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第三章 ナシェル、クサいナンパにあえて引っかかってみる
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「おお、悲しい別れを経験されたばかりだったのですね……そっとしておいて差し上げるべき所、声などかけてすみませんでした……。しかしこういう時だからこそ、あなたは独りで居るべきではない。独りでいては、気分も沈むばかりです。
それぞれの将来のために別れたとおっしゃいましたね? ならばあなたは勇気ある決断をして、確実に一歩、先へ進んだことになる。そうは思われませんか。そして私も、あなたがもしここに一人きりでおられなかったら、声をかけることなど思いもよらなかったでしょう。
別れは、新たな出会いを運んでくるのです。そう、前向きに捉えてみませんか?」
「……」
男の前向きすぎる口説き文句に内心で失笑しつつ、ナシェルは憂いを帯びたままの潤んだ瞳で男を見上げた。視線に幾らかの警戒心を込めるのも、忘れない。
「……失礼ですが、貴方は?」
「申し遅れました。私はアシール・サウル・アルファーヴ。宝石商をしています」
「宝石商……」
「貴方のお名前を窺っても宜しいですか」
「ナシェル……と」
アシールは一瞬何事か考えるように視線を彷徨わせた。恐らく、西の大陸の神話に残る、死の神の名称と同じであることに気づいたのだろう。
アシールは、目の前に佇む美貌の麗人が本名を名乗るつもりはないのだと認識した様子だ。
「ご自分を死神だなどと名乗るなんて……こう言うのは失礼ですが、とてもミステリアスですね。ますます貴方に興味をそそられてしまいました。どうですか、ナシェルさん、私の船室で、一緒に呑みませんか? 日がだいぶ暮れて、ここはもう寒くなって来ましたし……」
船の手すりに置いた手に触れられそうになり、ナシェルはサッと身を避けた。
「すみません……気分を害されましたか? いささか気安すぎましたね」
「あ…私の方こそ…失礼」
「この後どうしましょう? よければ私の船室にいらっしゃいませんか? 良い酒があります。私たちの出会いを祝って呑み直しませんか」
「そうですね……それでは……一杯だけ。お招きにあずかりましょう」
ナシェルはぎこちない微笑みを取り繕って応じた。
二人は連れ立って船室へ続く扉のほうへ歩き出す。
「ところで一つお伺いしたいんですが……、その、先ほど港で悲しい別れを済ませたとおっしゃる連れの方は……男性ですか? それとも女性?」
「貴方の御想像にお任せします、アシール」
含みを持たせて答えたナシェルは、内心では余所事を考えていた。
(宝石商か。丁度いい。羽振りも相当よさそうだし、適当なあたりまで近づいて宝石の2つか3つ貢がせるとするか……。
まったくそれもこれもヴァニオンのせいだ。あの阿呆がスリにあった挙句、カジノで大負けなどしなければ、私がこんな人間ふぜいの白々しいナンパに引っ掛かる必要もないというのに……)
「え、何かおっしゃいましたか」
「いいえ、何も」
ナシェルはぎこちない笑顔でアシールを振り返った。どうせ次の大陸に着くまでの間だけだ。笑顔ぐらいは大盤振る舞いしてやってもいい。何せこのナンパ男は、窮地の自分の前に運よく現れた金ヅルなのだから……。
それぞれの将来のために別れたとおっしゃいましたね? ならばあなたは勇気ある決断をして、確実に一歩、先へ進んだことになる。そうは思われませんか。そして私も、あなたがもしここに一人きりでおられなかったら、声をかけることなど思いもよらなかったでしょう。
別れは、新たな出会いを運んでくるのです。そう、前向きに捉えてみませんか?」
「……」
男の前向きすぎる口説き文句に内心で失笑しつつ、ナシェルは憂いを帯びたままの潤んだ瞳で男を見上げた。視線に幾らかの警戒心を込めるのも、忘れない。
「……失礼ですが、貴方は?」
「申し遅れました。私はアシール・サウル・アルファーヴ。宝石商をしています」
「宝石商……」
「貴方のお名前を窺っても宜しいですか」
「ナシェル……と」
アシールは一瞬何事か考えるように視線を彷徨わせた。恐らく、西の大陸の神話に残る、死の神の名称と同じであることに気づいたのだろう。
アシールは、目の前に佇む美貌の麗人が本名を名乗るつもりはないのだと認識した様子だ。
「ご自分を死神だなどと名乗るなんて……こう言うのは失礼ですが、とてもミステリアスですね。ますます貴方に興味をそそられてしまいました。どうですか、ナシェルさん、私の船室で、一緒に呑みませんか? 日がだいぶ暮れて、ここはもう寒くなって来ましたし……」
船の手すりに置いた手に触れられそうになり、ナシェルはサッと身を避けた。
「すみません……気分を害されましたか? いささか気安すぎましたね」
「あ…私の方こそ…失礼」
「この後どうしましょう? よければ私の船室にいらっしゃいませんか? 良い酒があります。私たちの出会いを祝って呑み直しませんか」
「そうですね……それでは……一杯だけ。お招きにあずかりましょう」
ナシェルはぎこちない微笑みを取り繕って応じた。
二人は連れ立って船室へ続く扉のほうへ歩き出す。
「ところで一つお伺いしたいんですが……、その、先ほど港で悲しい別れを済ませたとおっしゃる連れの方は……男性ですか? それとも女性?」
「貴方の御想像にお任せします、アシール」
含みを持たせて答えたナシェルは、内心では余所事を考えていた。
(宝石商か。丁度いい。羽振りも相当よさそうだし、適当なあたりまで近づいて宝石の2つか3つ貢がせるとするか……。
まったくそれもこれもヴァニオンのせいだ。あの阿呆がスリにあった挙句、カジノで大負けなどしなければ、私がこんな人間ふぜいの白々しいナンパに引っ掛かる必要もないというのに……)
「え、何かおっしゃいましたか」
「いいえ、何も」
ナシェルはぎこちない笑顔でアシールを振り返った。どうせ次の大陸に着くまでの間だけだ。笑顔ぐらいは大盤振る舞いしてやってもいい。何せこのナンパ男は、窮地の自分の前に運よく現れた金ヅルなのだから……。
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