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遺体争奪編

エヘルシット国立博物館の戦い 3

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「コントにしては、命張りすぎだよねー」

 そして、瓦礫がそこで止まる。瓶も止まる。
 痛み首を動かして、ナギサが頭を上げた。

「アファナーン……殿……?」

 にこり、と穏やかな笑みを浮かべてメゼスが振り返った。

「はーい。一応、四天王だしねー」

 右手には木の杖。
 唐突に現れたメゼスに警戒しているのか、リザが再び腰を落とした。盗賊も前に出ている。
 右手の長い杖を、メゼスが器用に手のひらで回転させた。

「セス・サグラーニイ陛下の四天王が一人、アルケミーゲル、メゼス・アファナーン、義によって助太刀いたすぅ! なーんてね」

 回転を止めて、メゼスが杖をリザに向けた。何故か左手にはシルクハットが握られていた。

「こういうの、好きでしょ? あ、推して参るのじゃないと駄目だったりする?」

 リザが顔を熟れたリンゴよりも真っ赤にして、腑いた。
 メゼスの右横に青白磁(せいはくじ)の魔法陣が展開される。回転。警戒する槍使い一行を他所に、ひたすら回転する。

(違う。これは、消臭魔法……?)

 ナギサは鼻が戻って行くのを感じた。嗅覚をなくしている一行には、何が行われているのかまったくわからないだろう。

「じゃ、いっくよー」

 一行の上下に今度は橙色の魔法陣が現れた。熱で大気が揺らめき始める。

「あ、ごめん。百八十度で四十分の設定のままだった」

 左手を口に当てて、メゼスが言った。解除の魔法が撃ち込まれる前に、メゼス自身が魔法陣を解除する。
 今度は水色の魔法陣。徐々に部屋が冷えてきてはいるが、槍使い一行にはそこまでのダメージには成っていないようだ。

「いいの? 植え付けちゃうよ。四度で四時間の魔法陣」

 リザが突撃してくる。ナギサがよろりと立ち上がるが、メゼスが振り向いて手で制した。ウィンクまでしている。

「前!」

 ナギサが叫ぶが、見ずにメゼスが槍を杖で弾いた。
 メゼスがリザに向き、槍に合わせて杖を打って行く。刃に当たらぬように、下側を、下側を。

「リーダー! 魔力付けられてる!」

 女魔法使いの叫びにリザが足を引くことで反応した。空いた空間に、杖が入る。天色(あまいろ)魔法陣が先程までリザがいた場所を埋めた。

「れっつごー」

 ごろごろと、コップに入れるような氷がたくさん入った水がリザを押し流した。そのまま背後の壁まで当たり、こんこんと音を立てる。

「くそ、服の中に入った」

 盗賊が服の中に手を突っ込んで氷を取り出した。他の人も服をパタパタとやったりしている。地味に嫌な攻撃だ。

「凍てつけ」

 魔法使いの女が床に手を付けて、魔法を発動した。メゼスの出した水も利用して、一気にメゼスの下半身を氷に埋める。

「我が名誉、この槍と共に。我が栄光、この槍と共に。我が仲間、この槍と共に。我が魂、この槍と共に」

 早口言葉のごとくリザが唱えだした。

「メゼス! 逃げろ!」
「アファナーン殿!」

 何時の間にか起き上がっていたロルフが叫びと共に筒から魔力砲を撃った。メゼスを捉えている氷が砕ける。

「穿て! 我らが美酒のために!」

 だが、メゼスが機敏な動きをすることなく、光輪に呑まれた。

「雷よ!」

 ナギサが刀を掴んで攻撃を撃てた時は既に二人の目の前。光輪はメゼスは通り過ぎていた。
 魔力がおさまる。光輪の過ぎた後には砕けた氷と、粘体が散らばっていた。

「な……」

 言葉を失いつつも、ナギサとロルフはリザたちを見た。
 魔力量は、大分失われている。盗賊は心拍数が異常に早く、治ってはいない。リザは魔力が半分以下。女魔法使いと神官の男はまだ余力はあるが、二人は支援型。しかもセスのように攻撃性能があるわけではない。

(行けるか……?)

 厳しいだろうとは、刀を握っただけで痛みを訴えてくる体でよくわかった。
 口元を左手で拭う。

「ロルフ、いざとなれば先王の遺体を持って逃げてくれ」
「はい?」
「完全解放を使う」

 ロルフの黄色い目が細められた。探るように、見てくる。

「陛下がいないとコントロールが効かないとか言わないよな」

 ナギサは無言で目をロルフから放した。
 刀を鞘に一度戻し、腰を落とす。

「あ、死んだら結構怒ってくれる感じ? 嬉しいーなー」

 ナギサの集中を乱す、ぼんやりとした声が聞こえた。構えが緩むナギサとは対照的に、槍使い一行の緊張感が高まる。

「うんと、こう言った方が良いのかな? 馬鹿め、あれは分身だ!」

 ズビシィ、と指をリザに指して、メゼスが天井から降りてきた。
 それから指を戻して、うんうんと唸る。
 天井の、前にナギサが叩きつけられた位置から、新たな粘体が落ちてきた。槍使い一行の目の前でメゼスの姿を取る。

