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北方遠征編
謁見の間
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ロルフはゆっくりと瞬きをして、気持ちを切り替えた。
扉を開ける。
子供たちと、甘いものが好きな群れの仲間にお菓子を振舞っているメゼスが目に入った。大量に作ったのか、大きな机の上には大皿だけでも四枚も出ており、それぞれに違うお菓子が山のように積まれている。
「ロルフもどーおー?」
メゼスが小さなチョコケーキをロルフの方に差し出してきた。
「じゃ、もらおっかな」
ロルフが右手でつまんで、口に入れる。口の中にくどすぎない甘みが広がった。
ニコニコ顔のメゼスが次も勧めてくるのでありがたく受け取りながら、ロルフは部屋のわきに移動した。メゼスもついてくる。手には、小皿に山盛りの人形型のクッキー。
「メゼスが来るほどの急用?」
「んー、多分ねぇ」
一瞬、ガーゴイルの方に意識が行く。
秘密裏に接触を続けていることがシルヴェンヌの耳に入れば、一気に翼人族に広がるだろう。侍女は翼人族の割合が高く、後宮がその話題で持ちきりになれば無視はできない。
「昨日ねぇ、アレイスター・ヘネラールが来たってさぁ」
ウェヌスタに目を向けると、彼女が紙に何やらすらすらと書いてロルフに渡してきた。
目を通す。簡易的な地図と結界の範囲が描かれており、結界の外、北部の竜人族の砦の傍に黒点が打たれていた。
「出迎える感じ?」
「うん。いちおー前四天王の嫡子だからねぇ。割れているとはいえ、北部で一番影響力のでかい種族だしぃ?」
メゼスが口を開けてクッキーを噛もうとして、折角の形を壊すことを躊躇したのか、一口で口の中に入れた。
(内乱は、おさまってなかったなあ)
エルマロと違って、アレイスターの方は戦況が芳しくない。父、イリアス・ヘネラールと違って戦闘技術に秀でていないと噂のアレイスターでは味方の集まりが悪いというのもある。闘牙族と呼ばれているだけあって、戦闘能力はそのまま統率力に大きな影響を及ぼしているためだ。
ロルフもメゼスの小皿からクッキーを一枚取り、メゼスに倣って一口で頬張った。咀嚼。
「遠征かねえ」
ロルフの呟きに、大部屋にいる神狼族の幾人かが注意を向けてきたのが分かった。
ヴァシム城周りは粗方片したとは言え、完全に安定しているとは言い難い。そんな中反応した者達は、割り振った地域は放り出してもしばらくは大丈夫、ということだろう。
ロルフは頭の中で彼ら彼女らの担当区域を色付けしていく。次に危険地域も色付けし、援護する可能性のある者を排除した。残ったのは、四人。群れを糾合しても五十人にも届かないだろう。
「まあねぇ。挨拶に来ましたっていう身なりじゃなかったって話だよぉ」
妖狐は……無理だろうな、とロルフは判断する。ナギサが徹底的に反対するためだ。城に置き続けている以上、セスはある程度の信頼はしているのだろうけれど、セスに付いて行くのは認められないだろう。決裂させる交渉には役立ったようだけども。
となると、主力は神狼族か翼人族か、ニチーダを連れて行くか。
(ニチーダさんはないな)
いるといないとでは、ヴァシム城の守りの強さが文字通り桁違いである。
総合的な戦闘能力での現四天王最強だが、おいて行かざるを得ない。帰る場所を二度と失うわけにはいかないのだから。
「アプリカドに、連絡入れといて」
アプリカドとは、北方にいるロルフの群れの仲間だった男だ。
今もロルフをリーダーと認めているが、別の群れの長もやっている。
「食糧の調達ですか?」
「いんや、とりあえず神狼族を集めといてよ。二十人ぐらいにはなるでしょ?」
「あそこは食べ物が少ないですから。いくら貴方様の命令でもそこまで集まるかは、何とも」
ロルフは振り返らずに、適当にウェヌスタに手を振った。
