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遺体争奪編
会談 2
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セスが右手を口元に持って行く。
「どこだ?」
「ミュゼルの北部、エヘルシット博物館の地下かと」
「エヘルシット、エヘルシットか……」
「義兄上、このままでは先王陛下が見世物にされてしまいますよ」
冷静な口調でメルクリウスが言った。
セスが手を口に当てたまま、黙り込む。
ミュゼルを攻め込めるほどの力があると知れ渡れば、周囲も無視はしてこないだろう。現状でまた人間に団結されては今度こそ血が途絶える。まだまだ侮ったままで、魔族がいなくなった先を空想していてもらいたい。
「翼人族が攻め込まれた要因の一つは」
そこまで言って、セスの視線がメルクリウスに合った。
「エヘルシットが戦いに乗り遅れ、魔族と総称する種族から領土を得られず、他国との戦力バランスが崩れたことでもある」
「はあ」
メルクリウスが怪訝そうな声を漏らした。シルヴェンヌが鋭く睨み上げる。
「近くに魔族の領土があるにも関わらず戦わなかったのは、魔族を恐れたのか他国に攻め込む気があるのか。あるいは、軍事力が大したことがなかったのか。舐められ続けるわけにも敵視され続けるわけにもいかないからの。魔族に狙われる可能性が高く、どこも受け取りにくい父上の死体を受け取ったのはそのためだろう。持っているだけで人間の他の国は攻め込めぬからの」
「万全の態勢で待ち構えているから取り返すことはしない、と?」
「そうは言っておらん。我らについて詳しいものがいた場合は厄介だと思っただけだ」
「探しますか?」
「それはもちろん。だが、探し当てるまで待つ気もない。メルクリウス、翼人族をまとめ上げてエヘルシットの軍勢を引き付けよ。できるな?」
「できます。間隔、規模を変えながら一撃離脱を繰り返し、ノガに集合しつつあるエヘルシットの軍勢に心理的な疲労を与えれば、ノガの守りに気を取られましょう」
「ロルフ」
「はい」
ロルフがメルクリウスに向けていた体を、セスに向けた。
「メルクリウスと共にチッタァ・ハブルに渡り、情報の収集と現地部隊を結成せよ」
「あー、はい、頑張ります」
ナギサがロルフを睨む。おそらく、シルヴェンヌとメルクリウスも厳しい感情をロルフに向けているだろう。当の本人はへらへらとしているが。
「ナギサ」
「は」
視線と表情を戻し、ナギサはセスの方を向いた。
左足がやわらかい絨毯にのる。
「我の名代としてチッタァ・ハブルに渡り、アルケミーゲルとの交渉にあたれ。ミュゼルへの侵攻は、指示があるまで待て」
「かしこまりました」
「そうだ、聞き忘れていたな、メーク」
「はい、義兄上」
「今回の献上品、同じものはどの程度が人間に奪われた?」
「幸いなことに収穫の最盛期を迎える前でしたので、焼き払ったり焼き払われたりもあり、出回る程は奪われていないかと」
セスが口角を上げた。
「ならばよい」
セスの背が玉座の背もたれに戻る。
メルクリウスが口を開きかけたが、その前にニチーダが口を開いた。
「陛下! 私のこと忘れてませんか?」
ロルフが苦笑いをし、メルクリウスが目を丸くし、シルヴェンヌがため息を吐いた。
ナギサは、半ばあきらめている。
「いつも通り結界の維持を、と思っていたが、そうか、何かやりたいか」
「え、いえ、その、他の人は名前呼ばれたのになと思いまして」
「よい。そなたなら任せやすい仕事がある」
ニチーダが元々綺麗だった姿勢を硬直させるようにただし、セスの言葉を待つ。
「戦士に手紙を書かせよ。内容は我が父の遺体を疾く返還させよ、と。我が城の周辺都市にばら撒くつもりだ。その際、交渉が決裂しやすいものに配らせよ。呑む気もないだろうが呑まれても困る」
「書いてくれるでしょうか?」
「書けば男女別室の牢にすると言えばよかろう。何より、書かねば多くの血が流れるとでもいえば十分ではないかの」
不安げな顔で、小さくニチーダが頷いた。
「自分から言ったのだ。期待しているぞ」
不安げな色を濃くして、ニチーダがまた頷いた。
(これで、ニチーダさんは手段を選ばなくなったな)
本人に残酷なことをしている意識や常人とズレている意識はなく、脅すことだろう。
「何をなさるつもりですか?」
