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反乱鎮圧編

母親 1

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 アラクネが到着したという報告を受けると、執務室に籠っていたセスは緩慢に動き始めた。

 脱いだ正装をもう一度着るのが面倒くさい、と言うのももちろんあるが、一番はアラクネを待たせることにある。

 セスの生みの親、エルモソはセス達を軽く見ている節が感じられる。ならば、此処で上下関係を示す必要があった。同時に、ゼグロとバリエンテには何らかのフォローもいれないといけない。

 ぐるぐると考えが回ると、やることの多さに投げ出したくもなる。

 まだ『殿下』と呼ばれていた時代は、勉学は多かったが自分の一言がそのまま決定に繋がることは少なかった。でも、今は最終決定権はセスにある。多くの者を殺すように命じて来たし、失っても来た。先王、アンヘル・サグラーニイの時代と比べればまだまだ少数ともいえるが、それでも肩が凝る。

(マサトキ程の図太さがあれば、また違うのかもしれぬの)

 心の内のため息を悟られないようにしながら着替えを終えると、シルヴェンヌが廊下で待っていた。侍女ナリズマが傍に控えている。

「セス様」

 語尾に音符の着いていそうな音色で、シルヴェンヌがセスに近づいてきた。

 髪は最近のお気に入りなのか、サークレットのように編み込んでおり、少し大きい煉瓦色の華のバレッタを着けている。いつもは露出している太腿は隠れており、服装は地面につくのではないかと言う長さの、ドレスとも言うべき物。煌びやかな装飾品の類は一切ついていないが、その代わりに丁寧な刺繍が施されている。

「普通は、我がシルを迎えに行くのではないか?」

 セスはやわらかく言いながら、シルヴェンヌの頬に手を伸ばした。シルヴェンヌがセスの手に頬を擦り付けるように顔を傾ける。

「一刻も早く、セス様に会いたかったものですから」

 体温は、戻ってはいるが、化粧の類は施されていないように思えた。
 つまるところ、その時間が確保できないまでには寝ていたのだろう。

「迷惑、でしたか?」

 目を昏くして、シルヴェンヌが不安げな声を出した。

「まさか。そのようなことはありえぬ」

 ふにゃり、とシルヴェンヌが笑った。

「よかった」

 噛み締めるような声である。

「では、行くかの」

 セスが頬から手を放すと、シルヴェンヌが流れるような動作で降りゆくセスの右手に抱き着いた。

 いつもよりゆっくりと、廊下を歩く。後ろにはナリズマを筆頭に、翼人族の侍女が四人、続いていた。

 セスが言葉に出さずにシルヴェンヌの体調を確認するたびに、シルヴェンヌが甘えるような仕草を見せる。大丈夫だと言いながら、気遣いに感謝を示すように。

(それでも、会談自体は早く終わらせた方がよかろうな)

 処分自体は決まっているのだ。
 セスとしても、その決定を変える気はほとんどない。

「両陛下が参られます」

 合図を出せば、扉の内でそのような声が聞こえ、ゆっくりと謁見の間の横の扉が開いた。
 シルヴェンヌがセスの腕から離れる。開き切った扉から、セスは背を伸ばして玉座に向かった。

 玉座の前で一度立ち止まり、静かに、堂々と座る。

 セスから見て右にニチーダ、メゼス。左にナギサ、ロルフ。各々、二人ずつ従者を連れている。メゼスの場合は、アルケミーゲルではなくニチーダと同じ種族の者ではあるが。

 正面にはプロディエル。
 一歩下がったところで、右からバリエンテ、エルモソ、ゼグロ。
 普通は武に秀でたバリエンテをプロディエルの利き手側に配置するものだが、こちらに合わせたのだろう。

 シルヴェンヌがセスの肩に手を置いた。

「面を上げよ」

 一斉に顔が上がる。
 ここではセスに誰も目を合わせないのが普通だが、エルモソは気にせずに合わせてきた。
 セスは目を細め、不快感を僅かに示しながら他のアラクネにも目をやる。そして、席を立った。

