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北方遠征編

決闘 2

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「ステラクラス・ヴェルシッチは初撃を受け止め、掴んでから反撃に転じるスタイルをとることが多いっす。見映え的にも、その方が印象良いっすから」

 水の入った盃を掲げながら、小声でアプリカドが言う。
 ロルフはアプリカドの赤毛に目を落としながら、水を飲み干した。顔を上げて見たセスは、好きにしろ、と言わんばかりに沼から取り出した玉座に深く腰掛けている。

「ヴェルシッチは、純粋な戦闘能力なら今の闘牙族の中で一、二を争う存在っすから。先の二人を参考にはしない方がいいんじゃないっすかね」
「無抵抗で最大の一撃を受けてくれるのはありがたいねえ」

 ロルフはアプリカドの上げられた手に、大剣を置いた。その上に盃。
 そのどちらも大事そうに抱えて、アプリカドが二歩下がる。空いたスペースに、今度こそ、と目を大きくしてピレアが入った。槍を包んだ布を掲げる。

 ロルフは右手で丁寧に布を開いて、槍を露出させた。そのまま右手で掴み上げる。
 右手で二度、左手で三度回転させた後、また右手に持って決闘の初期位置についた。

「お待たせ」
「待ってなどいないさ。連戦を理由に俺が勝てたなんて言われるのは癪だからな。もっと休んでも構わないが?」
「いんや、十分さ」

 ロルフは槍を地面に突きさして、右腕を伸ばした。左腕で引き寄せ、左側に伸ばす。今度は左腕を逆の動作で。

「そうか。奥義、完全解放」

 ステラクラスが巨大化した。
 といっても、先の二人のように異常に大きくなるわけではなく、二メートル五十もいかないぐらいである。だが、体は逞しく、防具をつけずとも氷を砕きながら泳げるような太い手足だ。白い剛毛が全身を覆っているが、骨格は人間に近く。鋭い牙が四本、口から覗いている。氷塊を砕いて現れそうな、彼自身が氷河のような威圧感がある。

(ステラクラスならできてもおかしくはないか)

 決闘で出してこなかったということは、完全解放ができそうな闘牙族は、ロルフも見たことで確定のアレイスターを除けばレオニクスと、不遇派の天辺(スパイトフル)だろうかとあたりをつける。

「正面から受け止めてりゃあ数は減るか」

 くつ、と笑いをこぼす。
 確認と挑発を込めた言葉だが、ステラクラスの耳は拾えたらしい。歯肉をむき出しにして、ロルフを睨んできた。

(勇者(エイキム)とか戦士(カルロス)はノリノリで応じそうだしねえ。魔法使(ヘクセ)いは馬鹿にしながら遠慮なく火力高い魔法を叩きつけそうだし)

 氷塊がステラクラスの前に現れて、砕けた。
 中からハルバートが現れる。片側は斧、逆側はスパイク。穂先は刃。ステラクラスよりも大きい。ロルフの持つ槍よりも長いのは確定だろう。

「刮目せよ、魔王、サグラーニイ陛下! 我が武勇、ここで証明せん!」

 ステラクラスがハルバートを高々と上げ、二度、三度と回転させた。
 轟々と唸る風の音がロルフの耳にも聞こえ、風圧で髪が揺れそうである。武闘派のボルテージも上がり、地面を突く音が地鳴りとなってステラクラスを後押しする。
 巻き起こった風を断ち切るように、ハルバートが振り下ろされた。

「さあ、かかってこい! ロルフ・ガイエル!」

 正中にハルバードを構え、ステラクラスが啖呵を切った。「推して参るぅ」というメゼスの相変わらずの呟きが、ロルフの耳に入り、ロルフの口元に笑みが浮かぶ。
 その顔のままロルフも槍を掴み、穂先をステラクラスに向ける。右手首で槍をきりもみ回転させ、投げた。少々派手に掴む。

