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名称継承編

城中決戦間近

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 セスがドアを三回叩くと、「どうぞ」と中からナギサの声がした。「入るぞ」と断って中に入る。セスの声とわかったためか、ベッドの上で姿勢を正したナギサと目が合った。

「どうだ?」
「全力で、とはいきませんが、十分に戦えます」

 ナギサが包帯を巻かれた右腕で握りこぶしを作って答えた。

「ニチーダ」

 セスはナギサから視線を逸らさずに、治療を担当してくれたニチーダを呼んだ。
 扉の影からしずしずとニチーダが現れる。

「完全解放を行えるかどうか、という点に絞れば殿下の残留魔力もありますので可能だと思います。幸いにして後遺症も残らないと思いますので、クノヘ嬢の言い分も一理あるかと。ですが、私としましては勇者一行を相手取るのには足手まといだと判断させていただきます」

 悪意なく言っていることが良くわかる声音だからこそ性質が悪い。
 しかし、腕が立つ猪武者からは侮られる見た目をしている彼女だからこそ、自然と身に着いた言葉選びとしてセスは目を瞑った。

「殿下、奇襲なら全く問題はありません。それに、私には幻術もあります。一度見せた以上、いえ、今度は最終決戦にしなくてはいけない以上出し惜しみをする理由はなくなりました」

 ナギサの目を見る。
 引く気などさらさらなさそうな、意地でも参加してきそうな目だった。
 元々、撤退時期をずらして多くの者を城の外に逃がしたのだ。ナギサの抑えに人員を割けるはずもなく、そこで傷つけあうなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

「ならばロルフの援護に回れ。戦士を相手どれば、より幻術は効いてこよう」
「は」

 ナギサが頭を下げた。

「あの……意見具申してもよろしいでしょうか……?」

 ニチーダがおずおずと言いだした。

「構わん」

 セスは少し長くなりそうな雰囲気を感じて、椅子を引いてナギサのベッドサイドに座る。

「ありがとうございます」

 ニチーダがセスの方を向いた。

「クノヘ嬢は、勇者に当てて時間を稼いだほうがいいと思います」
「何故(なにゆえ)?」

 静かに言った。

「勇者一行は力が落ちたとはいえ陛下を倒した相手。僧侶とペアになることの少ない戦士が幻術への対策を何もしていない可能性は低いかと思います。対策を取られた場合、ガイエルさんとクノヘ嬢の呼吸にはいささかの不安が残ります」

 セスは口に手を当てた。
(いっしょに旅をした時間は確かに短いの)
 街であってから逃亡で三日、勇者一行に襲われてから二日、そして城に入ればさらに一緒に居る時間は減っている。これでは、呼吸が合っているのかどうかの判断は難しいところでもある。

「後は、相性の問題です。殿下か私がいれば僧侶は抑え込めます。ですが、僧侶が肝心なところで目移りをするかもしれません。ですので、私たちが主力を張ることは不可能です。となると主力はベルスーズ姫。姫は時間稼ぎが苦手なのではないでしょうか」

 何度も言うようだが、シルヴェンヌは短期決戦の超火力型。じっくりと腰を下ろした長期戦は不得手である。

「その点、クノヘ嬢ならば時間稼ぎも得意かと。頭に血が上りやすいのも勇者と僧侶の方。殿下の独立傀儡を使うのであれば、より幻術にかけやすいと思うのですが、どうでしょうか」

(一理あるの)
 セスは手を口に当てて、考える。
 当初の計画では魔法使いの独立傀儡をもって勇者と僧侶を釣り、後方の床を壊して戦士を隔離。独立傀儡を沼に送ってから階下に送り、セスの首輪とニチーダの援護を受けたロルフが戦士を倒す、あるいは所定の位置まで連れて行き、シルヴェンヌが建物ごと撃ち抜く。最悪、合流されないのであれば離脱されても問題はない。まあ、戦士と言う人柄を考えれば、その可能性は低いと思うが、大事なのは確実に勇者を捕獲すること。ロルフが時間をかけるのを独立傀儡を通して感じ取れば、先に勇者を糸で絡めとる。

 が、何にせよ、確実な戦法はない。

 その点、ニチーダの言う通りにすればセスの援護をロルフに集中でき、セスの傀儡も全員使える。難点はニチーダの援護に気づかれる可能性があがるのと、状況対応能力が下がること。柔軟性に劣ること。ニチーダの戦闘スタイルは僧侶がいれば封じることができる。特に、僧侶に耐性があるとはいえ独立傀儡を奪い返されないように戦えばニチーダが後手に回るのは必至である。シルヴェンヌは短期火力であり、罠は強引に突破するタイプ。ナギサは万全とは程遠い。

「殿下、ベルスーズ姫の火力は勇者もわかっているのではないでしょうか。だって、イージスの盾も龍王の逆鱗も失っているんですよね。そんな相手に、突っ込むような真似をすると思いますか? 前回もオフィシエさんを吹き飛ばしているんですよ」
「彼奴らからしてみれば、シルが本気を出したのはその一度。あとはナギサに仇を討たせたかったように見えているのかの」

 そうであるならば、すぐに死んでしまった勇者と僧侶はシルヴェンヌの力を見極め切れていないと思っているだろう。

「僭越ながら、殿下の蜘蛛の巣を張るなど、折角の地の利も最大限活かした方がよろしいかと。すぐにこちらに来ると言っても、設置するぐらいの時間はあります。クノヘ嬢などは殿下に直接戦ってもらうのは恥などと考えていそうですが、勝つ確率を上げるには殿下とガイエルさんが戦士を潰した方が良いのではと思います」

 ある程度の時間稼ぎはシルヴェンヌ、ニチーダ、ナギサで出来るだろう。ここにセスが加わった方が前衛もできる人を入れられるので安定はするが、今度は戦士を倒すのに時間がかかる。

「相分かった。ナギサも、それでよいか?」
「はい。状況は常に変わっていくもの。作戦も、それに合わせて変わって行くものだと認識しております」

 ナギサが頷いた。
 セスは唇を右手の親指でなぞり、作戦の骨格を組み立てる。

「途中までは同じ。先に分離させるのは戦士だの。引きずり込んで蜘蛛の巣か結界内で対処する。倒し切るか、最悪隔離した段階で我らは上に戻ろう。ニチーダ、シル、ナギサと共に我が勇者に当たる。主力はニチーダだ」
「私ですか?」
「ああ」
「頑張ります」

 ニチーダが小さく握りこぶしを作って、よし、と幼子のように気合を込めた。

「僧侶はどうなさるおつもりですか?」

 ナギサが聞いてくる。

「ロルフに任せようと思う」

 ナギサの顔が暗く成った。眉がわずかに寄る。

「……一人で大丈夫でしょうか?」
「何、多くの種族を名付けたのは人間ぞ」

 広範囲に散らばる人間の呼び方を使った方が統一感があるから使っているだけだ。

「ならばその名づけには法則があろう。例えば、神官や僧侶などの神に仕えるとか言っている者どもの力が大きかったりの」

 ナギサの顔がわずかにそれる。
 セスは軽く目を瞑った。
(さて、作戦を組み立てなおさねばならぬの)
 勇者一行が来るよりも、早く。
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