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反乱鎮圧編
互いに倒れつつ 1
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目を覚ますと、すぐに温かくやわらかい感触を感じ取れた。時折、脳を覚醒させない程度に心地よい風がセスに当たる。
再び襲ってきた睡魔に、そろそろ起きねばと抗って、セスはもたれかかっていた体を起こした。するり、と首に回っていたシルヴェンヌの手がセスから離れる。
そういえば、と眠りに落ちる前のことを思いだせば、セスの眠気は一気に吹き飛んだ。
「おはようございます」
シルヴェンヌがゆっくりと動かしていた翼の動きを止めた。
「すまぬ。大変だったであろう?」
「いえ。楽しい時間でした」
そうは言っているものの、シルヴェンヌの顔には疲れが見て取れた。
それでも、確かに充実しているかのような表情は浮かんでいる。
「疲れたのではないか?」
セスはベッドに座りなおした。
よれてしまった服を伸ばすが、皺は消えない。
(余計な仕事を増やしてしまったの)
儀礼用の服だから、きっちりと保つ必要がある。シルヴェンヌの胸元に目をやれば、セスの服と同様に皺が形作られていた。
「疲れていないと言えば嘘になりますが、安心して眠るセス様も、暑くて寝苦しそうにするセス様も、心地よく眠るセス様も見ることができましたので、非常に良い時間でした」
「……そうか」
「はい」
悦に濡れた声でシルヴェンヌから言葉が返ってくる。
シルヴェンヌがそう言うのならばと、セスはもう何も言わないことに決めた。
「どのくらい、寝てしまったのかの」
シルヴェンヌがその端正な顔を、悩まし気にゆがめた。
「時間は、セス様をずっと見ていたのでよくわからないのですが、夜なのは間違いないかと」
「夜……?」
アラクネとの会談は午後一番ではなかったにせよ、日が暮れるまでには十分すぎるほどの時間があった。それなのに、夜。一時間や二時間の睡眠ではなかった、ということだろう。
セスの脳裏に、大量に積み上げられている紙束と、もろもろの問題が浮かんできた。
不味い。不味すぎる。
「はい。先程、夕食はどうするかという伺いがございましたので」
セスはベッドから立ち上がった。
先程よりもしっかりと服を整え始める。
「シルは、お腹が減っておるのではないか?」
「まったくと言っていいほど、空腹感を覚えてはおりませんよ」
セスの手が止まった。
顔もシルヴェンヌの方を向く。
「本当か?」
「はい。ここで嘘をついても、何の得にもなりませんでしてよ?」
(全く減っていないのも、問題だの)
セスの眉間に皺が寄った。
寝ていたセスですら、そう言えばとうっすら空腹感が訪れているのだ。ずっと起きていたシルヴェンヌに全くないのは、あまりよろしくない。
セスの頭の中で書類のスペースが半分になり、シルヴェンヌがあっという間に埋め尽くす。
「昼は?」
「いつもと比べれば、それなりには」
最近の『いつも』はヴァシム城に来た当初の『いつも』よりも明らかに少なくなっていた。それよりも多いと言われても、そこまで多いとは思えない。
朝も、あまり起き上がれずに野菜をどろどろになるまで煮込んだスープしか飲んでいないのに。
「無理にでも食べた方が良いのではないか?」
「そうかも知れませんね」
あっさりと、どこか遠くを見るような声で認めたシルヴェンヌに、少し肩透かしを食らった気分になった。
セスが最後の整えとして襟を正す。
(先に、何か残っていないかを確認せねばな)
食事が、である。
少しばかり余裕が出て来たとは言え、無駄に使える食材などない。それに、時間によっては調理担当が休みに入っている可能性もある。そこを無理矢理起こすのは、気が引けた。
「少しばかり、空ける」
「待ってくだぁ……」
一歩踏み出した直後に聞こえたシルヴェンヌの声が、不自然にねじ曲がったかのように消えていく。
セスはすぐさま振り返り、ベッドに手をついて動けなくなっているシルヴェンヌの肩を優しく掴んだ。
「大丈夫か?」
大丈夫ではないのは、良くわかってはいるのだが。
咄嗟の事態に、他の言葉が出てこなかった。
「少し、めまいがしただけです。お止めして申し訳ありません」
言いたかったであろう言葉とは逆の言葉がシルヴェンヌの口から発せられた。
セスを止めるために心配をかけるような動作をしたと思われることを恐れているかのようである。
「何を言うておる」
セスはベッドの上に戻ると、シルヴェンヌを横にさせて、額に手を当てた。しっとりと、汗ばんでいる。
「わたくしは、そのようなつもりで言ったのでは」
「わかっておる」
シルヴェンヌの言葉を遮って、セスは枕横に腰を落とした。
シルヴェンヌの頭を撫でつつ、扉横の小窓に向けて糸を飛ばして、開く。
「誰か、おるか」
「はい、陛下!」
鈴の音のような声が返ってきた。
(ニチーダ?)