頭を下げる気配がして、先に扉に向かう。メゼスの足音と、小さな駆ける音。
「とと、いくの?」
ウェヌスタとの愛息がチョコケーキ片手に聞いてきた。口元はチョコケーキでべっとりである。
ウェヌスタが顔を申し訳なさそうにロルフを見て近づいてきたが、ロルフが彼女を制止した。しゃがんで、懐から布を取り出して口元を拭う。くすぐったそうに愛息が笑った。
「夜には戻ってくるよ。母さんの言いつけ、ちゃんと守るんだぞ」
ロルフの袖を掴んで、二度、三度と頷いた後、淋しそうな目をしながら愛息が離れた。
やわらかい髪を撫でると、ロルフも立ちあがる。ウェヌスタと目が合った。
「行かないと駄目ですよ」
「……わかってるって」
年上の婦人に、ぴしゃり、と言われると何も言えずにロルフは背中を向けて外に出た。
「デレデレだねぇ。かわいいもんねぇ、ロルフの子供。食べちゃいたいくらい」
心なしか声を弾ませて、メゼスが言った。
「メゼスが言うと少し洒落にならないからやめてくれ」
「たべないよお!」
むくれたようにメゼスが声を少し大きくした。
「僕にとってもかわいい子だからねー」
一転して、デレデレとした声。
「はいはい。じゃ、ちゃっちゃと行きますか」
「はーい」
メゼスが右腕から杖を取り出した。明らかに腕に隠し切れる大きさではないが、そこはアルケミーゲルゆえの能力だろう。
粘体がロルフと人間の姿のメゼスを囲むように円を描いた。魔力が走る。
「じゃ、しゅっぱーつ」
魔力が迸り、景色が一変した。
ロルフの屋敷の廊下から、白く荘厳な城へ。玉座の間の前へ。その扉が見下ろす位置へ。
しゅるしゅると粘体がメゼスに戻って行き、杖も飲みこまれるように消える。
それを見届けてから、ロルフは扉横の従者に目をやった。従者が扉をノックし、声を張り上げる。
「ロルフ・ガイエル様、メゼス・アファナーン様、ご到着いたしました」
数秒の間があって、「開けろ」というナギサの大きくない声がした。扉が開く。
セスが既に玉座に座っているのを認めて、ロルフは頭を下げた。メゼスも下げた気配がする。
「礼は要らぬ。はよ入らぬか」
「は」
「ありがたきお言葉」
前者はロルフ、そして相変わらずの豹変ぶりのメゼス。
銀朱(ぎんしゅ)の絨毯を歩き、近づいてから絨毯から外れる。ロルフはナギサの横へ。メゼスは本当ならニチーダの横になる位置へ。当のニチーダは、やや中央よりに、玉座に近づいていた。
(アレイスター・ヘネラールの件ではない……?)
少し不審に思ってニチーダを見たのがわかったのか、セスが目じりを下げて口角を上げた。
「耳が早いの。アレイスターの謁見もあるが、もう一つ、此処にいる皆で共有しなければならぬことがあって呼んだのだ」
なるほど。ニチーダが再演をする必要があるのか、とロルフはあたりをつけた。
予想通り、セスの顔がニチーダに向く。
「始めよ」
「はい」
軽やかな鈴のような声でニチーダが返事をして、本当の鈴が鳴り出す。
「両陛下ならびに四天王の皆さんを、私の結界へ歓迎いたします」
呉須色(ごすいろ)の旗と銀朱の絨毯の上を白い魔力が走り、一瞬で景色が色を失う。
次に着いた色はウッドハウスのようなもの。丸太が床を形成し、窓は小さくほの暗い。のっぺらぼうの人形が、立ち上がり始め、アラクネの解放状態を形成した人形もできる。
「コレカラ申シ渡スコトハ、重要ナ任務デアル。心シテ聞クヨウニ!」
バリエンテに似たような音がして、斧を象った物の柄が地面を叩いた。人形が姿勢を正したように動く。
真ん中の男、プロディエルほどの身長の人形が前に出てきた。後ろには女性らしき人形。
「コレカラ、アンヘル・サグラーニイノ死体ヲ回収シニイク! 我ガ名ト死体ガアレバアラクネガ魔族ヲ牛耳ル日モ近イ! 正当な後継者は、負けた種族などではなく、このアラクネである!」
プロディエルに似た音が、後半からはっきりと声になった。
プロディエル人形に近づいていた女が、プロディエル人形の肩に手を置いた。
