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名称継承編
父上が死んだらしい
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(父上が死んだらしい)
城の玉座に腰かけ、セスは城下の破壊音も混じる物騒な喧騒を聞きながら、どこか他人事のように自分の手の中の胡桃を遊ばせた。
ふむ、と鷹揚に目をあげれば両脇には今にも死にそうな顔の魔族ばかりが目に入る。誰も彼もが人間によく似ているが、人間側からすれば明確な違いがあるらしい。狩る者か狩られる者か。あいまいだった関係が、この瞬間に人間が狩る者、魔族が狩られる者になったというわけだ。少なくとも、あいまいだったころから狩る側だった力だけはある高位の魔族連中にとってはこれは大きい差らしく、ナギサの報告から一拍を置いただけで目を合わせて、次いで小声で、終いには外の音をかき消すほどの大声でわめきだす者が現れた。静かにしている者は一握り。率いる立場の者たちでこれなのだ。下に行けば、もう軍としての体裁はなしてはいまい。
「殿下の御前であるぞ」
セスの正面に跪き、顔色一つ変えていなかったナギサが凛々しい声で一喝する。
徐々にざわめきは収まったが、顔色までが戻るわけではない。踵やつま先が浮き、今すぐにでも逃げ出そうとしている者もいる始末。
セスは手の中の胡桃を砕いた。
勿体ないとは常々思うが、こういう示威行為は魔族間においてはそれなりに役に立つ。
「騒ぎの原因は、それだけではあるまい」
粗方、寝返りが相次いだか、すぐそこに転移で人間が現れたのだろうとセスはあたりをつけた。
「は。ガーゴイルがゴーレムの指揮権を乗っ取りました。人間に寝返るそうです。この城に詰めていたオークも寝返り、ゴブリンは火をつけて宝物庫を漁っております。は人間の軍旗を見たという物見の報告もございます」
「約定でも交わしていたのかの」
そうであれば、その証拠を掴めなかった自分の責任だとセスは思った。
「おそらく、そうではないかと。殿下の首をあげれば人間の元でもこれまで通りの生活ができると謳っておりますので」
ナギサが周囲を睨みながらいうものの、一瞬だけ見えた殺意のある視線の数は多かった。
元々、魔王城の外にこの軍が出たのは本当に味方か怪しい連中を魔王城から引きずり出す、厄介払いの目的もあったわけでもあるため、この惨状を見るにその作戦は当たっていたと言えるだろう。問題は勇者やその後に荒らす人間がここを素通りしたことであり、その結果付和雷同の連中も反旗を翻し始めたことだ。
「とりあえず殺すか、じゃなかった。殺しますか?」
末席に立っていた神狼族ロルフが自慢の大刀に手をかけ、セスに殺意を向けたものを見据える。口元は上がっており、非常に楽しそうだ。
「その必要はない」
セスは片手を挙げてそれを制す。
「彼奴らの狙いが我が首なら、そなたらは無事逃げおおせよう。時勢が変わればころころと仕える元を変えるような連中相手に無駄に命を散らすことはない。各々部族を撤退させ、再起の時を待て。指示を出した後は戻ってこなくて良い」
事実上の撤退命令である。
早く逃げたいはずの魔族も動き出さないのは、後ろ指を指される、名に瑕がつくことを気にしているからだろう。
だから、セスは鷹揚に手を払う。
「どうした。早く逃げよ。命を粗末にするでない」
最初に魔王城の北の湖に縄張りを張る竜人族の長が頭を下げて場を辞した。次に立派な鎧に身を包んだ魔族。後はもう堰を切ったように場を辞していった。逃げ行く人々を忌々し気に見ていた者も、セスが目を合わせて頷けば部屋を後にしていく。
残ったのは、中央に立っているナギサのみ。
「そなたも逃げよ」
胡桃の欠片を払いながらセスが言う。