「それとも、我が群体は一千だ! とか?」
「シンプルに二人目推して参る! の方が好き?」
「まあ、何でもいいかー」

 ぽこぽこと、メゼスが現れる。
 同じ声、同じ姿、同じ色。
 背中を合わせるように、槍使い一行が隊列を整えた。

「ミスト」

 メゼスの一人が杖を向けて言う。杖の先から、霧が現れて視界を覆った。魔力探知も妨害しているのか、ナギサにも状況把握が難しくなる。

「奥義、解放」

 狐耳と狐の尻尾を二本生やした。
 同時に、メゼスの分身は一体ごとに魔力量が全然違うことが判明する。
 階段から、メゼスの魔力が降りてきた。

「動けるようになったなら、とりあえず離脱した方がいいよー。ウェルズしょーぐんが五百人を率いてここに来てるからねー」

 ナギサはロルフと目を合わせて、頷いた。
 ひとまずは、撤退。悔しいがそれだけの数を相手どれるほどの力は残っていない。

「満ちる魔力よ」

 女魔法使いの詠唱が聞こえ始めたところで音を立てずに階段を駆け上がる。メゼスは足をゲル状にして、ぐにょぐにょと上の段を包み込むようにして滑って上がって行った。

「どうやってここまで?」

 ロルフが聞く。
 メゼスが前を見て移動しながら答えた。

「前もってあの愛らしい勇者もどきさんに体の一部をつけてたっていうね。アルケミーゲルも先王陛下の遺体の場所は知ってたからねー。盗聴してた結果、危険そうだったから隙間とか通って突撃しただけ。だってほら、ゲルだし」

 振り返ったメゼスが半透明になり、丸みを帯びた。そのまま球体へと変わる。

「鍵穴だって開けられるよ」

 とか言いながら体を四散させた。飛び散った一部から、次々とメゼスが出来上がる。

「じゃ、かく乱してくるからそのうちにお逃げ。とか、言ってみたり」
「アファナーン殿は?」
「本体は外にいるから。これは、クノヘさんでいう雷みたいな感じ? やられても痛くもかゆくもないから気にしないでねぇ」

 にわかには信じがたいが、本人が言うのならそうなのだろう。ナギサはロルフと共に職員トイレに戻る。

「奥義、解放」

 狼になったロルフが、羽が生えたかのように軽く跳びあがって換気口に侵入する。ナギサも、便座の蓋、貯水タンクと踏みつけて中に入った。痛みを抑え、素早く移動する。

「どのみち、二回目はこのルートは使えないから派手に壊しちゃっていいか」

 ロルフがこれまでの道からそれた。付いて行くと、外へと繋がっているような音が聞こえてくる。匂いもあるはずだが、先の戦闘での後遺症はやっぱり抜け切っていないらしい。換気口の嫌な臭いにもそれほど抵抗は無くなっている。

「クノヘ、外探れるか?」
「任せてくれ」

 目を閉じて、魔力の流れを感じ取る。
 すぐ近くのはロルフ。博物館の外、右手の剣を掲げている『勝利の像』の近くにいるのはメゼスだろう。博物館で揺れ動く者のほとんどはメゼスで、槍使い一行は盗賊が動き出していた。索敵が彼だけなのは、がら空きのところに戻ってこられるのを防ぐためだろうか。
 外にいる他の魔力は、まだ距離がある。

「大丈夫そうだ」
「うし、行くか」

 ロルフが外に出た。解放状態を解除してナギサも続く。一階の通気口からなのでそこまでの高さではなく、多少の音が出ただけで着地に成功する。

「勝利の像、で良いのかな?」

 ロルフの言葉にナギサが頷く。
 夜の闇に紛れて走り出す。まだ距離はあるが、固まって動く魔力を持つ集団が、人間態のままでもナギサの索敵に引っかかった。

「本当に精鋭が来ているな」
「接敵したら、どっちのカードから切る?」
「……臭い攻めがあるかもしれない以上、私から行った方がいいだろう」
「りょーかい」

 勝利の像の下にいるメゼスが見えたため、足を緩める。
 メゼスが手を振った。ロルフが振り返している。

「のんきなことをしている場合か?」

 あまり責める声音にならないように気をつけながら、ナギサが言った。
 ロルフが気のいい笑みを浮かべる。

「こういう時だからだよ。作戦に失敗したわけだからね。気落ちしちゃあ次が重くなる」

 飲みに行く約束でもしていたかのように、ロルフがメゼスの元に駆けて行った。遅れてナギサも到着する。
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