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北方遠征編

派閥長会議 3

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「ここはカイーブ、アイズオジュ、サフアンと睨みを効かせてくる人間の都市が多い。三方向から攻められるのは防ぐべきだ。ならば、何かを独占することはせず、稼ぎの中心をブランド力にするべきだ。ブランド力は奪われない。奪えない以上は攻める理由に薄い」
「代替えが効くから斬り捨てられる危険性は考えないのか?」

 アレイスターが一瞬だけシルヴェンヌを見て、言った。

「斬り捨てる? そんな訳ないだろう。翼人族のような馬鹿を私が打つと? 冗談は血筋だけにしておいた方がよいと思いますよ」

 コップが割れる音がして、スパイトフルの目の前の机に短剣が刺さった。
 ロルフが半ば確信を持ってシルヴェンヌに目をやると、投擲した体勢で指先をスパイトフルに向けている。危険性と同時に、殺せるだけの武器を持ったままセスに近づけるという信用があることもアピールしているのだろうか、と大ごとにはならないと思っているからこそロルフは考えた。
 だとしたら、シルヴェンヌを怒らせるのが愚策だと、しっかりと闘牙族に知らしめられただろう。

「そなたは周りが見えぬの、スパイトフル」

 残念そうにセスが言う。
 シルヴェンヌは宥められる形で、セスの横に戻った。手には新たな短剣が握られている。

「どういうことでしょうか」
「武具を売る、利益を出す売り方を確立する。そこは間違ってはおらぬと思うがの。間に入る人が減れば、それだけ払うべきものも減り、市場に安く出せる。だがの、取引相手が国家であれば、人間に攻められないためにその省いた者どもにどう稼がせるかも重要になるとは思わぬか?」
「思いません」

 スパイトフルが即答した。

「恨みを買わぬと? あぶれた職人と手を組み、売った武器と共に攻めてこぬと、クーデターを起こさぬと言えるか?」
「貴族や国家の重鎮と直接取引をすれば問題ないかと思っております」

 スパイトフルが落ち着きを取り戻して答える。
 刺さったナイフには手をかけずに、淡々と。

「いざ行き違いがあった時、緩衝材となる者は確保しておるのか?」
「そのための闘牙族の掌握です。陛下こそ、人間は意外と話せる相手だと知らないのですか?」
「なるほどの」

 セスが椅子に深く腰掛けた。
 三人の主張はどれも完全に間違っているわけではない。

 だが、種族という大きなものを動かすときに、ステラクラスやスパイトフルのように一個のものだけに固執して、他の手段がないのもどうかと思う。

 ロルフとしては、一応、アレイスターが一番だろうと結論付けた。

「三人とも、帯に短したすきに長しだの」

 ふう、とセスが息を吐いた。
 ロルフに視線が来る。

「ロルフはどう見ておる?」

(やっぱり来た)

 ロルフは腰かけたまま、足も閉じないように意識して三人とレオニクスを見た。

「まあ、下に何人就いたかって言うのが結果になっていると思いますよ。ステラクラスもスパイトフルも、バランス感覚に欠けていますし。アレイスターを中心にバランスを取ってもらうのがいいんじゃない?」

 ステラクラスは従うような空気を出しているが、スパイトフルは不服そうだ。
 ロルフはスパイトフルも見ながら続ける。

「族長になりたかったら陛下に連絡すれば良かったのにさ、それもしないんだもん。ただ一筆書くだけで陛下だけじゃなくて周りの種族からの印象も変わるのにしないって言う時点でねえ。ちょっと頭に添えるには怖さが残るよ」

 挨拶と同じだ。
 するだけで評価する人もいるのだから、その程度した方が良い。もちろん、気持ちを込めてしっかりと行うのが一番良いのだが。

 セスもゆっくりと頷いて、ロルフから視線を切った。

「我もそう思うの。ステラクラスの言う通り、闘牙族の種族性として力が必要なら高めるのは辞めるべきではない。スパイトフルのように、個人の武勇だけでなく技術としてもそれを支えられれば問題はなかろう。されど、どちらも多くの者を喰わせることには繋がらぬ」

 レオニクスが大きく頷いた。
 派閥のトップの三人は動いていない。

「実利を得るならば、アレイスターのように堅実に食糧事情を改善し、守ることが必要ぞ。力、武器、それらを主張する二人から民をしっかりと守ってきた実績もあるしの」

 アレイスターが椅子を動かした。
 セスの口も止まり、シルヴェンヌの威圧的な目がアレイスターを突き刺す。

「お言葉ですが陛下。防衛の中心は我が弟レオニクスにございます」

 レオニクスが慌てたようにセスに対して頭を下げた。
 セスの表情が緩む。

「良い。適したところに適した人材を配置するのも一番上に立つ者に必要な能力ぞ。そなたにはそれがある。発信力が伴わぬのが難点ではあるが、そなたが一番上手く人を配置できよう」

