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遺体争奪編

相対的劣等者の意地 1

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 夜の闇に、霧が張られていく。
 襲撃初期にはメゼスのミストは使われていなかったが、作戦の本筋に入る合図として、人間側の連絡をかき乱すためにタイミングをずらしたのだ。
 メゼスが杖を降ろす。

「どう?」
「今のところは順調だよー。結局、ゼグロ・ブランコとプロディエル・サグラーニイは籠ったままだけど、バリエンテ・ヘンティルの方が指揮を執るのに向いているみたいだからねー」
「メルクリウスは?」
「今のところは大丈夫そう」

 分身体を各所に配置して様子を確認しているメゼスに確認を取った後、ナギサは隠れ家から外に出た。
 霧さえなければ博物館が良く見える位置であり、石畳の敷かれた広場からでも大路を通らなくても博物館に近づける立地である。

「奥義、解放」

 霧の中でナギサが感知に特化した形態になる。ワークキャップを被り、耳だけ隠す。尻尾は隠しようがないので、壁と体の間にした。元々霧があるのだ。露見する可能性は低いだろう。

「前回の侵入で鍵は全部再現できるようになったから、どのルートでも言ってねー」

 普通の声ですら、ハウリングするようにナギサの頭に響く。
 もう慣れたものだが、作戦開始前に確認してあることは言わないでもらいたいとナギサは思った。
 そして、ナギサの狐耳が帽子の下で後ろに向く。

「雷よ」

 刀を抜き放ち、後ろに雷撃を飛ばす。
 霧の中を突き進み、四階建ての建物の屋上を掠めた。霧に消える程度の苦悶の声が漏れ、人影が通りに落ちる。

「出待ちされるとは。人気者も辛いな」

 ナギサが折角被った帽子を取り、ドアノブにかけた。

「リザ?」

 ロルフがゆったりとした動作で大剣を取り出した。

「ああ。博物館との直線距離にリザ・ソレイタ。今落としたのはブラックリー・ドルカスだ」

 音と魔力の位置からはじき出した盗賊(ブラックリー)を、ナギサが細目で見る。魔力が大幅に減っており、何らかの魔法を行使してダメージを抑えた可能性がある。動いてないのは死んだふりか。隠ぺい魔法を使ってないのは、前回目で追ってしまったため、見えているとバレたか。

「後の二人は?」

 ロルフの言葉に、ナギサは左三つ前の建物と、右二つ前の建物を順繰り指さした。

「アルベスクもポペスクも、魔力は既に把握してある」

 要するに左が女魔法使(カエキリア・アルベスク)い、右が神官(グイド・ポペスク)、ということである。

「リザに対して支援魔法は?」
「万全の様だ」

 自然に小さくなっている足音だが、本人には隠す意思がないかのように歩いて近づいてくる。

「はは。正面切ってやろうって?」

 ロルフにも足音が聞こえたのか、口に弧を描きながら、通りのど真ん中に出た。

「これぞまさしく、『推して参る』だねー」

 メゼスが杖をくるくると回していった。
 大きめの声だったから聞こえたのか、リザの足音にかすかな乱れが生じた。
 霧の中に、槍を持った人影が現れる。穂先が上がり、払うように振り下ろされた。魔力によって強制的に一部の霧がどかされる。

「二度目まして」

 相変わらず、すぐに武人然とできる人だ。

「二度目まして。いいの? 外で戦って」

 ロルフが軽い調子で尋ねた。

「配置に従うだけです」

 腰を落とすリザに、関係なしと言わんばかりにロルフが言葉を続ける。

「外に出れば臭いは使えないよ。君たちのような存在がまき散らすわけにもいかないし、何より拡散する。今だから言えるけど、あれは結構効果的な俺らへの対策だったんだけどなあ」
「不利なことは承知しています。ブラックリーによるかく乱が封じられていることも、嗅覚を攻めることができないことも。それでも私達に割り当てられた持ち場はここですから」
「割り当てられた持ち場、ねえ」

 ロルフが柄を持って、器用に大剣を一回転させた。

「力を十分に発揮できない環境に配置させるような人に、命を懸ける必要があるの?」

 リザは何も言わない。

「有効な作戦を持ち、機能させ、被害を最小限に留めた者を代える? 代えるにしても、今度は失敗するようなところに配置換えする? そんなに今博物館に詰める人が優秀なの? それならそいつらに魔王討伐の旅をさせればよかったじゃん」
「私達の作戦が、貴重な文化財に影響を与えかねないのは事実です」
「撃退できなければその貴重な文化財が持ち去られる可能性があるのも事実」
「魔王直属の者がそんなことをするはずがない」