「身命を賭して殿下に仕えると誓った身であれば、無事に殿下を逃がす役目がございます」
直後、大きな振動が起きてナギサの薄黄色の髪が揺れた。ゴーレムが本格的に建物の打ち壊しを始めたのだろう。鬨の声も大きくなっている。
「無論、死ぬつもりはない」
「であれば殿下の傍が私の逃げる場所でございます」
リズムも何もなく、大きな破砕音と振動が響く。
セスは玉座から降り、ナギサに近づくように歩いた。窓の外のガーゴイルが歓喜の声を上げ、その奥にたくさんの旗が見える。旗だけでは判断できないが、優に五百は居そうだ。対してさっきまでここに詰めていた部族全部を合わせても二百に満たない。だからこそのゴーレムだったのだが、全て奪われていてはどれだけの数が逃げれたことか。
「頭が高い」
セスは糸を操りガーゴイル同士を縛り付けると、仲良く地面に落下していった。
「殿下、直にここにも敵が押し寄せましょう」
ナギサが腰の刀を抜いて、窓とセスの間に入った。
「顔を晒したからの」
どこか他人事のように言うセスに、ナギサの厳しい目が注がれる。
「そのような顔をするな。すぐに撤退する。父上も我も討たれたのでは、立て直すどころの話ではないからな」
「疾くなされませ」
正門方向に足を踏み出したセスをナギサが引っ張るようにして裏手に誘導した。
「正門から出る馬鹿がおりますか」
「……そうであったな」
ナギサが玉座をどかし、魔力を流して隠し通路を開ける。
セスはそれとなく窓に意識を向けつつ、その様子を眺めていた。
「頭が回っておりませんね」
ナギサが言う。
「そうかの」
「……無理もありません」
セスとナギサは暗く細い階段を下る。城の堀の下に通じており、パッと見はわからない上に今回のように内部が混乱して外を包囲されていない状況では有効に使える抜け穴だ。
「どこに?」
「まずは私の祖父の屋敷に。そこでなら陛下の安否も含めて詳細に確認できましょう」
堀を這いあがり、森を駆ける。後方の城からは轟音と煙が上がり始めた。空を飛んでいたガーゴイルが矢を射られ、魔法を浴びて一人、また一人と減っていく。
同族。敵。奪う対象。
結局のところ、人間に着いたつもりでも殺されているのだろう。
にわかに、草木が揺れる。
「何者だ!」
ナギサが叫ぶ。
がさり、と木が揺れ、あいさつ代わりの矢が飛んできた。ナギサが刀で弾く。次いで槍。セスが小刀を抜いて穂先を弾く。主従は背を合わせる形で見えない敵を警戒した。
がさり、がさりとまるで落ち武者狩りのような人間が二人を囲む。魔族の持ち物は魔力を多分に含む武器が多い。売れば、かなりの値段になるだろう。中性的な見た目のナギサも、捕えられれば行きつく先は高額の売買だと、二人ともわかっている。
だが生憎と、二人は敗北した末に這う這うの体で逃げているわけではない。
焦燥と敗北感にさいなまれてはいるが、十全に戦える。
「雷いかづちよ!」
ナギサが振る刀に合わせて雷が発生し、いとも簡単に人間を薙ぎ払った。焼けた肉のにおいと鼓動の消えたゴム人形が残る。刀を向けて凄むと、動けるものが散っていった。
「今のうちに」
待ち構えているのは命を懸けてまで銭稼ぎに勤しむ連中ではない。正規の軍でもなければ旅をしながら魔族を殺しまくっている不倶戴天の敵でもない。そんな連中を蹴散らしながら進むのはさほど疲れなかった。
徒かちで進むと、一昼夜もしないうちに魔王城に近いナギサの祖父の邸宅に着いた。門は壊され、扉は乱暴に開かれたのかきちんと閉じることはない。玄関先の陶器は割れており、物はひっくり返されている。泥や草葉が中まで点々と続いていた。
「行きましょう」
セスがナギサの顔を窺おうとするが、城内と変わらぬ声を出してさっさと中に入ってしまった。セスも続く。すぐに異臭が二人の鼻を突いた。
「ナギサ」