メルクリウスが少し呆けた表情を何とか引き締めようとしながら、セスに質問した。
「人間の国は人間に睨んでもらうだけだ。既に他国への侵攻を考えている者もいるようだしの。『エヘルシットは翼人族から巻き上げたものを不当に占拠、価格を高騰させている。魔族が鉄砲玉としてエヘルシットを弱らせれば、それらを自分の国が手にできる』。そう思ってもらえれば十分だの」
「利用、されるつもりですか?」
言葉には出ていないが、態度から『人間に』という言葉が頭につくだろう。
「我らもエヘルシットに目が向いてくれるのであれば大歓迎だからの」
「うまく行きますか?」
とニチーダ。
「そう思うものが国家の中枢に何人かいるだけで良い。要は、国の中で足を引っ張りあって、我らの城に来なければよいのだ」
「センタリアは勇者を失って人間の国家間での優位性を失っております。魔族に対してもそうですが、国家間に対しても存在感ありと示したいはず。その中で我らに大軍勢を差し向けるのは理にかなわぬと思う人も多いはず。我らは手負いの獣。狩ったところで当然と見られ、民には被害を非難されましょう」
ナギサの言葉に補足するように、独り言かのようにロルフが続けた。
「魔王が死んで魔族展がフツーに開かれたら、まあ、脅威は無くなったって思うよね。そんな中『魔族を全滅させました。でも、兵の一割を失いました』じゃあなーにやってんだよって思う人のが多いか」
「潰した方が実益は大きいはずなのに、度し難いお馬鹿さんですね」
ニチーダが軽やかで澄み渡る声でそう言った。
「数を減らすのと全滅させるのでは同じ数を減らすにしても労力が違うからの。そこを勘定に入れずに考える者も多かろう。そうでなくとも、正確に状況を理解している者は多数派には成りにくかろうて」
要は、魔族滅亡に本腰を入れたい人の意見が少数派で、周りの国家に対してにらみを利かせたい人が多数派になっていればセス達に向けられる兵は少なくなる。特にヴァシム城と一番近い国家、センタリアは勇者を失って国家間に関する最大の切り札が無くなったも同然。さらなる国力の減少は避けたいと思ってもらえれば万々歳だ。例えソレが目先の物でも、飛びつく者は多いだろう。
会話が止まる。メルクリウスは不満気な表情を浮かべていた。
(メルクリウス自身が率いるようになってからは連戦連勝なら、仕方ないか)
戦えば勝てるのに、敬愛するセスが戦おうとしないのは黒い感情が湧くだろう。
メルクリウスが来た用件を思い浮かべ、ナギサは口を開いた。
「メルクリウス殿、陛下に申し上げることがもう一つはあったのでは?」
ぴくり、と一度メルクリウスの肩が動いた。
両手を床に着けて、メルクリウスが頭も床に着くのではないかと言うほど頭を下げた。
「義兄上……陛下にお許しを頂きたき儀がございます!」
メルクリウスの大声が空気を揺らすのと時を同じくして、おぞましい寒気がナギサの背筋を舐め上げた。思わず目を玉座の横にいるシルヴェンヌに向けてしまう。昏い目が大きく開かれ、メルクリウスを見下げていた。気づけば、ロルフとニチーダもシルヴェンヌを見ている。ロルフなどはいつもの軽薄さが身を潜め口元が引き締まっており、ニチーダの手には神楽鈴が握られていた。
物理的とも思える圧力が場を満たす中、メルクリウスが再度大きな声を上げた。
「各部族を糾合する際、檄文で『セス・サグラーニイ殿下が仇を取って王に即位した。王妃は我が姉で、我は翼人族をまとめるようにと仰せつかった。友好の証として援軍が来ている』と送りました」
上から覆いかぶさる圧に、ナギサは知らず知らずのうちに口の中がカラカラになっていた。
それでも、メルクリウスの口は止まらない。
「実際にまとめるように言ったのは姉上です。ですが、陛下がおっしゃったように聞こえるように言ったのも事実。これによって発生する損益は全てこのメルクリウス・ベルスーズの責任です。ですが、決して陛下を貶めようなどという意思はなく、ただただ陛下のために翼人族をまとめ上げたかっただけにすぎません。厚かましいことを承知で申し上げるならば」
「メルクリウス」
シルヴェンヌが凪いでいる湖畔のような声を発した。
「自重なさい」
メルクリウスはセスを裏切る可能性が限りなく低い。そこを考慮すると、シルヴェンヌとしても翼人族をメルクリウスにまとめてもらいたいのだろう。だからこそ、言葉がこれだけで終わった。そう、ナギサは判断した。
