泉界のアリア

佐宗

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第三部 天 獄

64貴方の声が聞こえる①※

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 眼を見張る父親たちの前でレストルは懐の短剣を抜いた。狂っているとしか思えないと、己でも感じながら。

「其処から一歩でも近づいてみろ! こいつを殺して俺も死ぬ……ッ」

 薔薇色に染まるナシェルの首筋に、刃をぴたりと押し付ける。訳も分からぬナシェルが、腕を伸ばしてレストルに縋りついてきた。

「もっと……もっと……」
「レストル! やめろ!」

 部屋中に満ちた媚香に息を詰まらせながら、アレンが怒号する。
 天王が進み出でて諭した。

「レストル、何を云っているのか、きみは判っているのか? その子は……、その子ときみは、愛し合ってはいけない!」
「煩い! 動くなと云っている! もう遅いんだ! もう……俺は、俺は、」

 くびに押し当てた刃が震えた。言葉にならない。

 どうして手に入れてはいけないのだ。何故、俺のものにしてはならないのだ。何故、こんなにも、俺を溺れさせるのだ。異端のくせに……!

 そのやりとりの間にも、組み伏せられた者の唇からは絶え間なく抽挿を求めるうわずった声が上がり続けていた。

 レストルは血走った眼で父と、天王を睥睨した。ナシェルの求めに応じて短剣を彼に突き付けたまま腰を揺すってやった。己のものでナシェルの後孔の上壁をつついてたっぷり刺激してやると、律動に合わせて上下するナシェルは全身を総毛立たせ、快感の絶鳴を放つ。

「あぁ――、ああああ――……あぁ――っ……!」

 言語を絶する猥らな情景に、父親たちは顔色を失っていた。アレンは正視できぬ様子で顔を背けた。

 天王は眼を逸らすことはなかった。伯父は痛ましげに顔を顰めながら二人の有様を傍観していた。その眼差しの中には憐れみ以外の何の感情も浮かんでおらぬ。
 ……天王は、再び静かに諭した。

「いい加減落ち着け、レストル。その子をちゃんと見るんだ。ひどく……酷く弱っているじゃないか。
 きみがしていることは、その子を少しずつ殺めていくことに他ならないのだよ。神司の薄まりが、見て分からぬはずはあるまい。
 きみの想いは分かるが、本当に失いたくないのなら今すぐそれを止めるべきだ……!」

「……んなこた、分かってる! 分かってんだよ!」
 レストルは叫喚わめきながらもう一度ナシェルの頭を掻き抱いた。
「分かってるけど、止めらんないんだよ……ッ!」

 ぐりぐりと繋がり部分を掻き乱しながら、レストルは腹の底から胸を通して込み上げてくる何かと闘っていた。胸がもやもやと熱い。何かが、堰を切って溢れてしまいそうだ。

 下で、あぅ、あぅ、と快がり声を上げているナシェルが、不意に薄目を開けて呟いた。
 レオンの声に反応を示したようであった。

「……ち、……う……え」
「!!?」

 それを聞いたレストルの心は、氷の矢で射抜かれたように凍えた。




 ……ナシェルが恍惚の表情で、嬉し涙を流しながら、か細い声で呼んでいる。
 レストルが耳にしたことのないような、甘えた声で。繰り返し繰り返し、何度も。

「……う、え……父、上……! っああ…父上……」




(……冥王、なのか……!)


 レストルはその瞬間悟った。ナシェルを抱いていた『幻』の正体を。
 脳天を突き割られたような衝撃が奔り、彼の動きは止まった。

 冥界という、他に同族のおらぬ異邦の地で。
 異端の神々は、父と子であるにも関わらず互いを求め合って生きてきたというのか。
 ―――そうせざるを得なかったとでもいうのか?

 嫉妬と、憐憫と、寂寥と、不快感。そして痛み。
 それらの感情が綯い交ぜになってレストルの口中を苦味走らせる。

 レストルには到底、理解できぬ。
 激しく乱れるナシェルの幻妄の中で、彼を抱いているのは彼の父親で、しかもおそらく彼をこのように淫らに仕上げたのもまた彼の父親なのだ……、直感で分かる。
 そうでなければこんなにも物悲しく淫らな声で――父親を呼ぶものか。

「父上、イイの、……もっと……もっと奥……」
「ちがう、俺だ……レストルだ、お前を抱いてるのは……!!」

 目を血走らせたレストルは、ふたたび抽挿を開始した。望み通り最奥をつついてやりながら、ナシェルの額に己の額を擦り付け声をぶつける。

「俺を見ろ……っ! 俺を!!」

 アレンと天王が動いたのはその時だった。父と伯父は呼吸を合わせるように同時に天蓋の奥に向かって突進して来た。
 そして二人がかりで繋がり合うレストルとナシェルを引き剥がしにかかった。
 アレンがレストルを羽交い絞めにし、上体を起こさせる。

「レストルもうやめろ!」
「離せ! 邪魔するなよクソ親父! …俺が手に入れたんだ、こいつは俺のものだ!」

 レストルの腕に指を食い込ませていたナシェルが、引き離されかけていることに気づいて一層強くしがみついてくる。

「ああっ……嫌ぁ……!」

 抜いてはいやだと、ナシェルがレストルの腕を追う。腰を浮かせ足をまとわりつかせ、レストルの陰茎に最後まで縋り、雁首カリを内膜で締め付ける。

 いくばくか淫果の汁を舐めたレストルとて、もはや正気ではない。この期に及んでもまだナシェルの内部にみなぎった己自身を埋没させようとする。
 だが巨躯のアレンに反り返るように後ろに引き倒され、とうとうズポリと、雄茎が抜けた。果汁のしたたりが結合部からあふれる。

「離せよ、離せ――ッ……!!」

 ぎらつく根茎を上反らせたままレストルが叫ぶが、アレンの膂力にかなうはずもない。
 すかさず天王がナシェルを庇うように覆いかぶさり、完全に二人を引き離した。

「いやぁ……して、父上、父上……っ」

 媚薬のせいで昂った状態のナシェルは、ここに居ない者の幻を相手に欲の解放を求めて咽ぶ。己に乗りかかる者がレストルから天王に交代したとも気づかず今度は天王の首に手を廻した。

「うわぁ……」

 戸口で呆然と見ていたアドリスはあまりの陰惨な光景に一言呻き、それきり絶句した。




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