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北方遠征編

作戦、始動

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 扉がノックされた。
 セスが頷く。ロルフはアプリカドを自身の方へ退かせて、自分の後ろ、ピレアの隣に立たせた。

 フェガロフォトとヴェンディが扉を開ける。
 アレイスターとレオニクスが揃ってやってきた。
 後ろからピルヴァリが入ってきて、ヘネラール兄弟を追い抜いてメゼスの隣、ロルフよりセスから離れた位置に立つ。

「失礼いたします」

 ヘネラール兄弟が、扉からやや進んだところで止まった。
 セスの顔がピルヴァリに向く。

「ピルヴァリよ」
「は」

 セスのややゆっくりとした声に、静かに敬意を込めたような声でピルヴァリが返した。

「皆は、無事に休めているかの?」
「は。皆、装備を外し、暖を取っております。四班に分けて順次旅の垢と埃を取らせておりますので、命じられれば一刻と経たず三百の兵を出撃させることができます」
「ご苦労。だが、今から気を張っていては体がもつまい。今日ぐらいはゆるりと休ませよ。ロルフ、神狼族を集めることはできるかの?」

 セスの双眸がロルフを映す。
 ロルフはアプリカドに目をやった。アプリカドが頷く。

「できるよ」

 軽い調子の返事をすれば、レオニクスの視線を感じた。
 同時に、ピレアが肩を強張らせたのもわかる。おそらく、シルヴェンヌからの視線の直撃を受けることを想像したのだろう。さっきまでは扉の方に行っていたため、ロルフが睨まれても正面にピレアがいることはなかったが、今度は直線上にピレアもいる。

「そういうわけだ。神狼族をフロスト・ブレイヴに迎え入れても良いな?」

 だが、圧が来ることなく終わった。

「伝えておきます」

 アレイスターが頭を下げたままセスに返事をする。
 レオニクスも慌てて頭を下げたようだ。

「して、そちたちの話だが……。もっと近う寄れ」

 アレイスターの腰が深く折れて、遅れてレオニクスも同じ行動をとる。それから、兄弟が頭を下げたままセスの方へと近づいた。ロルフが大剣を出せば、一歩踏み込むだけで首に当たる位置で二人が止まる。

「どうなった?」
「は。作戦の一切を承知させました。反論も出ず、速やかに行動に移れます。早速ではありますが、陛下の檄文を持たせ、各派閥へと使者を出しました。武闘派には決闘の申し込みも同時に行いましたので、朝方には結論が出るかと。使者が来るか、軍勢をいきなり率いてくるかは、申し訳ありませんが判断しかねます」

 アレイスターが淀みなくセスに奏上した。

「良い。相手方の動きなど、完全に読み切れるものではない。何よりもそなたの素早い行動、流石の一言に尽きるの」
「勿体無きお言葉にございます」

 アレイスターの袖に隠した腕が頭の上に来るほどに、立ったままアレイスターが頭を下げた。

「ただ、これは私だけの成果ではありません。弟がすぐにでも使者を出せるように準備させていたからでもあります」
「うむ。兄弟ともども優秀なのは羨ましいの。っと、すまぬ。メークは優秀だが、翼人族の族長としての仕事を優先してもらいたい故、近くに置けぬものでな。すぐに協力し合えるそなたらが羨ましいのだ」

 シルヴェンヌに向けて、というよりはこの部屋に詰めている他の翼人族、何よりこの場に居ないメルクリウスに向けて言ったようにロルフには聞こえた。

「そのお言葉だけでメークも喜ぶことでしょう」

 目も言葉も澄んでいたが、口元だけがわずかに緩まっていた。
 シルヴェンヌも、なんだかんだと言ってメルクリウスが褒められるのは嬉しいらしい。

「メルクリウス・ベルスーズ様ですか。翼人族は、どのような戦況なのでしょうか」

 アレイスターが聞いてきた。

「麓街ノガに相変わらず大部分が釘付けされておるが、ミュゼルでの戦闘で動かせる兵力が増え、統一が進んでおるようだの。市街戦では翼人族が人間に次ぐ最大数を誇っていたことも、人間側からの警戒に繋がっていると聞いておる」

 一拍空いてから、セスがまた口を開いた。
 恐らく、普段ならナギサが続けるタイミングだったのだろう。

「ロルフが声を掛けたおかげもあり、少数種族も機を逃さぬようにとメークへの協力を始めたしの。統一も時間の問題だろうて」
「なるほど。流石は王妃様と同じ血が流れる者にして陛下の薫陶を受けた者。翼人族の未来も安泰ですね」
「義兄弟仲は良いと思っておるが、薫陶は授けておらぬがの」

 お世辞かもは知れないが、シルヴェンヌを褒め、メルクリウスを持ち上げることによってセスの機嫌がよくなったのは確かだ。セスの様子はあまり変わっていなかったが、ロルフはセスがどれほどその二人を大事にしているのかは知っているつもりである。

「では一つだけ、陛下の御目汚しになるかもしれませんが」
アレイスターが頭を下げたまま一歩引いた。体勢は変えず、反転する。ここで頭が上がった。
「あの書状を持ってこい」
「は」