「陛下?」

 ナギサの戸惑う声が聞こえた。
 それを無視して、呉須色の旗が並ぶ銀朱の絨毯を一直線に進む。

「ゼグロ」

 文官(ゼグロ)の肩が大きく跳ねた。

「は」

 相変わらずの、胃を痛めやすそうな声である。

「陛下からも良くしていただいた身ではありますが、この度は陛下に刃を向けることになり」
「弟のこと、残念だったの」

 慈しむような声で、セスはゼグロの言葉を遮った。
 こちらを見てきているプロディエルを無視して、セスはゼグロに近づいて、膝を折った。

「正直に言うと、我はそなたの弟を詳しくは知らぬ。だが、兄の行方を案じ、いざとなれば兄の代わりに戦える者だったのだろう。優秀なそなたが軍配を預けられる者だったのだろう? 本当に、無駄な戦いで惜しい人材を失った。悲しみは理解してやれぬが、我も父を失っている故、想像はできる」
「そのように言っていただき、弟も向こうで喜ぶことでしょう」

 ゼグロの頭が床につくのではないかと言うほどに下がっている。

「つくづく、そなたを翻意させられなかったのが勿体ないの」

 セスはため息とともに言って、立ち上がった。

 最後の一言に関しては、嘘である。

 ゼグロは半分こちらに落ちていた。それでも、立場と同情心から来るものでプロディエルに味方し、弟を名代に立てた。セスとしては、ゼグロの弟は死んで当然だという認識はあったのだが、予定にない行動をとってしまったのである。

(大きな問題には、ならぬな)

 玉座に戻る短い道の間に、セスは先程の行動を振り返ってそう結論付けた。

「して、プロディエルよ。今日は何用で参ったか、わかっておるのか?」

 玉座に深く腰掛けて、セスが聞いた。
 プロディエルの頭が一度、大きく下がる。

「はい。異父兄上(あにうえ)におきましては」
「何故我に忠実な可愛い義弟と、二度も刃を向けたそなたが同じ呼び方を許されると思うたのだ?」

 セスが冷たい声で言った。
 プロディエルが固まる。

「セス! プロディエルは血のつながった貴方の唯一の弟なのですよ」

 子を叱るようにエルモソが言った。

「公的な場で私的な呼び方を認められる者は陛下の信任厚い者に限られる。メルクリウス殿と反逆者の貴殿らが同じ扱いになると本当に思っているのか?」

 ナギサが代わりに返す。

「黙りなさい。私はセスに言っているのです」

 エルモソがナギサを睨んだ。
 ナギサが何かを言う前にセスが右手を上げて、発言を止める。

「メークは我に良く尽くしてくれた。翻って、そなたらはどうだ? 此度とミュゼル、二度も牙を剥いたではないか。そも、ニチーダの能力でそなたらが何を狙っていたのかは知っておる」
「皆が使えない力に、信ぴょう性があると思っているの?」

 プロディエルを差し置いて、エルモソが発言し続ける。

「我が誰を信用するか、であるの。ニチーダは信用に値する人物。加えるならば、エルマロもアレイスターもマサトキも、そなたが父上の真似をして発した偽書を持ってきてくれたしの。無論、その後のそなたらの字で書かれた書も、の」

 エルモソの視線が末席に立っているマサトキにいった。
 マサトキも感じ取ったのか、常の飄々とした笑みを浮かべながらエルモソに一つ頭を下げている。

「大事を引き起こしておいて、反省の色も見えぬとなると二度と変な気が起きぬように頭を変えねばならぬかの」

 決定事項だと言わんばかりにセスが言って、背もたれに背を着けた。

「刎ねる首はエルモソ、プロディエル両名。現当主のファーデフィーロは残す故、それで良かろう?」
「セス。母と弟を殺すというのですか」

 エルモソの声もどんどん低くなる。
 比例して、プロディエルの存在感はどんどん希薄になっていった。この場に居る者には、誰がアラクネの実質的な支配者なのか、良くわかる程に。
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