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反乱鎮圧編

常道にして禁断の交渉 1

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 ヴァシム城地下、牢獄へと続く石階段に足を踏み入れようとして、セスは足を止めた。
 振り返り、いつもより冷たい目をしているように見えるナギサに声を掛ける。

「ナギサ」
「みなまで言わずともお分かりかと思いますが」

 自分を案じての怒りであることがわかっているからこそ、セスは少し言い難くも感じてしまう。

「最初はそなたが擁護してくれたではないか」

 セスがマルシャンが用意した手形を用いて都市間転移装置を使い、西部から一日でイシオンに行った時の話である。
 その時のセスの軽率とも取れる行動を唯一擁護してくれたのがナギサだったのだ。

「私が言わずとも、王妃様とメルクリウス殿をはじめとする皆が陛下を非難するとわかっていたから擁護したまでです。ですが、最早お二人とも陛下が傍にいることに満足している様子。故に、私がこうして陛下の軽率な行動を窘めているのです」

 人間の都市を移動している時はメゼスの分身体を顔につけ、変装をしていたとはいえ危険な行為に変わりはない。

 セスとしては露見しない自信があったのだが、メルクリウスにすら「危険だからそのような行動はやめたほうがいい」と言われ、本来の予定ならば迎えに来るはずだったフェガロフォトは何も言わなかったが表情が「何と言うことをしているのですか」と語っていた。

 何より、シルヴェンヌに開口一番に怒られたのが、セスは一番堪えた。
 危険なことをしたことは理解しているが、それでもシルヴェンヌなら最初は喜んでくれると思っていたのだ。

(確かに、危険な行為であるのは認めるがの)

 それでも、服装だって歩き方だって変えたのだ。だからと言って、認めてくれるわけではないだろうが。

「ニチーダに知恵を授けたらしいの」

 仕方なく、セスは話題を変えて、自分が一番信頼する従者の機嫌を整えることに決めた。

「知恵と言うほどのものは一つも授けておりません。ただ、筆頭殿の相談に乗ったまで。ここ最近の陛下のご様子は相当なモノでしたから。アラクネとの謁見の件、特に筆頭殿の心に刺さったのでしょう」
「さようか。して、その相談は軍事的なモノにも及んだのかの?」
「いえ。あくまでも陛下に対する心配りのみ。何か、陛下が予定よりも早く戻られる決断の後押しになったことでも?」

 セスが言わずともナギサは流れがわかったらしい。

「賽の目が良かったのだ」

 ナギサが僅かに眉を寄せた。
 顔をほんの少しだけ下にやってから、元の位置に戻る。

「それは、どちらのですか?」
「我もニチーダも。どちらかが高い目を出しても、もう片方が最高の目を出すことが多くての」
「まさかとは思いますが」

 ナギサが疑惑に満ちたまなざしをセスに向けてきた。

「賽の目で決めたわけではない」

 大げさな仕草でナギサが胸をなでおろす。

「無論、陛下ならそういう訳ではないと信じていたとも」

 やれやれ、と言った効果音が似合いそうな動作でナギサが首を振りながらのたまった。

 口ぶりは常の陛下と右腕ではなく、幼馴染に近いものである。

 嘘こけ、と言いたげにセスは芝居がかったため息をついた。ナギサが眉を上げ、道化のように肩をすくめる。

「『ア』の者との勝負では、早々に王を取ったうえで、大駒を二つとも手に入れられそうではありましたね。禁徒に陣地に入られてしまったので王子にはなられたが、大した問題ではないかと」
「雑兵の駒は盛んに持ち主が変わったのではなかったかの?」
「代わったところで、『ア』の者の金駒は動けませんよ。騎兵僧侶槍兵の駒だけで大駒が四枚、金駒もほぼ自由に動かせるこちらが負ける道理はありません」

(ナギサから見ても、シルの体調は良くなったようだの)

 こちらで大駒に例えられる者はシルヴェンヌ、ニチーダ、ナギサの内誰か二人だろう。ナギサが言うのだから、此処にナギサは含まれない。となると、自陣の大駒としてシルヴェンヌは計算が立つという話だと、セスは判断した。

「『カ』の者との戦いは、取ったはずの駒を使わねばならないほどに切迫しているのですか?」
「遠隔で打っておると、どれが我が使える取った駒かわからなくなってしもうてな。ひとまずニチーダに預け、ゆっくりと整理しようと思っておる」
「それならば、私が直接出向き、陛下の名代を務めましょうか?」
「それには及ばぬ。ニチーダの腕を我に思い出させたのは、そなたがニチーダの相談に乗ったおかげであるしの」

 暗に今回の作戦を選んだのはナギサにも責任があると擦り付けて。

 ただし、ほとんど当てつけのようなものなので明言はしない。あくまでも彼女の罪悪感に訴える。

「かしこまりました」

 ナギサが厭々言った。預けていた地下牢への鍵を懐から取り出され、ナギサがセスの前に出る。ガチリ、とはまる音と共にナギサの魔力が通されて、ゆっくりと解錠された。

「ただし、私も護衛として付いて行きます」

 有無を言わせぬ力を込めた紫眼がセスに向いた。
 セスは差し出された鍵を受け取り、沼に沈める。

「構わぬ」

 セスが言うと、ナギサが先に石階段を下りて行った。セスも続く。

 城内の他の場所よりも気温が低く、薄暗い。空気自体は濡れている気がするが、不快なほどの湿気があるわけではない。二人分の歩く音がコツコツと鳴り、吸われて消える。

 魔力を感知して通路に明かりが灯ってはいくが、セスの足元はナギサが手のひらに炎を灯して照らしていた。死んだような光の中で、彼女の炎だけが煌々と生気を宿している。

 分かれ道で、左に進む。
 そこからもさらに下へと階段は伸びていくが、やがて下る角度が緩やかになった。

 ナギサが魔力石を取り出して、壁の窪みに置く。

 淡い緑の光が幾本も走った。仕掛けが解除され、安全に通行できるようになる。

 ナギサが一歩踏み出し、重厚な黒い金属の扉を開けた。
 セスが通り抜けてからナギサが閉め、次の扉も開く。最後の石階段が目に入った。セスはナギサが先に行くのを待ってから、降りる。

 最後の扉を開けば、通路よりは明るい空間が現れた。
 ナギサがセスを手で制し、先に入る。

「もう、食事の時間か?」

 石の空間に声が反響する。

「違う」

 ナギサが刀の柄に手をかけながら、即座に否定した。

「これから貴様らに垂らすのは蜘蛛の糸だ。ありがたく受け取るも、千切るも自由。だが、暴れるとなれば、この場で貴様らの指を切り、一本ずつ縁者に送り付けてやる」

 ナギサが金打を打ってから、セスに背を向けたままじりじりと下がった。
 入口の横にナギサが来たのを見届けてから、セスはゆっくりと空間に足を踏み入れる。

 視界に別々の牢に入った二人の男を捉えた。

 二人とも投獄前に比べて肌は白く、線は細くなっている。ただし、健康を害している様子はない。

「久しいの、勇者エイキム・フチラヴェーク、戦士カルロス・ブラッド」

 勇者(エイキム)の目が大きく開かれた。
 鉄格子に飛び込むように立ち上がり、ガン、と大きな音が鳴る。

「お前は!」

 牢獄に、勇者の大きすぎる叫び声が反響した。
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