 と、扉の外から声が聞こえた。すぐさま大きめの薄い木の板を二枚重ねた物を手に乗せて、闘牙族の一人が入ってきた。手を袖の中に仕舞ってアレイスターが受け取ると、頭を下げて元の位置に戻った。来た闘牙族は片膝をついて頭を垂れている。

「お渡ししてもよろしいでしょうか」
「構わぬ」

 一歩ずつ、踏みしめるようにアレイスターがセスに近づいた。セスの前で膝をついて、合わせられた木の板を持ち上げる。

「メゼス」
「かしこまりました」

 相変わらずの変わりようでメゼスが返事をした。

 近づいたメゼスが、木の板を開ける。中には細切れになった紙を、繋ぎ目で何とか並べて字を読めるような状態にした書状が入っていた。文字までは、ロルフからは読めない。読めないが、紙が震えて吹き飛ぶのではないかと思えるほどのシルヴェンヌの魔力の高まりで、良くない話が書かれているのだとはすぐわかった。

「アラクネからの書状にございます。どうやら旧四天王の家系に送っているようで、レオニクスが怒りのあまり細かくちぎってしまいました。申し訳ありません」

(なーるほど)

 謝罪の体を取っているが、要するに弟(レオニクス)にも忠誠心はありますよと言いたいらしい。
 義弟(メルクリウス)の話を出して機嫌を上げて置き、落ちても大丈夫にする。また、義弟(メルクリウス)の話で異父弟(プロディエル)が出なかったのを確認して、仲が良くはないのも確かめたのだろうか。

「ふむ。乗っても良かったのだぞ?」

 悪戯っ子のように口角を上げて、セスが言った。

「お戯れを。元より、このような馬鹿げた話にのる者は闘牙族におりません。印と筆を簒奪した『こそ泥』の甘言にのるなど、祖父の代より受けし恩を仇で返す行為。そのような誇り無き行動、腹を掻っ捌いて凍てつく大地にばら撒いてくれましょう」

 わずかな間だけ放出されたアレイスターの魔力がシルヴェンヌの圧を一時的に消しさった。
 セスが目を細めて、ひじ掛けに右肘を置いた。親指が下顎骨の右側にあたり、軽く握られた指が口元を隠す。

「誇り無き行動のう」

 何を意味するのか分からないためか、アレイスターにもレオニクスにも動きはない。

「他種族の力でもって内乱を抑えるのは、誇り無き行動か? レオニクス」

 上がりかけたアレイスターの頭が、セスの言葉の最後で下がった。

「完全に頼り切るのは誇り無き行動かと思いますが、こと、陛下に関しては先祖の恩はあれども当代の我らには何の恩も義理もございません。故に陛下は我らを助けて主家の役目を果たしつつ、我らに恩を売る。我らは種族をまとめた恩を陛下に返すために一生懸命に働く。これが誇りを汚す行為ならば、とうに闘牙族の誇りは失われた物でしょう」

 顔こそ上げなかったが、胸を張っていそうな声ではっきりとレオニクスが言い切った。
 アレイスターの板を掲げる手がかすかに震えている。シルヴェンヌは相変わらずで、ピルヴァリは眉間の皺を濃くしていた。扉近くのフェガロフォトとヴェンディはそれぞれ左手の小指と薬指を得物にかけている。

「堂々としておるの」
「闘牙族は誇り高き戦闘民族。圧の一つや二つ、修羅場の一つや二つ、日常茶飯事にございますれば」

 要は、脅しなんか訳もない。
 さらに言えば、シルヴェンヌすら怖くない、と。虚勢でも言い張っている。

「よかろう。我もそなたの力が知りたい」

 ピリリ、と緊張が走った。
 すわ、戦闘か。
 そういう緊張である。

 ロルフの鼻に、メゼスが粘体を部屋に散らせた匂いが伝わってくる。ピルヴァリも汗のにおいが変わり、シルヴェンヌはゆっくりと右手を下ろした。太腿に括り付けている魔法の矢筒に伸ばすためだろう。アレイスターは硬く目を閉じ、呼吸を整えており、レオニクスに変化はない。

 ロルフ自身は、気づかぬうちに匂いを追っていた時点である程度警戒態勢に入っていてしまったのだろう。

「何をそんなにピリピリしておる」

 セスが口元から右手を放した。
 シルヴェンヌの手も元の位置に戻る。

「出番があるかわからぬが、明日の決闘の次鋒にレオニクス、そなたを命じたい。よいか?」

 レオニクスの頭がわずかに上がり、それから慌てたように下がった。

「構いません。我が実力、とくとご覧ください」
「うむ。楽しみだの。だが、驚くのはそなたの方になるやもしれぬなあ」

 レオニクスに言いながらも、セスが愉しそうにロルフを見て言った。

(ですよねえ)

 全抜きしろとの指令に、ロルフは心の中でため息を吐きつつもいつもの軽薄な笑みを浮かべるのであった。
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