31 / 61
3
3-5
しおりを挟む
レコーディングスタジオに足を踏み入れたシュウは、上げかけた声を飲みこんだ。ここではしゃいだら、ミーハーだとバカにされる。あくまでもプロとして、歌入れに臨まなくてはならない。
ここはキヨヒトのホームとも言える昔から使っているスタジオで、映像で見てシュウにも見覚えがあった。それでも、なにをどうするのかも分からないつまみやボタン、フェダーがずらりと並ぶミキシングコンソール、ガラスの向こうに見えるマイクといった光景に、興奮せずにはいられない。
「歌詞は入ってるな? あまり固くならずに、店のステージで歌うように歌えばいいからな」
今日はいよいよ、キヨヒトとデュエットする曲「たった一つの」の歌入れだった。キヨヒトが用意した曲は、シュウには予想外だったがバラードだった。シュウの声が一番きれいに響く音域を考えて作ったという。
あまり固くならずに、と言うキヨヒト自身、少しピリピリしているようだった。それも当然だろう。これはビジネスであり、賭けだ。しかもシュウの知る限り、キヨヒトが誰かと組んだ曲をリリースすることはこれまでなかったはずだ。
賭けられている自分は、期待に応えられるのか。自分なりに準備はしてきたつもりだが、さすがにシュウは緊張し手に汗をかいていた。
スタジオには、いつもそうなのか、それともシュウという正体不明の新人を迎え入れたからか、妙な緊張感が漂っている。キヨヒトのマネージメントスタッフとはすでに顔あわせをしていたが、レコーディングスタッフとは初めてだ。どれほどの実力があるのかまずは見ようじゃないか、といったところだろう。
「じゃあまず、ユニゾンであわせてみようか」
キヨヒトがスタッフ達へシュウを紹介しお互い挨拶した後、早速歌うことになった。キヨヒトに肩を抱かれるようにして、レコーディングブースに入る。
「大丈夫だ、実力であいつらをぶん殴ってやれ」
キヨヒトがささやく。キヨヒトもやはり、レコーディングスタッフ達の妙な空気感に気づいていた。
シュウはうなずき、喉を湿らすためにも持っていたペットボトルのミネラルウォーターを飲んだ。キヨヒトと一つのマイクを囲み、ヘッドホンをつける。キヨヒトがガラスの向こうに合図を出す。
イントロの繊細なピアノの音色。家でキヨヒトの仮歌を何度も聴きこみ、歌詞の意味を考えながら、いろいろな歌い方を試してみた。それがいよいよ形になる。
キヨヒトが書いた歌詞は、キヨヒト自身の心境とも、クラブで歌うシュウをモチーフにしたとも取れる、ステージでいくら拍手を浴びようが満たされない、ただ一人の愛が欲しいと求めるシンガーを描いていた。
今の自分のようで、胸が痛くなるほどの清らかなメロディと歌詞。感情移入しすぎないように歌うのもプロだろう。そう自分に言い聞かせる。
シュウは高鳴る胸を感じながら、大きく息を吸いこんだ。キヨヒトが大木なら、自分は大木に絡みつくツタだ。いつか浮かんだそのイメージで、伸びやかに歌う。時にはキヨヒトの歌声にまとわりつくように、ビブラートをきかせる。
ここはキヨヒトのホームとも言える昔から使っているスタジオで、映像で見てシュウにも見覚えがあった。それでも、なにをどうするのかも分からないつまみやボタン、フェダーがずらりと並ぶミキシングコンソール、ガラスの向こうに見えるマイクといった光景に、興奮せずにはいられない。
「歌詞は入ってるな? あまり固くならずに、店のステージで歌うように歌えばいいからな」
今日はいよいよ、キヨヒトとデュエットする曲「たった一つの」の歌入れだった。キヨヒトが用意した曲は、シュウには予想外だったがバラードだった。シュウの声が一番きれいに響く音域を考えて作ったという。
あまり固くならずに、と言うキヨヒト自身、少しピリピリしているようだった。それも当然だろう。これはビジネスであり、賭けだ。しかもシュウの知る限り、キヨヒトが誰かと組んだ曲をリリースすることはこれまでなかったはずだ。
賭けられている自分は、期待に応えられるのか。自分なりに準備はしてきたつもりだが、さすがにシュウは緊張し手に汗をかいていた。
スタジオには、いつもそうなのか、それともシュウという正体不明の新人を迎え入れたからか、妙な緊張感が漂っている。キヨヒトのマネージメントスタッフとはすでに顔あわせをしていたが、レコーディングスタッフとは初めてだ。どれほどの実力があるのかまずは見ようじゃないか、といったところだろう。
「じゃあまず、ユニゾンであわせてみようか」
キヨヒトがスタッフ達へシュウを紹介しお互い挨拶した後、早速歌うことになった。キヨヒトに肩を抱かれるようにして、レコーディングブースに入る。
「大丈夫だ、実力であいつらをぶん殴ってやれ」
キヨヒトがささやく。キヨヒトもやはり、レコーディングスタッフ達の妙な空気感に気づいていた。
シュウはうなずき、喉を湿らすためにも持っていたペットボトルのミネラルウォーターを飲んだ。キヨヒトと一つのマイクを囲み、ヘッドホンをつける。キヨヒトがガラスの向こうに合図を出す。
イントロの繊細なピアノの音色。家でキヨヒトの仮歌を何度も聴きこみ、歌詞の意味を考えながら、いろいろな歌い方を試してみた。それがいよいよ形になる。
キヨヒトが書いた歌詞は、キヨヒト自身の心境とも、クラブで歌うシュウをモチーフにしたとも取れる、ステージでいくら拍手を浴びようが満たされない、ただ一人の愛が欲しいと求めるシンガーを描いていた。
今の自分のようで、胸が痛くなるほどの清らかなメロディと歌詞。感情移入しすぎないように歌うのもプロだろう。そう自分に言い聞かせる。
シュウは高鳴る胸を感じながら、大きく息を吸いこんだ。キヨヒトが大木なら、自分は大木に絡みつくツタだ。いつか浮かんだそのイメージで、伸びやかに歌う。時にはキヨヒトの歌声にまとわりつくように、ビブラートをきかせる。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
嘘の日の言葉を信じてはいけない
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。
【完結】終わりとはじまりの間
ビーバー父さん
BL
ノンフィクションとは言えない、フィクションです。
プロローグ的なお話として完結しました。
一生のパートナーと思っていた亮介に、子供がいると分かって別れることになった桂。
別れる理由も奇想天外なことながら、その行動も考えもおかしい亮介に心身ともに疲れるころ、
桂のクライアントである若狭に、亮介がおかしいということを同意してもらえたところから、始まりそうな関係に戸惑う桂。
この先があるのか、それとも……。
こんな思考回路と関係の奴らが実在するんですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる