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北方遠征編

北部平定

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 闘牙族の内通者、スパイトフル・ラングレーの死は人間にも影響を与えた。

 一定のところまで攻め込めばスパイトフルが内通して、容易に突き進めるようになる。それゆえ、最初は大変でもというのが人間の目論見だった。それが使えなくなったのだ。アイズオジュに関しては沼地に沈んで回収できなかった死体も多く、多少は復帰に時間がかかるだろう。消えた武具、使いつくした矢玉も多い。遺族への見舞金なども含めればそうそう攻め込もうとは思わないはずだ。

 と言っても、闘牙族の被害も大きい。

 一日にして六百人以上の死者は、勇者一行が来た時以来という前例が最近に存在するが、滅多にない被害である。素直に勝ったとは喜べないだろう。
 そのことからか、人間の完全撤退が確認された後でも、セスの顔に喜色は一切なかった。

「以上が内通および内通の疑いがあった者にございます。誰も彼も技術者としても素晴らしいものがあっただけに、残念です」

 アレイスターが事後処理の報告を終えた。

 香辛料が誰に渡ったのかは把握できている。
 そこから絞り、怪しい者たちに送る傀儡にしても旨みの少ない首が必要だった。とはいえ、アレイスターは怪しい者の首を全て刎ねるという強引な手段に出たわけだが。

「被害は、どれくらいになるかの」

 セスが聞いた。

「不遇派だった者は上層部の多くを失った形になります。得難い人材でしたが、だからこそ敵に回ると厄介だったため、致し方なく……」
「辛い決断だったの」
「いえ。これが私の役目ですから」

 ロルフはアレイスターの後ろのレオニクスを見た。
 今はしっかりとセスに対して頭を下げており、最初の時のような力を自慢するような雰囲気はない。

「しかし、やりすぎではないか? 無駄に反感を買えば、第二第三のスパイトフルが現れよう」

 アレイスターが顔を上げた。セスとしっかり目が合ったのだろう。元々しかめっ面であったシルヴェンヌの顔に不快感が広がり始めた。

「これが私のやり方にございます。まとめる力に乏しい故、叛意ありと見えれば迷いなく討つ。そう、この場で宣言いたしましょう」

 ざわり、とこの場にいる闘牙族に動揺が広がった。
 多数の報告を聞くために、この場には元々は武闘派に居た者、不遇派に属していた者も集まっている。
 聞きようによっては、理由をこじつけて処罰するぞ、と言ったようにも聞こえなくはない。

「兄上」

 レオニクスが小声でアレイスターを諫めた。
 ナギサならどうするかと思い、ロルフは口を開いた。

(柄じゃあないんだけどねえ)

「陛下。色々あったんで、一度方向性だけでも陛下から示した方がいいんじゃないですか? まあ、考えをまとめるのにも時間がかかりますし、アレイスターと相談する必要もあるとは思いますけど」

 セスの目がロルフに来た。
 二秒、しっかりと合うとまたセスの目が離れる。

「ロルフの言う通りだの。沙汰は追って下す。今日は皆、ゆっくりと休め。ロルフ、メゼス、アレイスターはもうしばし頼むの」

 応じる声が響いた。
 ゆっくりと人が減っていく。レオニクスはアレイスターを最後に確認したが、部屋を後にした。

 部屋には、セス、シルヴェンヌ、ロルフ、メゼス、アレイスターのみが残る。
 セスが頬杖をついた。

「さて、アレイスターよ。此度の戦い、本音の所はどう思っておる」

 メゼスの背筋が伸びて、顔がアレイスターにいった。警戒ではなく、興味が出たに近い。
 つまり、これは驚いているのだろう。顔は変わっていないけれど。

 アレイスターが前に出て、ロルフの間合いで膝をついた。首筋を大きく晒している。

「お味方の大勝利、祝着至極にございます」

 ロルフは奥歯を一度噛み締めた。

「ほう。犠牲が多すぎるがの」

 セスがある程度口元に余裕を持たせて言った。

「ええ。ですが、陛下は勇者一行の戦い、ムイス港の占領、先王陛下の遺体の奪還と人間に勝ち続けておりました。ところが今回、人間側に有力な者が居なかったにも関わらず、戦は痛み分けに終わりました。いえ、人的被害の割合で言えばこちらが上。折角獲得した外貨も、闘牙族の革を使った製品の買い付けで取り戻される始末」
「ボロ負けだねぇー」

 珍しくメゼスが口を挟んだ。

「ですから大勝利なのです。『最早魔族は強くない。でも、攻めこめば被害は大きくなる。なら同じ魔族に火中の栗を拾わせるか、他国との関係を見直してからにした方が得だ』と、人間の考えの主流はそちらになるでしょう。陛下御自身の被害も、ガイエル殿には申し訳ないですが、結果に比べれば軽微です。全滅したガーゴイルも、陛下のために文字通り命を投げうったと言えるでしょう。見事な忠誠を示したと喧伝することができます」
「被害の大半はぁ、闘牙族の献身がぁってことぉ?」