 ロルフが茶化すように口笛を吹いた。
 リザに乱れはない。

「へえ。上もそう判断したわけだ。それでいて、君たちを重要なとこから弾く? まるで捨て駒じゃないか」

 ナギサはリザ以外の三人の魔力の様子も探る。変化なく、静かに、揺れることなく待機していた。いつでも魔法を使えるように練られている様子から、しっかりと聞いているのだろうとは思う。

「陛下なら、そうだね、陛下ならリザたちのための戦闘スペースでも作ったかもね。釣り出せるのは確実なわけだし。待ち構えていればいい。その代わり、絶対に敵を討たなきゃいけないわけだけど」
「ガイエルさんは、自分の扱いに満足していると?」

 ロルフが知り合いにあったかのように笑った。

「名前を覚えてくれていたとは嬉しいねえ。ま、扱いには満足しているよ。群れの安全は陛下が保証してくれる。その上、陛下からの依頼をこなしていくだけで名が広まって多くの神狼族が集まる。名実ともに、族長に慣れる日も近いってもんさ」
「僕もお菓子作りしてていいよーって言われてるしねー」

 メゼスがのんきに挟んだ。
 右側の魔力の練りがやや甘くなる。気でも削がれたのだろう。

「そちらは?」

 リザの目がナギサに向いた。穂先はロルフに固定されたままである。

「私は陛下に仕えられるだけで満足している」
「見返りは貰ってないの?」

 リザの言葉が、ナギサの心を逆なでした。
 本人にその気はないのだろうが、土足で絨毯に上がったように無遠慮に踏み込んできたように感じたのだ。

「貴様らが神を信仰するのに見返りを求めているのか?」
「まあ、一応? 死んだあといいとこに行けるように、とか良いことがありますように、とか? あ、ごめん。本当に神に仕えている人はわからない。うちの神官は変な人だから」
「そうか。なら、私は陛下から信頼を返されてもらっている。それで十分だ」
「へー。今度の魔王は、よほどいい人らしいね。翼人族も忠誠を誓っているんでしょ。前回は見殺しにしたのに」
「当然だ」

 ナギサはそう返したものの、人に勧められるかについては少しだけ考える。
 ナギサが忠誠を誓っているのは、幼い時からともに過ごし、それが当然だと思っているからだ。このことに後悔はしていない。
 翼人族が力を貸しているのは、シルヴェンヌとセスが恋仲だからだ。メルクリウスも、実の兄のように慕っている。
 ロルフは野心を満たせるから。それ以上に話しやすいのも大きいかも知れない。メゼスは、ナギサにはよくわからないが、少なくともこれらの面子にセスの指導者としての資質はさほど関係がない。

 ロルフが大剣で地面を叩いた。

「時間稼ぎはこれくらい付き合えばいい? 勝てないと思ってるからしたんでしょ? 前回も速かったもんね、援軍」

 返事の代わりに、左右から更なる支援魔法がリザに飛んだ。リザ自身の魔力が槍に集まる。
ナギサは盗賊(ブラックリー)を一度睨み、リザの方へと足を動かした。ロルフが左手を出してナギサを止める。

「十日なんて付け焼刃じゃあ無理でしょ。リザは足を引っ張る連携をしながら勝てる相手じゃない。それに、元々の目的は達成できたわけでしょ?」

 勝算はあるのか? 一人で良いのか? 仮にも勇者を目指していた者だぞ。
 様々な言葉が浮かんだが、言葉にすればロルフに対する失礼になると思い、ナギサは何も言わなかった。

「ま、当面は後ろの盗賊のケアだけ頼むわ。解放状態を解除しても大丈夫だろ?」

 と、後半は小声でロルフが言う。
 それだけでロルフが解放を使うこと、まだ臭いの攻撃の可能性が消えたわけではない事が理解できるぐらいには、ナギサもロルフを知ったらしい。
 ついでに言うならば、後々に遠距離警戒をしなければならないことも。
 ナギサが下がり、盗賊に近づく。

「私を倒すまではブラックリーに手を出さないで、っていうのは虫が良すぎるかな?」

 リザが絞り出した。

「さあねえ。後ろの二人と、ブラックリー本人次第でしょ」

 ロルフが返す。
 ナギサは小さく息を吐いた。メゼスが手から液体を垂らして、地面に斑点を広げている。

「そうですか」

 リザの穂先が一度下がった。彼女の足元の魔力が爆発的に跳ね上がる。

「奥義、完全解放」

 対照的に、静かな魔力が渦巻いてロルフの姿が変わった。足は獣のそれに近く、銀狼の立派な尻尾が生えて首を隠すように綺麗な灰銀の毛皮が現れる。鋭く雄々しい狼の耳がぴたりとリザに狙いを定めたようだ。
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