「我が名誉、この槍と共に。我が栄光、この槍と共に。我が仇敵(とも)、この槍と共に。仇敵(とも)が魂、この槍と共に」

 ロルフの魔力を吸い上げるように、槍が魔力を帯びて発光する。
 アプリカドの調べ通り、ステラクラスは動かない。

「穿て! 我らが美酒のために!」

 持ち上げ、投擲する。
 視界を奪うほどの発光体は、真っすぐにステラクラスに吸い込まれた。収束しきれなかった魔力の奔流が、ステラクラスの後方の鴨頭草(つきくさ)の旗を千切らんばかりにはためかせ、いくつかを押し倒す。

(まだうまくは使えないかあ)

 急激に魔力を持って行かれた倦怠感を隠しつつ、ロルフは光の濁流を見つめる。
 地面を削り取り旗を倒しう、逸れてしまったエネルギーを、上手く槍に収束できればよい切り札にはなるだろう。だが現状は、無駄が多い。

「ぉぉおおお!」

 叫び声と共に、発光が断ち切られた。
 高々と舞った槍がロルフの方に弾かれて、少し手前で地面に刺さる。
 耐えきったステラクラスからは、血は流れていなかった。血は流れていなかったが、服は弾け、上半身が露出している。胸当ても、紐がちぎれて地面に落ちた。籠手だけは無事だが、白い剛毛も心なしか元気がないように見える。息も荒い。

「我が名誉、この槍と共に」

 もう一撃を放つもりはないが、ロルフは祝詞を口にしながら槍に手をかけた。

「我が栄光、この槍と共に」

 槍を地面から引き抜く。ステラクラスがハルバートを構えて、突進してきた。

「我が仇敵(とも)、この槍と共に」

 ステラクラスの突き。槍の穂先を合わせて、弾く。ステラクラスが距離を開けながらハルバートを元の位置に戻した。ロルフが詰める。ステラクラスが弾く。

(バリエンテよりは馬力はないか)

 ロルフは下がりながら穂先を地面に着けて砂ぼこりを上げた。
 平均値を取れば、アラクネより闘牙族の方が馬力がないということはありえない。バリエンテが異質なのか、ステラクラスが思いのほかダメージを受けているのか、隠しているのか。

 穂先の延長線上にステラクラスの眼を捉える。
 呼吸はすっかり腹式に代わっており、ハルバートの先に揺れはない。足も程よく曲がっており、匂いにも焦りなどの悪影響をもたらすものが滲んではいなかった。

 ロルフが舌なめずりをする。
 目に好戦的な光を宿し、右足を半分下げた。ステラクラスの足も対応するように動く。

 ステラクラスの目がロルフの後方、セスがいるであろう方向に動いた。ロルフが踏み込む。瞬時に空間はロルフの物に。魔力を籠めた突きがそのままステラクラスの腹に吸い込まれた。
 ずぶり、と槍先が埋まり、ロルフは手を放して後ろに跳び退いた。
 一瞬前までロルフが居た場所に、ハルバートが叩きつけられる。スパイクが鋭く細い穴を作り、地面が割れた。

「あっぶないなあ」

 へらへらと笑いながらも、ロルフの目だけは冷たくステラクラスを見据えている。
 ロルフが握っていたリザの槍はステラクラスの腹に埋まり、彼の腹と左腕によって完全に固定されている。白い剛毛は朱く染まっているが、目の闘志は失われていない。

「得物への執着がなかったか。いや、この槍に執着していないだけか?」

 歯肉を剥き出しに歯を噛み締め、ステラクラスが腹に刺さった槍を抜いた。槍を振り回せばステラクラスの血が周囲に飛び、武闘派からの雄たけびが大きくなる。
 ステラクラスが横に槍を投げた。地面に刺さると、半分ほどまでが土の中に消える。