不思議には思いつつも、疑問は脇に置いて。
「丁度良い。入れ」
「わかりました」
少しすると、扉が開いてニチーダが入ってきた。
手にはお盆を持っており、ニチーダが作ったのであろう料理が所狭しと並んでいる。
「えっと、失礼します」
小さくニチーダが頭を下げた。
上げた時にちらりと見えた目は水差しを確認し、それからベッドわきの水を確認している。
「ニチーダ、シルを診てくれぬか?」
訂正もちょっとした抗議も後回しに。
セスが切羽詰まった声を出した。
「お安い御用です」
ニチーダが近くの机にお盆を置いて、近づいてくる。
「心配しすぎですよ、セス様」
シルヴェンヌが弱弱しい声で言った。
セスは返答せず、ニチーダに場所を譲るように動いて、シルヴェンヌの手を握る。弱く、シルヴェンヌも握り返してきた。
「失礼します」
ニチーダの手がシルヴェンヌの首に触れた。
目を閉じて、魔力が少し動く。
セスの手が自分の首を、顎を、唇を、せわしなく走り回った。シルヴェンヌの握り返す力が、やや強くなる。
心配しないで、とでも言うように。
ゆっくりと、ニチーダの目が開いた。
「疲れと、貧血気味ではないかなと思います。魔力にも元気がありませんし、最近食べる量が減っているのなら十分に考えられますよ」
「大丈夫なのか?」
「休むだけではなく、しっかりと食べていただければ」
「心配しすぎだと言ったではないですか」
シルヴェンヌが淡く笑った。
ニチーダが枕元から離れて、代わりにセスが枕元に近づく。
「着替えた方が良いのではないか? 辛くはないか?」
「セス様、想像しにくいかも知れませんが、わたくしはこういう服も着慣れていましてよ」
「シルは平気で無理をするからの」
「そうですよ。王妃様は無茶ばかりするんですから。せめて無茶をするならしっかりと食べてからにしてください」
アラクネとの時は非常に私的な呼び方になっていたが、今回はきちんとした呼び方でニチーダがシルヴェンヌに対して頬を膨らませた。
お盆を持ちあげ、ニチーダがそれらをベッドサイドに置く。
「何も召し上がっていないと聞いて、作ってきました。もちろん、許可はとってますよ。ナギサちゃんが言うには、アレイスターさんが育てる予定の食物で、どれが両陛下の好みかを調べるためという建前らしいです」
シルヴェンヌが少し横に移動し、空いたスペースにセスが入る。
横に寝かせたばかりだが、背中に手を回してゆっくりとシルヴェンヌを起こした。
ニチーダが小鉢を持ち、箸を持って小さくつまみ上げる。そのまま、自身の口へ。
「毒見ならば、結構でしてよ。ニチーダさんがわたくしに毒を盛りはずがありませんもの」
シルヴェンヌがいつもの調子で言った。
ニチーダが視線をセスにやって、戸惑ったように小鉢をお盆に置く。そのお盆を両手で押さえながら、ベッドの上へ。
「どれから、召し上がりますか?」
色とりどりの料理を見せて、ニチーダがおどおどとシルヴェンヌに聞いた。
再び襲ってきた睡魔に、そろそろ起きねばと抗って、セスはもたれかかっていた体を起こした。するり、と首に回っていたシルヴェンヌの手がセスから離れる。
そういえば、と眠りに落ちる前のことを思いだせば、セスの眠気は一気に吹き飛んだ。
「おはようございます」
シルヴェンヌがゆっくりと動かしていた翼の動きを止めた。
「すまぬ。大変だったであろう?」
「いえ。楽しい時間でした」
そうは言っているものの、シルヴェンヌの顔には疲れが見て取れた。
それでも、確かに充実しているかのような表情は浮かんでいる。
「疲れたのではないか?」
セスはベッドに座りなおした。
よれてしまった服を伸ばすが、皺は消えない。
(余計な仕事を増やしてしまったの)