「良いではないか、シル。元より翼人族はメークに任せるつもりだったしの。檄文は結局嘘に成らぬわけだ」
「セス様、あまり弟を甘やかさないでください」
シルヴェンヌからの圧が無くなる。
「甘やかしかどうかはわからぬぞ。何せ、以後の翼人族の反乱はすなわちメークの反乱とみなされることもあるからの」
「私はそのようなことは」
「わかっておる」
セスがメルクリウスの言葉を中断させた。
「だが、そなたには翼人族を統一してもらわなければならぬ。部族間の力関係が歪になった今が唯一の好機。ありとあらゆる種族が部族をまとめ上げ一つにし、その長が我の下に集まる。エルマロは既にそのために動いておる。期待しておるぞ、メルクリウス・ベルスーズ」
「は。必ずや、陛下のご期待に応えて見せます」
「そうだ。メークにも我が印の使用を許可しよう」
ナギサがメルクリウスよりも早く反応する。
「陛下。それは時期尚早かと。エルマロ殿の場合は弟君の形見であるサルンガとグシスナウタルの受けとりを拒絶したためという建前がございます」
ナギサはセスの反応と共にシルヴェンヌの反応もうかがった。反対する気はなさそうだ。
「あの者が拒否したのは四天王には任じられたくないという意思表示でもあろう?」
任じる気も無かったというのも、セスとシルヴェンヌ、そして現四天王共通の見解だが。
「それでも、悪評を封じるためという理由もございました。されど、メルクリウス殿はまだ若く、甘くみられる可能性もあります。結果を残してから出ないと、今後印の使用許可を与えなかった者の不満が溜まるかと」
ナギサは視線を動かさずに背後の気配も探った。
ロルフはもちろん、メルクリウスからも不満を示すような空気、魔力の乱れは伝わってこない。「私より十二歳下かぁ」なんていう間の抜けたニチーダの声が拾えるくらい平穏である。
「わかった」
セスの視線がナギサから外れてメルクリウスに行った。
「そういうわけだ。先の言は撤回する。褒美は、後ほど考えよう」
「ありがたきお言葉。されど、私個人には陛下を義兄上と呼ばせていただけること、種族には先の義兄上の助力で十分すぎるほどの褒美をもらっておりますので、どうかお気になさらぬようお願いいたします」
「聞き分けの良すぎる義弟だの」
メルクリウスの言葉を聞いて、困ったような、それでいて親しみのある声でセスが配下を見回しながら言った。
「どこだ?」
「ミュゼルの北部、エヘルシット博物館の地下かと」
「エヘルシット、エヘルシットか……」
「義兄上、このままでは先王陛下が見世物にされてしまいますよ」
冷静な口調でメルクリウスが言った。
セスが手を口に当てたまま、黙り込む。
ミュゼルを攻め込めるほどの力があると知れ渡れば、周囲も無視はしてこないだろう。現状でまた人間に団結されては今度こそ血が途絶える。まだまだ侮ったままで、魔族がいなくなった先を空想していてもらいたい。
「翼人族が攻め込まれた要因の一つは」
そこまで言って、セスの視線がメルクリウスに合った。
「エヘルシットが戦いに乗り遅れ、魔族と総称する種族から領土を得られず、他国との戦力バランスが崩れたことでもある」
「はあ」
メルクリウスが怪訝そうな声を漏らした。シルヴェンヌが鋭く睨み上げる。
「近くに魔族の領土があるにも関わらず戦わなかったのは、魔族を恐れたのか他国に攻め込む気があるのか。あるいは、軍事力が大したことがなかったのか。舐められ続けるわけにも敵視され続けるわけにもいかないからの。魔族に狙われる可能性が高く、どこも受け取りにくい父上の死体を受け取ったのはそのためだろう。持っているだけで人間の他の国は攻め込めぬからの」
「万全の態勢で待ち構えているから取り返すことはしない、と?」
「そうは言っておらん。我らについて詳しいものがいた場合は厄介だと思っただけだ」
「探しますか?」
「それはもちろん。だが、探し当てるまで待つ気もない。メルクリウス、翼人族をまとめ上げてエヘルシットの軍勢を引き付けよ。できるな?」
「できます。間隔、規模を変えながら一撃離脱を繰り返し、ノガに集合しつつあるエヘルシットの軍勢に心理的な疲労を与えれば、ノガの守りに気を取られましょう」
「ロルフ」
「はい」
ロルフがメルクリウスに向けていた体を、セスに向けた。
「メルクリウスと共にチッタァ・ハブルに渡り、情報の収集と現地部隊を結成せよ」
「あー、はい、頑張ります」