 ロルフが口を開くよりも早く、メゼスが口を開いた。
 アレイスターが意識をセスに向けたまま言葉を紡ぐ。

「我ら闘牙族にとっても、武闘派・不遇派ともにトップを失い、不遇派はほぼ解体。処遇が悪くなるのも致し方のない結果を引き起こしました。文句を言っても、以前よりも周りが厳しい目で不遇派の面子を見るでしょう。武闘派は我が弟レオニクスにその指導者性を見出しております。おそらく、弟には従うでしょう。それだけの戦果がありました」

 アレイスターが頭をやや上げた。

「弟と共に戦った武闘派、そして私達兄弟を認めないからと反乱した者たちが力を認めれば弟の支持は広がりましょう。不遇派も、開発する武具の見た目を弟の所有する者に近づければ需要も出て地位も上がりましょう」
「随分と、『弟』にこだわるの」

 アレイスターが口元を緩めた。

「ええ。この戦いには仕上げが必要です。我が父、イリアス・ヘネラールの時分には纏まっていた闘牙族を割り、国力の衰退を招いた。不遇派の金を勝手に使い、より多くの者を人間の元に走らせたかもしれない。さらには予想できたはずの混戦をさせ、武闘派の多くを失わせた。最後に、苛烈すぎる不遇派への処罰。私、アレイスター・ヘネラールに、闘牙族族長を任せるのは不安ではありませんか?」

 堂々とアレイスターが言い放った。

「我に過剰にへりくだったのも、簡単に頭を下げたのも、ここまでの兄弟としての失敗の全てをそなたが被るためか? いや、偉大な父の間に愚物として自分が挟まれば、弟が種族をまとめやすくなるから、と言うべきかの」
「はい。しかし、この戦いは必要でした。闘牙族からは打って出ることはできない。されど力を示す必要がある。力を示せれば大人しくなる人はいますから。そして、実力に劣る不遇派が保っていたのは人間の力があったから。この膿みを取り除く必要もありました」

 セスがやや前傾姿勢になる。

「取りきれたかの?」
「はい。思い残すことはありません。血筋、実力的にも一番族長に有力なのはレオニクス・ヘネラール。別の者ではまた種族を割るだけでしょう。あとは、私が処罰されるのみにございます」

 アレイスターが深々と頭を下げた。

「ふむ」

 セスが口に手を当てる。
 処罰を考えているのだろう。手持無沙汰になったのか、シルヴェンヌが後ろからセスに抱き着いたが、セスは何も言わずにされるがままになっている。

 シルヴェンヌが目を閉じ、彼女の呼吸がロルフにも聞こえるほどに静まり返ってからセスの手が動いた。
 シルヴェンヌの頭を撫でてから、セスが背筋をゆっくりと伸ばす。

「処罰が決まったぞ、アレイスター」
「何なりと」
「我が城に来い。人手が足りぬでの。闘牙族のために命を懸けて我が城にたどり着いた者は皆、ヴァシム城で働いてもらう」

 予想外だったのか、アレイスターの肩が一度上がった。

「は」

 遅れて、返事が出る。

「出世ではない。レオニクスに悪い影響が出ないように、アレイスター、そちに近い者をフロスト・ブレイヴから排除するのが目的ぞ」
「心得てございます」
「ただし、レオニクスもいきなりでは不慣れなことがあろう」

 セスがロルフを見た。

「ロルフ、神狼族は情報交換の場が各地にあったと言っていたの」
「勇者一行が暴れまわる前は、ですけどねえ」
「うむ。ならばフロスト・ブレイヴをその一か所にしては、不都合があるかの?」

 ロルフは思考する。
 だが、結果はほぼ決まっているようなものだ。

「ないと思いますよ」
「ならばフロスト・ブレイヴをその場にせよ。闘牙族もきちんともてなし、神狼族に情報を開示せよ。同時に、レオニクスも相談があればロルフに手紙を出すように言い含めておこうぞ。決闘以来、慕っておるようだしの。ロルフが闘牙族の風習に詳しくないから誰かに話を聞き行くのは、仕方がないことと皆も思うであろう?」
「陛下の仰せの通りかと」

 メゼスが生真面目に言った。
 要するに、神狼族が闘牙族の統治にかみ、利益の一部を享受するということだろう。
 レオニクスからすれば、兄が関与する、兄に操られているという印象をかなり薄めたうえでアレイスターに相談できる。傀儡政権と言われない。

「そうだの。後はルンガも兵に関する族長の相談役に添えようぞ。不遇派は、どうしようもないの。潔白を証明できれば、また認められる機会も訪れよう」
「仰せの通りかと思います」

 アレイスターが頭を下げたまま言った。

「それでは、一刻後に再び集まろうぞ。その場で、仕置きを全て伝える」
「かしこまりました」
「りょーかい」

 メゼスとアレイスターは同じ言葉だったが、ロルフだけ違う言葉で返事をするのであった。
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