「あの人の死体があれば、こちらで葬儀ができます。喪主は、もちろん義息であるプロディエル」
噛み含めるような言い方をすると、アラクネの間にざわめきが走った。
「アラクネの布をうまく使えば、人間から攻撃されることはありません。あの愚かな翼人族とは違い、私たちの安全は保障されています。立場を盤石にするためにも、確実にアンヘルの死体を奪って来てください」
ロルフは横目でセスとシルヴェンヌを窺った。
今日のシルヴェンヌは編んだ髪をサークレットのように巻いており、使わなかった髪はそのまま綺麗に下に流している。話は逸れたが、それぐらいしか変化は見られなかった。
「それと、アンヘルの胸元にある筆も紛失してはいけません。絶対に回収するように」
思い思いの声をアラクネがあげて、大きなうねりとなった。
だが、急に小さくなり、スポットライトがプロディエルとエルモソに当たったように、二人がピックアップされる。
「母上、なぜ筆が必要なのです?」
「アレの筆跡は覚えておりますが、あの筆で書かないと意味がないですから」
「へー」
大して興味がなさそうにプロディエルが返した。
「貴方が後継者なの。それだけは忘れないでね。私のプロディエ」
言葉の途中で、エルモソ人形が木っ端みじんになった。ナギサの小さなため息がロルフの耳に届く。
「私の人形があ!」
振り向くと、幼くも端正な顔立ちを伸ばすように大口を開けて、ニチーダが叫んだ体勢で固まっていた。
「失礼。でも、もう十分でしょう?」
何時の間に取り出したのやら。姿勢は放ったままで弓だけをだらんと垂らした状態のシルヴェンヌが昏い目をニチーダに向けた。
本当に泣きそうなのかフリなのか、小さく肩を揺らしながらニチーダが結界を解除する。景色が、元に戻った。
扉を開ける。
子供たちと、甘いものが好きな群れの仲間にお菓子を振舞っているメゼスが目に入った。大量に作ったのか、大きな机の上には大皿だけでも四枚も出ており、それぞれに違うお菓子が山のように積まれている。
「ロルフもどーおー?」
メゼスが小さなチョコケーキをロルフの方に差し出してきた。
「じゃ、もらおっかな」
ロルフが右手でつまんで、口に入れる。口の中にくどすぎない甘みが広がった。
ニコニコ顔のメゼスが次も勧めてくるのでありがたく受け取りながら、ロルフは部屋のわきに移動した。メゼスもついてくる。手には、小皿に山盛りの人形型のクッキー。
「メゼスが来るほどの急用?」
「んー、多分ねぇ」
一瞬、ガーゴイルの方に意識が行く。
秘密裏に接触を続けていることがシルヴェンヌの耳に入れば、一気に翼人族に広がるだろう。侍女は翼人族の割合が高く、後宮がその話題で持ちきりになれば無視はできない。
「昨日ねぇ、アレイスター・ヘネラールが来たってさぁ」
ウェヌスタに目を向けると、彼女が紙に何やらすらすらと書いてロルフに渡してきた。
目を通す。簡易的な地図と結界の範囲が描かれており、結界の外、北部の竜人族の砦の傍に黒点が打たれていた。
「出迎える感じ?」
「うん。いちおー前四天王の嫡子だからねぇ。割れているとはいえ、北部で一番影響力のでかい種族だしぃ?」
メゼスが口を開けてクッキーを噛もうとして、折角の形を壊すことを躊躇したのか、一口で口の中に入れた。
(内乱は、おさまってなかったなあ)
エルマロと違って、アレイスターの方は戦況が芳しくない。父、イリアス・ヘネラールと違って戦闘技術に秀でていないと噂のアレイスターでは味方の集まりが悪いというのもある。闘牙族と呼ばれているだけあって、戦闘能力はそのまま統率力に大きな影響を及ぼしているためだ。
ロルフもメゼスの小皿からクッキーを一枚取り、メゼスに倣って一口で頬張った。咀嚼。
「遠征かねえ」
ロルフの呟きに、大部屋にいる神狼族の幾人かが注意を向けてきたのが分かった。