ナギサがロルフを睨む。おそらく、シルヴェンヌとメルクリウスも厳しい感情をロルフに向けているだろう。当の本人はへらへらとしているが。
「ナギサ」
「は」
視線と表情を戻し、ナギサはセスの方を向いた。
左足がやわらかい絨毯にのる。
「我の名代としてチッタァ・ハブルに渡り、アルケミーゲルとの交渉にあたれ。ミュゼルへの侵攻は、指示があるまで待て」
「かしこまりました」
「そうだ、聞き忘れていたな、メーク」
「はい、義兄上」
「今回の献上品、同じものはどの程度が人間に奪われた?」
「幸いなことに収穫の最盛期を迎える前でしたので、焼き払ったり焼き払われたりもあり、出回る程は奪われていないかと」
セスが口角を上げた。
「ならばよい」
セスの背が玉座の背もたれに戻る。
メルクリウスが口を開きかけたが、その前にニチーダが口を開いた。
「陛下! 私のこと忘れてませんか?」
ロルフが苦笑いをし、メルクリウスが目を丸くし、シルヴェンヌがため息を吐いた。
ナギサは、半ばあきらめている。
「いつも通り結界の維持を、と思っていたが、そうか、何かやりたいか」
「え、いえ、その、他の人は名前呼ばれたのになと思いまして」
「よい。そなたなら任せやすい仕事がある」
ニチーダが元々綺麗だった姿勢を硬直させるようにただし、セスの言葉を待つ。
「戦士に手紙を書かせよ。内容は我が父の遺体を疾く返還させよ、と。我が城の周辺都市にばら撒くつもりだ。その際、交渉が決裂しやすいものに配らせよ。呑む気もないだろうが呑まれても困る」
「書いてくれるでしょうか?」
「書けば男女別室の牢にすると言えばよかろう。何より、書かねば多くの血が流れるとでもいえば十分ではないかの」
不安げな顔で、小さくニチーダが頷いた。
「自分から言ったのだ。期待しているぞ」
不安げな色を濃くして、ニチーダがまた頷いた。
(これで、ニチーダさんは手段を選ばなくなったな)
本人に残酷なことをしている意識や常人とズレている意識はなく、脅すことだろう。
「何をなさるつもりですか?」
メルクリウスが少し呆けた表情を何とか引き締めようとしながら、セスに質問した。
「人間の国は人間に睨んでもらうだけだ。既に他国への侵攻を考えている者もいるようだしの。『エヘルシットは翼人族から巻き上げたものを不当に占拠、価格を高騰させている。魔族が鉄砲玉としてエヘルシットを弱らせれば、それらを自分の国が手にできる』。そう思ってもらえれば十分だの」
「利用、されるつもりですか?」
言葉には出ていないが、態度から『人間に』という言葉が頭につくだろう。
「我らもエヘルシットに目が向いてくれるのであれば大歓迎だからの」
「うまく行きますか?」
とニチーダ。
「そう思うものが国家の中枢に何人かいるだけで良い。要は、国の中で足を引っ張りあって、我らの城に来なければよいのだ」
「センタリアは勇者を失って人間の国家間での優位性を失っております。魔族に対してもそうですが、国家間に対しても存在感ありと示したいはず。その中で我らに大軍勢を差し向けるのは理にかなわぬと思う人も多いはず。我らは手負いの獣。狩ったところで当然と見られ、民には被害を非難されましょう」
ナギサの言葉に補足するように、独り言かのようにロルフが続けた。
「魔王が死んで魔族展がフツーに開かれたら、まあ、脅威は無くなったって思うよね。そんな中『魔族を全滅させました。でも、兵の一割を失いました』じゃあなーにやってんだよって思う人のが多いか」
「潰した方が実益は大きいはずなのに、度し難いお馬鹿さんですね」
ニチーダが軽やかで澄み渡る声でそう言った。
「数を減らすのと全滅させるのでは同じ数を減らすにしても労力が違うからの。そこを勘定に入れずに考える者も多かろう。そうでなくとも、正確に状況を理解している者は多数派には成りにくかろうて」
要は、魔族滅亡に本腰を入れたい人の意見が少数派で、周りの国家に対してにらみを利かせたい人が多数派になっていればセス達に向けられる兵は少なくなる。特にヴァシム城と一番近い国家、センタリアは勇者を失って国家間に関する最大の切り札が無くなったも同然。さらなる国力の減少は避けたいと思ってもらえれば万々歳だ。例えソレが目先の物でも、飛びつく者は多いだろう。
会話が止まる。メルクリウスは不満気な表情を浮かべていた。
(メルクリウス自身が率いるようになってからは連戦連勝なら、仕方ないか)
