デコボコな僕ら

天渡清華

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その2

☆☆☆☆☆☆

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 金曜の夜。市川駅から徒歩五分ぐらいの、八畳のワンルーム。俺は週末の解放感と疲れですっかりぐったりして、ただぼんやりしていた。Tシャツにハーフパンツで部屋の右隅に置いたベッドに寝っ転がってると、どこからともなく悪臭が漂ってくる。つい、心が腐ったにおいなんじゃねえかとか思っちまう。
 スーパーやコンビニで買って食った弁当とかの容器はそのまんま放置。生ゴミも片してないし、グラスなんかの洗い物もしてない。ベッドの横、小さなテーブルの上はビールやチューハイの空き缶で林ができてる。
 この前から、食いもんも好きなお笑いの番組なんかもみんな、うまくねえし面白くねえ。家に帰るともうなんもする気が起きず、もともと散らかり気味の部屋はすっかり汚部屋と化していた。さすがに土日で片づけねえとな。筋トレもサボり気味になっちまってて、ちゃんとしねえと。
 俺は就職と同時に船橋の実家を出て、一人暮らしを始めた。別にまだ実家にいてもよかったのかも知れねえけど、口うるせえ親から逃れたかった。うちはアニキ二人が医者、弟も大学で薬学系の勉強をしてる。弟は研究者志望で、仮に研究者になれなくても薬剤師にはなれるだろう。そんな兄弟の中で一人だけサラリーマンになった俺は、できそこないというわけだ。
 缶の林の向こうに、赤いエレキギター。なぜだかじっと見つめてしまう。大学の時はバンドなんかもやってたけど、今はすっかりギターも埃をかぶってる。ギターも久し振りに弾こうかなあ。バンド仲間とも全然連絡取らなくなっちまったけど、元気かなあ。
 いきなりのスマホの通知音に、びっくりして目を開ける。俺、もしかして寝ちまってた?
 枕元のスマホをつかんで見てみると、大沼からのメッセージだ。ベッドにうつ伏せ、ドキドキしながらアプリを開く。
 今電話できる? 
 最近忙しくて全然話せてないし、元気かな?って思って
 大沼が俺を気にしてくれてた。それだけですげえうれしくて、飛び上がるようにベッドの上に起き上がる。でも……なんか申し訳ねえし、怖いな。
 速攻でOKのスタンプを返そうとした手が、止まる。だけど、いい加減行動しなきゃダメだ、そう思ったばっかりじゃねえか。このままじゃ、俺のメンタルにもよくねえ。それになんと言っても、大沼の声が聞きたい。
 決意をこめて、力入れすぎだろってぐらいの勢いでスマホをタップ、スタンプを送る。返事をしてからほんの数十秒、早速着信。スマホの画面に表示される大沼清文って名前に、緊張しながら出る。
『なんか、久々って感じだね』
 電話に出た俺の声を聞いて、少し弾んだ声。
「お、おう。ついに担当持ったから、忙しくなっちまって」
 俺は立ち上がって、青いカーテンを開けた。窓も開けて換気する。
 窓の外、細い道を挟んでデカいマンション。俺の部屋は三階だから、視界はほとんどそのマンションだ。大沼は今、どんな風景を見ながら電話してるのかな。たまにはこうして、相手のことを思いながら声だけでやりとりするのもいいな。
『俺も月曜に、一人で取材対応することになってさ』
「ああ、どっかのサイトの記事だっけ? あれ、お前がやるんだ?」
 部長同士の話で知ってたのに、知らなかったふりで返事をする。
 うまく話せるか心配だとか、こういう準備をしたけど他にやっておいた方がいいことはあるかとか、そんなことを訊いてくる大沼。ずいぶん気合いを入れて準備したらしい。
 俺はアドバイスになるかもよく分からないけど、営業してて思ったことを話したり、大沼を励ましたりした。大沼の穏やかな声が俺の心を撫でていく。専務とのことが引っかかってても、大沼の存在は俺の心をツヤツヤのピカピカにしてくれる。やっぱり俺は、大沼が好きだ。 
 ひとしきり話したところで、一瞬の沈黙。そうだ、今こそ専務のこと訊かなけりゃ。
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