ヴァシム城周りは粗方片したとは言え、完全に安定しているとは言い難い。そんな中反応した者達は、割り振った地域は放り出してもしばらくは大丈夫、ということだろう。
ロルフは頭の中で彼ら彼女らの担当区域を色付けしていく。次に危険地域も色付けし、援護する可能性のある者を排除した。残ったのは、四人。群れを糾合しても五十人にも届かないだろう。
「まあねぇ。挨拶に来ましたっていう身なりじゃなかったって話だよぉ」
妖狐は……無理だろうな、とロルフは判断する。ナギサが徹底的に反対するためだ。城に置き続けている以上、セスはある程度の信頼はしているのだろうけれど、セスに付いて行くのは認められないだろう。決裂させる交渉には役立ったようだけども。
となると、主力は神狼族か翼人族か、ニチーダを連れて行くか。
(ニチーダさんはないな)
いるといないとでは、ヴァシム城の守りの強さが文字通り桁違いである。
総合的な戦闘能力での現四天王最強だが、おいて行かざるを得ない。帰る場所を二度と失うわけにはいかないのだから。
「アプリカドに、連絡入れといて」
アプリカドとは、北方にいるロルフの群れの仲間だった男だ。
今もロルフをリーダーと認めているが、別の群れの長もやっている。
「食糧の調達ですか?」
「いんや、とりあえず神狼族を集めといてよ。二十人ぐらいにはなるでしょ?」
「あそこは食べ物が少ないですから。いくら貴方様の命令でもそこまで集まるかは、何とも」
ロルフは振り返らずに、適当にウェヌスタに手を振った。
頭を下げる気配がして、先に扉に向かう。メゼスの足音と、小さな駆ける音。
「とと、いくの?」
ウェヌスタとの愛息がチョコケーキ片手に聞いてきた。口元はチョコケーキでべっとりである。
ウェヌスタが顔を申し訳なさそうにロルフを見て近づいてきたが、ロルフが彼女を制止した。しゃがんで、懐から布を取り出して口元を拭う。くすぐったそうに愛息が笑った。
「夜には戻ってくるよ。母さんの言いつけ、ちゃんと守るんだぞ」
ロルフの袖を掴んで、二度、三度と頷いた後、淋しそうな目をしながら愛息が離れた。
やわらかい髪を撫でると、ロルフも立ちあがる。ウェヌスタと目が合った。
「行かないと駄目ですよ」
「……わかってるって」
年上の婦人に、ぴしゃり、と言われると何も言えずにロルフは背中を向けて外に出た。
「デレデレだねぇ。かわいいもんねぇ、ロルフの子供。食べちゃいたいくらい」
心なしか声を弾ませて、メゼスが言った。
「メゼスが言うと少し洒落にならないからやめてくれ」
「たべないよお!」
むくれたようにメゼスが声を少し大きくした。
「僕にとってもかわいい子だからねー」
一転して、デレデレとした声。
「はいはい。じゃ、ちゃっちゃと行きますか」
「はーい」
メゼスが右腕から杖を取り出した。明らかに腕に隠し切れる大きさではないが、そこはアルケミーゲルゆえの能力だろう。
粘体がロルフと人間の姿のメゼスを囲むように円を描いた。魔力が走る。
「じゃ、しゅっぱーつ」
魔力が迸り、景色が一変した。
ロルフの屋敷の廊下から、白く荘厳な城へ。玉座の間の前へ。その扉が見下ろす位置へ。
しゅるしゅると粘体がメゼスに戻って行き、杖も飲みこまれるように消える。
それを見届けてから、ロルフは扉横の従者に目をやった。従者が扉をノックし、声を張り上げる。
「ロルフ・ガイエル様、メゼス・アファナーン様、ご到着いたしました」
数秒の間があって、「開けろ」というナギサの大きくない声がした。扉が開く。
セスが既に玉座に座っているのを認めて、ロルフは頭を下げた。メゼスも下げた気配がする。
「礼は要らぬ。はよ入らぬか」
「は」
「ありがたきお言葉」
前者はロルフ、そして相変わらずの豹変ぶりのメゼス。
銀朱(ぎんしゅ)の絨毯を歩き、近づいてから絨毯から外れる。ロルフはナギサの横へ。メゼスは本当ならニチーダの横になる位置へ。当のニチーダは、やや中央よりに、玉座に近づいていた。
(アレイスター・ヘネラールの件ではない……?)
