそう言うと思って、例の頼まれもの、持ってきたんですよ」
呑気な歩調で部屋に入ってきたイルファランは、後ろ手に隠し持っていた何かをヴァニオンに差し出した。松葉杖だ。
「おお! 頼んでいたものがやっと来たか」
「いえ、実はずっと貴殿のぶん確保してあったんですけどね。そんな足でヴァニオン卿にちょこまか城中を動きまわられると邪魔だからと思って、今まで支給せずにいたんですよぉ」
「なにぃ……?」
「まあまあ。しっかり休んだお陰で、恋人連れ込めるぐらいになるまで回復できたんでしょ、ふふ!
じゃ僕、先に外に行ってますからね、ゆっくり来て下さいよ」
ヴァニオンに松葉杖を渡し、サリエルに片眼を瞑ると、イルファランはひらひらと出て行った。去り際に手の平を上向きに差し出していたのは「ゆっくり続きをどうぞ」とでも言いたかったのだろうか。
「畜生、イルファのやつ……」
だが当のヴァニオンは先程の雰囲気など吹き飛んでしまったようで、足を下ろし、ぶつぶつ言いながら松葉杖と格闘をはじめている。
ちょっと残念なような、それでいてナシェルが帰ってくると聞きやはり楽しみなような……。
サリエルは情事の続きを諦め、洗って巻いておいた包帯類をベッド脇の抽斗にしまいながら、ヴァニオンの背中を見守るのだった。
「ヴァニオンさま……ところで本当にその杖で城の外まで歩いて行かれるのですか? そんな足でわざわざお出迎えにならなくても、殿下はきっと真っ先にこちらに見舞いに来て下さいますよ……」
「いや、だめだ、俺が真っ先にあいつのシケ面拝んでやるって決めてんだからよ」
松葉杖を軸にして何とか立ちあがったヴァニオンは、サリエルに向かって空いたほうの手を差し出す。おずおずと重ねたサリエルの白い手の甲に、ヴァニオンは熱い口づけを降らせた。
「さっきの続きはまたあとでしような……」
「……は、はい……」
「間が悪すぎるって、あいつに文句のひとつもぶつけてやろうぜ。さあ、行こう」
(なんだかんだといいつつ、この方は本当に殿下のことが好きなのだな……)
二人の関係がなんだか羨ましいような、やはり少し妬ましいような、それでいて微笑ましいような……。
サリエルはヴァニオンの手をとって寝台を降りる。
軽く唇を重ね合わせた二人は寄り添い支え合うようにして、部屋を後にした。
――窓の外では、この広大な洞窟世界に散っていた精霊たちが、愛しい主神の近づいてくる気配を覚り、あふれる歓びに羽翅をふるわせてやがてひとつの抒情的な旋律を唱いはじめていた。
領主の帰還を知り城外に集った魔族らは、妙なる唱歌を耳にして宙を仰いだ。
彼らはそこにみたこともないほど夥しい精霊が参じているのを目の当たりにした。
その数は数億にも達したであろうか。
呼び集められたのではない。彼らは遙か彼方より飛来する主神の、溢れる神司に誘引されてしぜんと集まり、主神を賛美する歌を唄いはじめているのだ。
それは、泉界の王の御子の聖美と、その統治の安寧を礼賛する、
魔の地には似つかわしからぬまこと麗しい詠唱なのであった。
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