 小さいメゼスがロルフの足元に現れる。

「発信力が伴わないというか、妙に攻撃的だったよねぇー」

 二人に対してぇ、とメゼスが続けた。
 ナギサの伝言もあり、小さく頷きながらロルフはアレイスターを見た。

 歓喜も戸惑いもなく、当然のことのようにセスの決定を受けて止めているように見える。

「アレイスター・ヘネラール。そなたを闘牙族の族長に任ず。我が城に来た時も、己を族長とするようにと頼むのではなく、闘牙族をまとめるために助けを求めに来たしの。その献身、是非とも役立てよ」
「は。ありがたきお言葉」

 アレイスターが深く頭を下げた。
 レオニクスも今度は遅れずに、兄と同じタイミングで頭を下げている。

「ステラクラスよ、そなたの力は闘牙族にとって必要なもの。アレイスターを支えてくれるな? 無論、そなたが望むのなら力を磨いて四天王を望むがよい。いつでも待っておるぞ」
「かしこまりました」

 ステラクラスが頭をさげる。

「スパイトフル。道々に並ぶ武器の数々、見事であった」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
「確かにその技術があれば自身の扱いが不遇だと嘆く者も多かろう。されど技術力の高さだけではなく、種族にその技術が必要かどうかも扱いには関わってくるのだ」

 スパイトフルは頭を下げたまま何も言わない。

「人間は多くの者の敵。そこに殺すための道具を売るのは、我の立場的には認めることはできぬ」

 セスの低い声がスパイトフルの頭を押さえつけたように感じた。
 スパイトフルも何も言い返さない。

「されどそなたらが望むのなら、他の種族を紹介しよう。武具を必要としている種族はあるでの。環境は変わってしまうが、待遇は良くなるぞ?」
「皆に、話をしておきます」
「うむ。アレイスター、そなたが認めるのであれば、その旨はそなたからも喧伝せよ」
「は。私では多少待遇を良くする程度で、このまま多くの者が武器を作り続けていても持て余してしまいます故、積極的に発信したいと思います。数が減れば、その分希少性が上がり、残る者の待遇も良くなりますので」

 後半はスパイトフルに向けて、アレイスターが返事をした。

「アレイスター、もう仲間になるのだ。そのような言い方はよさぬか」
「失礼いたしました」

 アレイスターが慇懃に言った。
 セスも軽く頭を上下に動かし、視線を切る。

「さて、残りは散って行った者たちだの。上手く集まると良いが、スパイトフル。何か知っているか?」

 スパイトフルが首を横に振った。

「いえ。ただ、逃げ出した者たちが集まり、指導者のいない組織を作ろうとしておりましたが、うまくはいっていなかったと私には見えておりました。対話をするには一人一人にしかならないでしょう」

 空色の瞳をセスからはやや下げて、スパイトフルが返答した。

「場所は把握できておるか?」
「いえ。散り散りですので」
「そうか」

 セスが口に手を当てる。それからロルフとシルヴェンヌを見た。

「アレイスター、ステラクラス。未だに見つからないのであったな」

 二人が肯定の返事を返す。

「神狼族と翼人族も散らばった闘牙族の捜索に当たってもらうが、良いかの」
「はい! セス様のお役に立てるのなら!」

 悦に頬を紅く染め、シルヴェンヌが両手を合わせた。

「もちろんです」

 ロルフとしても、言い方はどうであれセスのは命令であるので従う。

(とは言っても、翼人族も見張らなきゃだよねえ。ガーゴイルに対して何かをしないとも限らないし)

 逡巡して、ロルフは口を開いた。

「それから陛下」

 セスが優し気な目でロルフを見た。シルヴェンヌとは対照的である。

「ガーゴイルには俺らから伝えても?」

 セスが少しだけ不思議そうな顔をしてから

「構わぬ」
 とロルフの意見具申を受け入れた。

「じゃあ、ついでに神狼族でサフアン方面の捜索にあたりますねえ。あの辺に本拠を構えていたとはいえ、移動している可能性もありますから。空から当たれる翼人族は人間の都市から離れていた方がいいでしょ?」

 後半はシルヴェンヌも見ながら言った。
 要するに、セスには翼人族を人間の近くに行かせて暴れられても困るでしょ、という意思とシルヴェンヌにガーゴイルに手を出すなという意思を伝えるために、である。

「効率も、その方が良さそうだの」

 セスがロルフの案を肯定する。
 驚くほどにシルヴェンヌからの抵抗はなかった。
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