儀礼用の服だから、きっちりと保つ必要がある。シルヴェンヌの胸元に目をやれば、セスの服と同様に皺が形作られていた。
「疲れていないと言えば嘘になりますが、安心して眠るセス様も、暑くて寝苦しそうにするセス様も、心地よく眠るセス様も見ることができましたので、非常に良い時間でした」
「……そうか」
「はい」
悦に濡れた声でシルヴェンヌから言葉が返ってくる。
シルヴェンヌがそう言うのならばと、セスはもう何も言わないことに決めた。
「どのくらい、寝てしまったのかの」
シルヴェンヌがその端正な顔を、悩まし気にゆがめた。
「時間は、セス様をずっと見ていたのでよくわからないのですが、夜なのは間違いないかと」
「夜……?」
アラクネとの会談は午後一番ではなかったにせよ、日が暮れるまでには十分すぎるほどの時間があった。それなのに、夜。一時間や二時間の睡眠ではなかった、ということだろう。
セスの脳裏に、大量に積み上げられている紙束と、もろもろの問題が浮かんできた。
不味い。不味すぎる。
「はい。先程、夕食はどうするかという伺いがございましたので」
セスはベッドから立ち上がった。
先程よりもしっかりと服を整え始める。
「シルは、お腹が減っておるのではないか?」
「まったくと言っていいほど、空腹感を覚えてはおりませんよ」
セスの手が止まった。
顔もシルヴェンヌの方を向く。
「本当か?」
「はい。ここで嘘をついても、何の得にもなりませんでしてよ?」
(全く減っていないのも、問題だの)
セスの眉間に皺が寄った。
寝ていたセスですら、そう言えばとうっすら空腹感が訪れているのだ。ずっと起きていたシルヴェンヌに全くないのは、あまりよろしくない。
セスの頭の中で書類のスペースが半分になり、シルヴェンヌがあっという間に埋め尽くす。
「昼は?」
「いつもと比べれば、それなりには」
最近の『いつも』はヴァシム城に来た当初の『いつも』よりも明らかに少なくなっていた。それよりも多いと言われても、そこまで多いとは思えない。
朝も、あまり起き上がれずに野菜をどろどろになるまで煮込んだスープしか飲んでいないのに。
「無理にでも食べた方が良いのではないか?」
「そうかも知れませんね」
あっさりと、どこか遠くを見るような声で認めたシルヴェンヌに、少し肩透かしを食らった気分になった。
セスが最後の整えとして襟を正す。
(先に、何か残っていないかを確認せねばな)
食事が、である。
少しばかり余裕が出て来たとは言え、無駄に使える食材などない。それに、時間によっては調理担当が休みに入っている可能性もある。そこを無理矢理起こすのは、気が引けた。
「少しばかり、空ける」
「待ってくだぁ……」
一歩踏み出した直後に聞こえたシルヴェンヌの声が、不自然にねじ曲がったかのように消えていく。
セスはすぐさま振り返り、ベッドに手をついて動けなくなっているシルヴェンヌの肩を優しく掴んだ。
「大丈夫か?」
大丈夫ではないのは、良くわかってはいるのだが。
咄嗟の事態に、他の言葉が出てこなかった。
「少し、めまいがしただけです。お止めして申し訳ありません」
言いたかったであろう言葉とは逆の言葉がシルヴェンヌの口から発せられた。
セスを止めるために心配をかけるような動作をしたと思われることを恐れているかのようである。
「何を言うておる」
セスはベッドの上に戻ると、シルヴェンヌを横にさせて、額に手を当てた。しっとりと、汗ばんでいる。
「わたくしは、そのようなつもりで言ったのでは」
「わかっておる」
シルヴェンヌの言葉を遮って、セスは枕横に腰を落とした。
シルヴェンヌの頭を撫でつつ、扉横の小窓に向けて糸を飛ばして、開く。
「誰か、おるか」
「はい、陛下!」
鈴の音のような声が返ってきた。
(ニチーダ?)