「問題ありません」
セスが続ける前に、硬い声が返ってきた。
「行きましょう」
力強い顔を変えず、ナギサが振り向いてセスに言った。
足を踏み入れる。めくれた絨毯、壊れた壁、血痕。貴重品の類は壊れているかぽっかりとそのスペースが空いているか。
勇者一行が通った後はいつもそうだ。
勇者一行が持って行ったのもあるだろうが、勇者一行が戦端を開くことによって魔族の強者が取り除かれ、漁夫の利狙いの人間が入り込んで金品を奪うか逃げ遅れた弱き者を捕えて売る。勝者が全てを奪い取る。セスはそれを悪だとは罵りたくはない。魔族の中には人間を食べる者もいるし、そういう者は女子供や怪我した者などの弱者を積極的に襲う。狩りなのだ。万全の体制の群れに襲い掛かる馬鹿は生きていけない。それに、人間から物を奪うことだってあるし、見境なく凌辱しようとする魔物だっている。結局のところ、勝者が全てをかっさらうのがこの世の道理だ。
だがそれでも、斬り捨てられた同胞を前にすれば、荒らされた幼馴染の家を目にすれば、こみ上げてくるものはある。
「遅かったようですね」
淡々とナギサが言った。
刀をしまい、事切れた祖父の服を整えている。武器は、持っていない。いや、握っていた形跡はあるが既にこの場にはない。
「爺や……」
気丈に振舞うナギサの耳に届かないように、傳役の死を悼む。
「誰だ!」
ナギサが剣を再び抜いた。使用人だった男が剣を構えていたが、「ひっ」と小さく鳴いて逃げていく。手には、家宝の一つであった茶器。
「どこへ行く!」
なおも逃げる男にすぐさま追いつき、一閃。
肩口からぱっくりと割れ、臓物を散らしながら男が崩れ落ちた。茶器がともに割れる。
ナギサは刀に着いた血を振り払うと、茶器を拾って集めて祖父の懐に納めた。
「お見苦しいところをお見せいたしました」
「構わん。負けた、父と我の責任だ」
父上は死んだらしい。
だが、それよりも、セスには傳役であり忠実な従者の祖父の死の方が実感を伴って痛かった。
城の玉座に腰かけ、セスは城下の破壊音も混じる物騒な喧騒を聞きながら、どこか他人事のように自分の手の中の胡桃を遊ばせた。
ふむ、と鷹揚に目をあげれば両脇には今にも死にそうな顔の魔族ばかりが目に入る。誰も彼もが人間によく似ているが、人間側からすれば明確な違いがあるらしい。狩る者か狩られる者か。あいまいだった関係が、この瞬間に人間が狩る者、魔族が狩られる者になったというわけだ。少なくとも、あいまいだったころから狩る側だった力だけはある高位の魔族連中にとってはこれは大きい差らしく、ナギサの報告から一拍を置いただけで目を合わせて、次いで小声で、終いには外の音をかき消すほどの大声でわめきだす者が現れた。静かにしている者は一握り。率いる立場の者たちでこれなのだ。下に行けば、もう軍としての体裁はなしてはいまい。
「殿下の御前であるぞ」
セスの正面に跪き、顔色一つ変えていなかったナギサが凛々しい声で一喝する。
徐々にざわめきは収まったが、顔色までが戻るわけではない。踵やつま先が浮き、今すぐにでも逃げ出そうとしている者もいる始末。
セスは手の中の胡桃を砕いた。
勿体ないとは常々思うが、こういう示威行為は魔族間においてはそれなりに役に立つ。
「騒ぎの原因は、それだけではあるまい」
粗方、寝返りが相次いだか、すぐそこに転移で人間が現れたのだろうとセスはあたりをつけた。
「は。ガーゴイルがゴーレムの指揮権を乗っ取りました。人間に寝返るそうです。この城に詰めていたオークも寝返り、ゴブリンは火をつけて宝物庫を漁っております。は人間の軍旗を見たという物見の報告もございます」
「約定でも交わしていたのかの」
そうであれば、その証拠を掴めなかった自分の責任だとセスは思った。