「このままでは気がおさまらん。最大の一撃を受け止めてこその強者。それは四天王が相手でも変わらない。得意な得物で掛かってこい、ロルフ・ガイエル!」

 威勢よく吼えてはいるが、要するに勝ちを捨てて誇りを見せつけようということだろうと、ロルフは冷めた目の奥で思考した。

 ステラクラスの勝利条件はここから三人抜きすること。勝てると思っているなら、レオニクスとアレイスターを巻き込んでの一騎討をすればよかったのに、なんだかんだと取らなかったことから強敵だとは認めているのだろう。現状の傷では、レオニクスに勝てないと判断した。いや、ロルフにも勝てるか怪しい。ならば、負けた時の言い訳も欲しいのだ。

(まあ、乗ってあげますか)

「死なない程度にねえ。陛下には、殺すなと言われてるからさ」

 手をひらひらとさせて、ロルフは堂々と背を向けた。
 殺すなとはセスに言われていない。殺しては欲しくないだろうが、決闘である以上仕方ないと思っているだろう。
 背後を完全に見せたのは、此処で襲い掛かればステラクラスの言に矛盾が生じるからだ。

「マジで襲ってこなかったな」

 とはいえ、ロルフも完全に信用していたわけではない。気は張っていた。
 そのせいで、アプリカドの元に着いた時にはどっと疲れが湧き出てきた。

「乗るんすか?」

 アプリカドから大剣を受け取ると、ロルフは一度振った。風圧でアプリカドの赤毛が揺れる。

「楽して決められるなら、それにこしたことはないでしょ」
「噂の、必殺技っすか?」
「ギリ一発分は魔力を残してあるからねえ」

 刀身を眺めて、ロルフは踵を返した。
 ゆっくりとステラクラスに近づく。血は流れ続けていて、足の毛も朱く変わっていた。

「治療、しないでいいの?」

 大剣の先を適当にステラクラスの傷痕に向けて、ロルフが言葉を抛(ほう)った。
 ステラクラスが傷口を叩く。どん、という鈍い音の後、傷口が凍り付いた。

「これで、いいか?」
「あーはっ」

 ロルフは適当に返した。
 神狼族の不文律に抵触すると思われていたのなら、まあ、訂正しなくていいかという適当差である。
 ステラクラスがハルバートを地面に突き刺した。開いた右手の上に巨大な氷塊ができて、砕ける。中から出てきた長剣をステラクラスが掴んだ。長剣と言っても、十分にロルフの大剣ほどの幅もあり、刀身はロルフのよりも長い。

「こちらは、何時でも良いぞ」

 ステラクラスが腰を落とした。
 海面に浮かぶ氷山のように、相手が避けない限り針路を塞ぐ、巨大な障害物となる。
 ロルフはまず大剣に魔力を通した。
 次いで全身。

 イメージするのは最強(イージス)の盾を打ち砕いたシルヴェンヌの一撃。彼女の刹那に賭ける魔力の動き。捨て身であり、最高峰の、まさしく殺るか殺られるかの『一撃必殺』。

「さあ、喰い破れ!」

 鋭い牙を剥きだしにして、ロルフが吼えた。
 知覚を置き去りにして、駆け抜ける。神速の一撃。折れた長剣の先が、地面に突き刺さった。

「これが、高みか……」

 ロルフの肌が空気の乱れを感じ取った。ゆっくりと振り返る。慟、とステラクラスが地面に倒れた。
 直後、アレイスター派の闘牙族から巨大な歓声が上がった。
 乱れ撃ちに近い状態で、武具の柄が地面に叩きつけられる。

「ピレア」

 ステラクラスから流れる血を見て、ロルフが従者を呼んだ。

「はいっ」

 わたわたとした動きで、それでも早くピレアがロルフの元に訪れる。

「治してやってよ」

 顎でステラクラスを指し示した後、ロルフは大剣に目をやった。剣の中ほどが欠け、休ませてくれと訴えているようだ。ロルフ自身、体に倦怠感を覚え、体を動かすたびに鈍痛が脳まで駆け上がってきている。
 それでも、彼はいつものふざけた笑みを浮かべ、駆け寄ってきた神狼族に担ぎ上げられながら観衆を煽るようにしてセスの元へと凱旋した。
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