不思議には思いつつも、疑問は脇に置いて。
「丁度良い。入れ」
「わかりました」
少しすると、扉が開いてニチーダが入ってきた。
手にはお盆を持っており、ニチーダが作ったのであろう料理が所狭しと並んでいる。
「えっと、失礼します」
小さくニチーダが頭を下げた。
上げた時にちらりと見えた目は水差しを確認し、それからベッドわきの水を確認している。
「ニチーダ、シルを診てくれぬか?」
訂正もちょっとした抗議も後回しに。
セスが切羽詰まった声を出した。
「お安い御用です」
ニチーダが近くの机にお盆を置いて、近づいてくる。
「心配しすぎですよ、セス様」
シルヴェンヌが弱弱しい声で言った。
セスは返答せず、ニチーダに場所を譲るように動いて、シルヴェンヌの手を握る。弱く、シルヴェンヌも握り返してきた。
「失礼します」
ニチーダの手がシルヴェンヌの首に触れた。
目を閉じて、魔力が少し動く。
セスの手が自分の首を、顎を、唇を、せわしなく走り回った。シルヴェンヌの握り返す力が、やや強くなる。
心配しないで、とでも言うように。
ゆっくりと、ニチーダの目が開いた。
「疲れと、貧血気味ではないかなと思います。魔力にも元気がありませんし、最近食べる量が減っているのなら十分に考えられますよ」
「大丈夫なのか?」
「休むだけではなく、しっかりと食べていただければ」
「心配しすぎだと言ったではないですか」
シルヴェンヌが淡く笑った。
ニチーダが枕元から離れて、代わりにセスが枕元に近づく。
「着替えた方が良いのではないか? 辛くはないか?」
「セス様、想像しにくいかも知れませんが、わたくしはこういう服も着慣れていましてよ」
「シルは平気で無理をするからの」
「そうですよ。王妃様は無茶ばかりするんですから。せめて無茶をするならしっかりと食べてからにしてください」
アラクネとの時は非常に私的な呼び方になっていたが、今回はきちんとした呼び方でニチーダがシルヴェンヌに対して頬を膨らませた。
お盆を持ちあげ、ニチーダがそれらをベッドサイドに置く。
「何も召し上がっていないと聞いて、作ってきました。もちろん、許可はとってますよ。ナギサちゃんが言うには、アレイスターさんが育てる予定の食物で、どれが両陛下の好みかを調べるためという建前らしいです」
シルヴェンヌが少し横に移動し、空いたスペースにセスが入る。
横に寝かせたばかりだが、背中に手を回してゆっくりとシルヴェンヌを起こした。
ニチーダが小鉢を持ち、箸を持って小さくつまみ上げる。そのまま、自身の口へ。
「毒見ならば、結構でしてよ。ニチーダさんがわたくしに毒を盛りはずがありませんもの」
シルヴェンヌがいつもの調子で言った。
ニチーダが視線をセスにやって、戸惑ったように小鉢をお盆に置く。そのお盆を両手で押さえながら、ベッドの上へ。
「どれから、召し上がりますか?」
色とりどりの料理を見せて、ニチーダがおどおどとシルヴェンヌに聞いた。
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