少し不審に思ってニチーダを見たのがわかったのか、セスが目じりを下げて口角を上げた。
「耳が早いの。アレイスターの謁見もあるが、もう一つ、此処にいる皆で共有しなければならぬことがあって呼んだのだ」
なるほど。ニチーダが再演をする必要があるのか、とロルフはあたりをつけた。
予想通り、セスの顔がニチーダに向く。
「始めよ」
「はい」
軽やかな鈴のような声でニチーダが返事をして、本当の鈴が鳴り出す。
「両陛下ならびに四天王の皆さんを、私の結界へ歓迎いたします」
呉須色(ごすいろ)の旗と銀朱の絨毯の上を白い魔力が走り、一瞬で景色が色を失う。
次に着いた色はウッドハウスのようなもの。丸太が床を形成し、窓は小さくほの暗い。のっぺらぼうの人形が、立ち上がり始め、アラクネの解放状態を形成した人形もできる。
「コレカラ申シ渡スコトハ、重要ナ任務デアル。心シテ聞クヨウニ!」
バリエンテに似たような音がして、斧を象った物の柄が地面を叩いた。人形が姿勢を正したように動く。
真ん中の男、プロディエルほどの身長の人形が前に出てきた。後ろには女性らしき人形。
「コレカラ、アンヘル・サグラーニイノ死体ヲ回収シニイク! 我ガ名ト死体ガアレバアラクネガ魔族ヲ牛耳ル日モ近イ! 正当な後継者は、負けた種族などではなく、このアラクネである!」
プロディエルに似た音が、後半からはっきりと声になった。
プロディエル人形に近づいていた女が、プロディエル人形の肩に手を置いた。
「あの人の死体があれば、こちらで葬儀ができます。喪主は、もちろん義息であるプロディエル」
噛み含めるような言い方をすると、アラクネの間にざわめきが走った。
「アラクネの布をうまく使えば、人間から攻撃されることはありません。あの愚かな翼人族とは違い、私たちの安全は保障されています。立場を盤石にするためにも、確実にアンヘルの死体を奪って来てください」
ロルフは横目でセスとシルヴェンヌを窺った。
今日のシルヴェンヌは編んだ髪をサークレットのように巻いており、使わなかった髪はそのまま綺麗に下に流している。話は逸れたが、それぐらいしか変化は見られなかった。
「それと、アンヘルの胸元にある筆も紛失してはいけません。絶対に回収するように」
思い思いの声をアラクネがあげて、大きなうねりとなった。
だが、急に小さくなり、スポットライトがプロディエルとエルモソに当たったように、二人がピックアップされる。
「母上、なぜ筆が必要なのです?」
「アレの筆跡は覚えておりますが、あの筆で書かないと意味がないですから」
「へー」
大して興味がなさそうにプロディエルが返した。
「貴方が後継者なの。それだけは忘れないでね。私のプロディエ」
言葉の途中で、エルモソ人形が木っ端みじんになった。ナギサの小さなため息がロルフの耳に届く。
「私の人形があ!」
振り向くと、幼くも端正な顔立ちを伸ばすように大口を開けて、ニチーダが叫んだ体勢で固まっていた。
「失礼。でも、もう十分でしょう?」
何時の間に取り出したのやら。姿勢は放ったままで弓だけをだらんと垂らした状態のシルヴェンヌが昏い目をニチーダに向けた。
本当に泣きそうなのかフリなのか、小さく肩を揺らしながらニチーダが結界を解除する。景色が、元に戻った。
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