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ムカイが出ていくと、ケンはローテーブルの上のパソコンを操作し、音声の続きを再生させた。
『なにが食べたい?』
ごく普通に聞き返すダイスケ。ケンは吹き出しそうになった。妻子を人質にし、さらに自分を使い捨てにすると宣告された後で、そんな組織の人間にすら、この男は当たり前のように料理を作ってやろうとするのか。
『そうっスねえ、師匠のカルボナーラ超ヤバイっスよね。ピザのマルゲリータもうまかったし、この前シュウさんが来た時のイカ炒めたヤツとティラミスもまた食べたいなあ』
カズキの声は明らかに弾んでいた。ここでの暮らしが楽しかった、という言葉は嘘ではなさそうだ。シュウもこんなふうに、ダイスケに料理をねだっているのだろう。
『分かった、今言ったヤツ全部作ろうか』
『マジで? さすが師匠、じゃあ材料は俺』
ぶつり、とそこで唐突に音声は終わった。二人の「最後の晩餐」がいつなのかまでは分からず、舌打ちする。
救急車のサイレンが突然響き、去って行く。カズキが搬送されたのだろう。
カズキとダイスケのやりとりは、年齢差のせいなのか支配する側とされる側の会話とは思えなかった。カズキの生死をなんとも思ってなさそうな軽い口調。ダイスケもカズキといるうちに感覚がおかしくなってしまったのか、自分の生死にはこともなげだ。
ダイスケはおそらく銃などの武器も持っておらず、もうはなから逃げるつもりもないのかも知れない。それなら余計な手間が省ける。
「まあ、せいぜいなぶって殺してやるけどな」
鼻で笑うケンの顔に、暗い憎悪が浮かぶ。シュウとのことからも、ダイスケを絶対に許すつもりはなかった。自らめった刺しにし、返り血を浴びる自分を想像する。たとえシュウに恨まれようが、そのぐらいはやらないと気が済まない。
「カズキは店長をつけて病院にやりました。腹を刺されてますが、助かるでしょう」
しばらくして、ムカイが戻ってきた。言いながら社長室に入ってきたムカイの後ろで、若い者がドアを閉める。
「腹を?」
怪訝そうにケンが言うと、ソファに座ったムカイも強くうなずいて笑顔になった。
「カズキはスーパーの帰りに店の前でやられたようで、ずいぶんと混乱してましたよ。ちくしょうなんでだ、師匠の料理が食えねえって、何度もうめきながら言ってました」
「つまり、まったくの想定外だった?」
最後の一花は咲かない。ムカイの笑顔も、そういうことだろう。
「はい、音声の続きもお聞きになりましたよね?」
当然のように聞いてくるムカイに、ケンはうなずいた。
「カズキは、たぶんここ二、三日のうちに消えるつもりだったんでしょう。スーパーの袋には、二人の会話に出てきた料理が作れそうな食材が入ってました」
『なにが食べたい?』
ごく普通に聞き返すダイスケ。ケンは吹き出しそうになった。妻子を人質にし、さらに自分を使い捨てにすると宣告された後で、そんな組織の人間にすら、この男は当たり前のように料理を作ってやろうとするのか。
『そうっスねえ、師匠のカルボナーラ超ヤバイっスよね。ピザのマルゲリータもうまかったし、この前シュウさんが来た時のイカ炒めたヤツとティラミスもまた食べたいなあ』
カズキの声は明らかに弾んでいた。ここでの暮らしが楽しかった、という言葉は嘘ではなさそうだ。シュウもこんなふうに、ダイスケに料理をねだっているのだろう。
『分かった、今言ったヤツ全部作ろうか』
『マジで? さすが師匠、じゃあ材料は俺』
ぶつり、とそこで唐突に音声は終わった。二人の「最後の晩餐」がいつなのかまでは分からず、舌打ちする。
救急車のサイレンが突然響き、去って行く。カズキが搬送されたのだろう。
カズキとダイスケのやりとりは、年齢差のせいなのか支配する側とされる側の会話とは思えなかった。カズキの生死をなんとも思ってなさそうな軽い口調。ダイスケもカズキといるうちに感覚がおかしくなってしまったのか、自分の生死にはこともなげだ。
ダイスケはおそらく銃などの武器も持っておらず、もうはなから逃げるつもりもないのかも知れない。それなら余計な手間が省ける。
「まあ、せいぜいなぶって殺してやるけどな」
鼻で笑うケンの顔に、暗い憎悪が浮かぶ。シュウとのことからも、ダイスケを絶対に許すつもりはなかった。自らめった刺しにし、返り血を浴びる自分を想像する。たとえシュウに恨まれようが、そのぐらいはやらないと気が済まない。
「カズキは店長をつけて病院にやりました。腹を刺されてますが、助かるでしょう」
しばらくして、ムカイが戻ってきた。言いながら社長室に入ってきたムカイの後ろで、若い者がドアを閉める。
「腹を?」
怪訝そうにケンが言うと、ソファに座ったムカイも強くうなずいて笑顔になった。
「カズキはスーパーの帰りに店の前でやられたようで、ずいぶんと混乱してましたよ。ちくしょうなんでだ、師匠の料理が食えねえって、何度もうめきながら言ってました」
「つまり、まったくの想定外だった?」
最後の一花は咲かない。ムカイの笑顔も、そういうことだろう。
「はい、音声の続きもお聞きになりましたよね?」
当然のように聞いてくるムカイに、ケンはうなずいた。
「カズキは、たぶんここ二、三日のうちに消えるつもりだったんでしょう。スーパーの袋には、二人の会話に出てきた料理が作れそうな食材が入ってました」
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