この街で

天渡清華

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 レコーディングスタジオに足を踏み入れたシュウは、上げかけた声を飲みこんだ。ここではしゃいだら、ミーハーだとバカにされる。あくまでもプロとして、歌入れに臨まなくてはならない。
 ここはキヨヒトのホームとも言える昔から使っているスタジオで、映像で見てシュウにも見覚えがあった。それでも、なにをどうするのかも分からないつまみやボタン、フェダーがずらりと並ぶミキシングコンソール、ガラスの向こうに見えるマイクといった光景に、興奮せずにはいられない。
「歌詞は入ってるな? あまり固くならずに、店のステージで歌うように歌えばいいからな」
 今日はいよいよ、キヨヒトとデュエットする曲「たった一つの」の歌入れだった。キヨヒトが用意した曲は、シュウには予想外だったがバラードだった。シュウの声が一番きれいに響く音域を考えて作ったという。
 あまり固くならずに、と言うキヨヒト自身、少しピリピリしているようだった。それも当然だろう。これはビジネスであり、賭けだ。しかもシュウの知る限り、キヨヒトが誰かと組んだ曲をリリースすることはこれまでなかったはずだ。
 賭けられている自分は、期待に応えられるのか。自分なりに準備はしてきたつもりだが、さすがにシュウは緊張し手に汗をかいていた。
 スタジオには、いつもそうなのか、それともシュウという正体不明の新人を迎え入れたからか、妙な緊張感が漂っている。キヨヒトのマネージメントスタッフとはすでに顔あわせをしていたが、レコーディングスタッフとは初めてだ。どれほどの実力があるのかまずは見ようじゃないか、といったところだろう。
「じゃあまず、ユニゾンであわせてみようか」
 キヨヒトがスタッフ達へシュウを紹介しお互い挨拶した後、早速歌うことになった。キヨヒトに肩を抱かれるようにして、レコーディングブースに入る。
「大丈夫だ、実力であいつらをぶん殴ってやれ」
 キヨヒトがささやく。キヨヒトもやはり、レコーディングスタッフ達の妙な空気感に気づいていた。
 シュウはうなずき、喉を湿らすためにも持っていたペットボトルのミネラルウォーターを飲んだ。キヨヒトと一つのマイクを囲み、ヘッドホンをつける。キヨヒトがガラスの向こうに合図を出す。
 イントロの繊細なピアノの音色。家でキヨヒトの仮歌を何度も聴きこみ、歌詞の意味を考えながら、いろいろな歌い方を試してみた。それがいよいよ形になる。
 キヨヒトが書いた歌詞は、キヨヒト自身の心境とも、クラブで歌うシュウをモチーフにしたとも取れる、ステージでいくら拍手を浴びようが満たされない、ただ一人の愛が欲しいと求めるシンガーを描いていた。
 今の自分のようで、胸が痛くなるほどの清らかなメロディと歌詞。感情移入しすぎないように歌うのもプロだろう。そう自分に言い聞かせる。
 シュウは高鳴る胸を感じながら、大きく息を吸いこんだ。キヨヒトが大木なら、自分は大木に絡みつくツタだ。いつか浮かんだそのイメージで、伸びやかに歌う。時にはキヨヒトの歌声にまとわりつくように、ビブラートをきかせる。
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