「おそらく、そうではないかと。殿下の首をあげれば人間の元でもこれまで通りの生活ができると謳っておりますので」
ナギサが周囲を睨みながらいうものの、一瞬だけ見えた殺意のある視線の数は多かった。
元々、魔王城の外にこの軍が出たのは本当に味方か怪しい連中を魔王城から引きずり出す、厄介払いの目的もあったわけでもあるため、この惨状を見るにその作戦は当たっていたと言えるだろう。問題は勇者やその後に荒らす人間がここを素通りしたことであり、その結果付和雷同の連中も反旗を翻し始めたことだ。
「とりあえず殺すか、じゃなかった。殺しますか?」
末席に立っていた神狼族ロルフが自慢の大刀に手をかけ、セスに殺意を向けたものを見据える。口元は上がっており、非常に楽しそうだ。
「その必要はない」
セスは片手を挙げてそれを制す。
「彼奴らの狙いが我が首なら、そなたらは無事逃げおおせよう。時勢が変わればころころと仕える元を変えるような連中相手に無駄に命を散らすことはない。各々部族を撤退させ、再起の時を待て。指示を出した後は戻ってこなくて良い」
事実上の撤退命令である。
早く逃げたいはずの魔族も動き出さないのは、後ろ指を指される、名に瑕がつくことを気にしているからだろう。
だから、セスは鷹揚に手を払う。
「どうした。早く逃げよ。命を粗末にするでない」
最初に魔王城の北の湖に縄張りを張る竜人族の長が頭を下げて場を辞した。次に立派な鎧に身を包んだ魔族。後はもう堰を切ったように場を辞していった。逃げ行く人々を忌々し気に見ていた者も、セスが目を合わせて頷けば部屋を後にしていく。
残ったのは、中央に立っているナギサのみ。
「そなたも逃げよ」
胡桃の欠片を払いながらセスが言う。
「身命を賭して殿下に仕えると誓った身であれば、無事に殿下を逃がす役目がございます」
直後、大きな振動が起きてナギサの薄黄色の髪が揺れた。ゴーレムが本格的に建物の打ち壊しを始めたのだろう。鬨の声も大きくなっている。
「無論、死ぬつもりはない」
「であれば殿下の傍が私の逃げる場所でございます」
リズムも何もなく、大きな破砕音と振動が響く。
セスは玉座から降り、ナギサに近づくように歩いた。窓の外のガーゴイルが歓喜の声を上げ、その奥にたくさんの旗が見える。旗だけでは判断できないが、優に五百は居そうだ。対してさっきまでここに詰めていた部族全部を合わせても二百に満たない。だからこそのゴーレムだったのだが、全て奪われていてはどれだけの数が逃げれたことか。
「頭が高い」
セスは糸を操りガーゴイル同士を縛り付けると、仲良く地面に落下していった。
「殿下、直にここにも敵が押し寄せましょう」
ナギサが腰の刀を抜いて、窓とセスの間に入った。
「顔を晒したからの」
どこか他人事のように言うセスに、ナギサの厳しい目が注がれる。
「そのような顔をするな。すぐに撤退する。父上も我も討たれたのでは、立て直すどころの話ではないからな」
「疾くなされませ」
正門方向に足を踏み出したセスをナギサが引っ張るようにして裏手に誘導した。
「正門から出る馬鹿がおりますか」
「……そうであったな」
ナギサが玉座をどかし、魔力を流して隠し通路を開ける。
セスはそれとなく窓に意識を向けつつ、その様子を眺めていた。
「頭が回っておりませんね」
ナギサが言う。
「そうかの」
「……無理もありません」
セスとナギサは暗く細い階段を下る。城の堀の下に通じており、パッと見はわからない上に今回のように内部が混乱して外を包囲されていない状況では有効に使える抜け穴だ。
「どこに?」
「まずは私の祖父の屋敷に。そこでなら陛下の安否も含めて詳細に確認できましょう」
堀を這いあがり、森を駆ける。後方の城からは轟音と煙が上がり始めた。空を飛んでいたガーゴイルが矢を射られ、魔法を浴びて一人、また一人と減っていく。
