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第十一章 ナシェル、天敵と遭遇す
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しおりを挟む未だかつて、こんなにアホすぎる宣戦布告がこの世に存在しただろうか。
案の定、天上神の兄弟ふたりは、頭の上に大きな「?」を浮かべ、強大な闇の神司にたじろいで(というより冥王の発言の意味不明さに震撼して、)後退りした。
「なんだか妙だ……まるで話が通じん、お前ナシェルじゃないな!?」
レストルに指を突きつけられた冥王は、神司を放出しつつ徐にサングラスを外す。
鮮血の如き紅玉色の瞳が、そこにはあった。
「え! 本当だナシェルじゃない! あれ、なんで!? さっきはナシェルだったのに」
「……冥王なのか!」
驚愕に目を見開くアドリスとレストルの兄弟神に対し、冥王は神司で威迫を続ける。
「どうした? 望み通り闘ってやる。1対1では余に勝てる自信がないのなら3Pで良いと言っておるのだ! いざ!」
「………」
ナシェルが船室の陰で体育座りでゲッソリしているとも知らず、冥王は怒りに満ち、肩からどす黒いオーラを放ちつづけている。かつて黒髪赤目の異端的容姿から神々の中で忌み嫌われ、ひとりだけ地底世界に遣わされたのがこの闇の神セダルである。天王と並び、神々の頂点にふさわしい美しい容姿と強大な神司を持っていたにも関わらず、同族たちに捨てられた、そのトラウマが再燃したのだろう。今や冥王の肩から沸き上がった黒い靄はそのまま上空へと飛散し、海上の空に黒雲となって広がっていた。
冥王が見たこともないほど支配域を広げたため、夜の世界より闇の精霊たちが飛来してきて冥王の傘下へ入った。海上は大時化となり、客船アヴェイロニア号はまるで箱庭の海に浮かぶ玩具のように四方八方に傾いた。
「さっきから3P3Pって何のこと言ってやがるんだ……?」
「俺たちとシたいってこと……? 初対面だよね頭大丈夫かな……!」
揺れる船の上で互いの体を支え合いながら、レストルとアドリスは戸惑いを隠しきれないでいる。
「……やはりあの噂は本当だったのか……」
「マジで狂ってたんだ……!? 兄貴やばいぜ、めちゃ海が荒れてる! このままだと船が真っ二つだよ」
「つべこべ言っておらぬでかかって来るがよい! こないならばこちらから行くぞ!」
冥王が腰の神剣を鞘から抜きかける。刀身からも黒々としたオーラが発生し甲板上に垂れ込めた。ゴゴゴゴゴ……!と雷も鳴りはじめ、船の辺り一帯に叩きつけるような雨が降り出した。
「ヤる前に闘うってことか……!?」
「負けたらオレたち、犯られちゃうの……!!??」
ひぃいいい、と兄弟神ふたりはドン引きして抱き合う。彼らの乗ってきた白天馬が、冥王の闇の神司と土砂降りの雨を嫌がって、今にも主なしで空へ飛翔しようとしている。
「兄貴! てかこんなトコで闇の神と闘って地上界に被害が出たらまたうちのオヤジとレオン伯父貴から大目玉だよ」
「くそっ、仕方ない、ここは退くぞ!!」
レストルとアドリス……、太陽神の息子たちはおびえる白天馬にかけ寄り、鞍に飛び乗った。そして黒雲たちこめる雨空へとたちまち翔けあがった。
「冥王! これ以上地上界でおかしな行動しやがったらオヤジたちに報告すっからな!」
「サッサと冥界に帰った方が身のためだぞ!」
振り向きざまに吐いてきたのはほぼ完璧に近い捨てゼリフである。兄弟神の天馬は強風にあおられヨタヨタしつつも、雲の切れ間の向こう側へと飛び去ってしまった。
冥王は、半分抜きかけた神剣の刀身を鞘に納める。
「ふん、たわいも無きことよ。アレンの息子たちならばそこそこは使えるのかと思うておったが余の神司に恐れをなして逃げるとはな……まとめてでも相手になってやるつもりだったのに。それほどまでに余の闇の力が怖ろしいか?」
(いえ闇の力に怖気づいたというより、同じ言語を使っているのに会話が通じないという点で未知の恐怖を覚えたって感じでしたが……)
ナシェルも悄然と立ち上がる。急な雨のせいで一瞬でずぶ濡れになった。しかし王が怒りを収めたために黒い靄は晴れ、天候は回復しはじめている。レストルの相手をしなくて済み、さらには船が破壊される事態は避けられてナシェルとしては結果オーライな感じだ。ただ、あまりにも疲れすぎていてもう嘘を訂正する気も起きなかった。
「おおナシェルや……そんなところに居たのか。悪い奴らは追い払ってやったよ。もう大丈夫だ、出ておいで」
「はい……ありがとうございました、我がきみ」
ナシェルは顎から水滴を滴らせながら王に近づいた。顔の水滴の半分は涙なのだがこの急な雨のおかげで気づかれずに済んで良かったと思う。
(さっきの連中とのやりとりのせいできっとまた父上の噂に尾ひれがつくのだろうな……白昼堂々3Pしたがる色情狂とかいう新しい尾ひれが……。元々『狂ってる』と思われているからタチが悪いな……)
冥王が急に「うっ」と呻いてその場に片膝をついた。
「父上!?」
肩を支えつつ覗き込むと、王は額に汗をにじませている。
「どうなさいました、どこかお加減が?」
「ま、まぶしい……」
「なんでグラサン外したの……?」
甲板上に転がっていた遮光サングラスを手渡しながら、思わずツッコまずにはおれない。サングラスを嵌めて震えの収まった王はこう説明した。
「そなたでないことをあそこで表明しておかねば本当に無用の3P状態になっていたやもしれぬであろう。そなたがそれは避けてくれと言っていたし、余が奴らを相手にここで本気の3Pをすれば恐らく海が荒れるぐらいでは済まぬ。この船には無辜の人間たちが大勢乗っているのだしな、あの者らの安全が第一だ」
「そ、そこまでお考えになっておられたのですか……」
「あの天上神の連中も、余が相手と分かった途端に逃げていきおった。余を相手にすれば、後で大事になると判断したのだろう。アホ面しておったが奴らもどうやら本当の阿呆ではないようだ」
「………」
ナシェルは冥王の冷静な判断と人間たちへの配慮に心から感謝した。素晴らしいセリフだったのに……すごく残念なことになってしまっていた。目の奥がシクシクと痛んできて、ナシェルは静かに眉間を押さえた。
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