戦えば勝てるのに、敬愛するセスが戦おうとしないのは黒い感情が湧くだろう。
メルクリウスが来た用件を思い浮かべ、ナギサは口を開いた。
「メルクリウス殿、陛下に申し上げることがもう一つはあったのでは?」
ぴくり、と一度メルクリウスの肩が動いた。
両手を床に着けて、メルクリウスが頭も床に着くのではないかと言うほど頭を下げた。
「義兄上……陛下にお許しを頂きたき儀がございます!」
メルクリウスの大声が空気を揺らすのと時を同じくして、おぞましい寒気がナギサの背筋を舐め上げた。思わず目を玉座の横にいるシルヴェンヌに向けてしまう。昏い目が大きく開かれ、メルクリウスを見下げていた。気づけば、ロルフとニチーダもシルヴェンヌを見ている。ロルフなどはいつもの軽薄さが身を潜め口元が引き締まっており、ニチーダの手には神楽鈴が握られていた。
物理的とも思える圧力が場を満たす中、メルクリウスが再度大きな声を上げた。
「各部族を糾合する際、檄文で『セス・サグラーニイ殿下が仇を取って王に即位した。王妃は我が姉で、我は翼人族をまとめるようにと仰せつかった。友好の証として援軍が来ている』と送りました」
上から覆いかぶさる圧に、ナギサは知らず知らずのうちに口の中がカラカラになっていた。
それでも、メルクリウスの口は止まらない。
「実際にまとめるように言ったのは姉上です。ですが、陛下がおっしゃったように聞こえるように言ったのも事実。これによって発生する損益は全てこのメルクリウス・ベルスーズの責任です。ですが、決して陛下を貶めようなどという意思はなく、ただただ陛下のために翼人族をまとめ上げたかっただけにすぎません。厚かましいことを承知で申し上げるならば」
「メルクリウス」
シルヴェンヌが凪いでいる湖畔のような声を発した。
「自重なさい」
メルクリウスはセスを裏切る可能性が限りなく低い。そこを考慮すると、シルヴェンヌとしても翼人族をメルクリウスにまとめてもらいたいのだろう。だからこそ、言葉がこれだけで終わった。そう、ナギサは判断した。
「良いではないか、シル。元より翼人族はメークに任せるつもりだったしの。檄文は結局嘘に成らぬわけだ」
「セス様、あまり弟を甘やかさないでください」
シルヴェンヌからの圧が無くなる。
「甘やかしかどうかはわからぬぞ。何せ、以後の翼人族の反乱はすなわちメークの反乱とみなされることもあるからの」
「私はそのようなことは」
「わかっておる」
セスがメルクリウスの言葉を中断させた。
「だが、そなたには翼人族を統一してもらわなければならぬ。部族間の力関係が歪になった今が唯一の好機。ありとあらゆる種族が部族をまとめ上げ一つにし、その長が我の下に集まる。エルマロは既にそのために動いておる。期待しておるぞ、メルクリウス・ベルスーズ」
「は。必ずや、陛下のご期待に応えて見せます」
「そうだ。メークにも我が印の使用を許可しよう」
ナギサがメルクリウスよりも早く反応する。
「陛下。それは時期尚早かと。エルマロ殿の場合は弟君の形見であるサルンガとグシスナウタルの受けとりを拒絶したためという建前がございます」
ナギサはセスの反応と共にシルヴェンヌの反応もうかがった。反対する気はなさそうだ。
「あの者が拒否したのは四天王には任じられたくないという意思表示でもあろう?」
任じる気も無かったというのも、セスとシルヴェンヌ、そして現四天王共通の見解だが。
「それでも、悪評を封じるためという理由もございました。されど、メルクリウス殿はまだ若く、甘くみられる可能性もあります。結果を残してから出ないと、今後印の使用許可を与えなかった者の不満が溜まるかと」
ナギサは視線を動かさずに背後の気配も探った。
ロルフはもちろん、メルクリウスからも不満を示すような空気、魔力の乱れは伝わってこない。「私より十二歳下かぁ」なんていう間の抜けたニチーダの声が拾えるくらい平穏である。
「わかった」
セスの視線がナギサから外れてメルクリウスに行った。
「そういうわけだ。先の言は撤回する。褒美は、後ほど考えよう」
「ありがたきお言葉。されど、私個人には陛下を義兄上と呼ばせていただけること、種族には先の義兄上の助力で十分すぎるほどの褒美をもらっておりますので、どうかお気になさらぬようお願いいたします」
「聞き分けの良すぎる義弟だの」
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