同族。敵。奪う対象。
結局のところ、人間に着いたつもりでも殺されているのだろう。
にわかに、草木が揺れる。
「何者だ!」
ナギサが叫ぶ。
がさり、と木が揺れ、あいさつ代わりの矢が飛んできた。ナギサが刀で弾く。次いで槍。セスが小刀を抜いて穂先を弾く。主従は背を合わせる形で見えない敵を警戒した。
がさり、がさりとまるで落ち武者狩りのような人間が二人を囲む。魔族の持ち物は魔力を多分に含む武器が多い。売れば、かなりの値段になるだろう。中性的な見た目のナギサも、捕えられれば行きつく先は高額の売買だと、二人ともわかっている。
だが生憎と、二人は敗北した末に這う這うの体で逃げているわけではない。
焦燥と敗北感にさいなまれてはいるが、十全に戦える。
「雷いかづちよ!」
ナギサが振る刀に合わせて雷が発生し、いとも簡単に人間を薙ぎ払った。焼けた肉のにおいと鼓動の消えたゴム人形が残る。刀を向けて凄むと、動けるものが散っていった。
「今のうちに」
待ち構えているのは命を懸けてまで銭稼ぎに勤しむ連中ではない。正規の軍でもなければ旅をしながら魔族を殺しまくっている不倶戴天の敵でもない。そんな連中を蹴散らしながら進むのはさほど疲れなかった。
徒かちで進むと、一昼夜もしないうちに魔王城に近いナギサの祖父の邸宅に着いた。門は壊され、扉は乱暴に開かれたのかきちんと閉じることはない。玄関先の陶器は割れており、物はひっくり返されている。泥や草葉が中まで点々と続いていた。
「行きましょう」
セスがナギサの顔を窺おうとするが、城内と変わらぬ声を出してさっさと中に入ってしまった。セスも続く。すぐに異臭が二人の鼻を突いた。
「ナギサ」
「問題ありません」
セスが続ける前に、硬い声が返ってきた。
「行きましょう」
力強い顔を変えず、ナギサが振り向いてセスに言った。
足を踏み入れる。めくれた絨毯、壊れた壁、血痕。貴重品の類は壊れているかぽっかりとそのスペースが空いているか。
勇者一行が通った後はいつもそうだ。
勇者一行が持って行ったのもあるだろうが、勇者一行が戦端を開くことによって魔族の強者が取り除かれ、漁夫の利狙いの人間が入り込んで金品を奪うか逃げ遅れた弱き者を捕えて売る。勝者が全てを奪い取る。セスはそれを悪だとは罵りたくはない。魔族の中には人間を食べる者もいるし、そういう者は女子供や怪我した者などの弱者を積極的に襲う。狩りなのだ。万全の体制の群れに襲い掛かる馬鹿は生きていけない。それに、人間から物を奪うことだってあるし、見境なく凌辱しようとする魔物だっている。結局のところ、勝者が全てをかっさらうのがこの世の道理だ。
だがそれでも、斬り捨てられた同胞を前にすれば、荒らされた幼馴染の家を目にすれば、こみ上げてくるものはある。
「遅かったようですね」
淡々とナギサが言った。
刀をしまい、事切れた祖父の服を整えている。武器は、持っていない。いや、握っていた形跡はあるが既にこの場にはない。
「爺や……」
気丈に振舞うナギサの耳に届かないように、傳役の死を悼む。
「誰だ!」
ナギサが剣を再び抜いた。使用人だった男が剣を構えていたが、「ひっ」と小さく鳴いて逃げていく。手には、家宝の一つであった茶器。
「どこへ行く!」
なおも逃げる男にすぐさま追いつき、一閃。
肩口からぱっくりと割れ、臓物を散らしながら男が崩れ落ちた。茶器がともに割れる。
ナギサは刀に着いた血を振り払うと、茶器を拾って集めて祖父の懐に納めた。
「お見苦しいところをお見せいたしました」
「構わん。負けた、父と我の責任だ」
父上は死んだらしい。
だが、それよりも、セスには傳役であり忠実な従者の祖父の死の方が実感を伴って痛かった。
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