この街で

天渡清華

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 ありがとう、と言いながら店長の肩をたたき、すれ違いかけて、シュウは振り返った。
「きのう新しいシェフの料理食べたけど、すげえうまいね」
 店長は笑顔でうなずいた。これだけで、意図は伝わったはずだ。
 シュウはそのまま、地下の厨房の方へ回った。きのうの料理を作ったシェフの顔を見てみようと思ったのだ。
 厨房は広いが、新入りのシェフがどこにいるのか、すぐに分かった。入ってすぐの隅の方で真新しい白衣とコック帽を身につけて、魚をさばいている。
 鼻筋が通った、真剣な横顔。仕事に集中し、きつく結ばれた薄い唇。細い首。腰から下はステンレスの厨房用什器に隠れて見えないが、やせて背が高く脚も長い。年は五歳以上は上だろうか。
 まるで魚を愛おしむように丁寧に、しかし手早く作業する姿を、シュウは入口を数歩入った所に立ち止まったまま眺めた。なんとなく目が離せない。いい仕事をする人は仕事をする姿もきれいなのか、と思う。長い指の動きも、なんだか優雅だ。
「シュウさんっスよね? うちの師匠、かっこいいでしょ?」 
 いきなり、横からなれなれしい声。見ない顔だ。透き通るような茶髪に、よく整った顔立ち。スマートでしなやかそうな身体。年は二十代になったばかりというところか。かっこいいのはお前もだろ、と言いたくなる。
 そっと見ていたのを邪魔されて、シュウは少し不機嫌に言った。
「お前、あの人の弟子なの? ならなんで白衣着てねえんだよ?」
 視界の隅のシェフは、シュウ達に気づいていないのか作業を続けている。
 新入りのシェフを「うちの師匠」と呼んでおきながら、目の前の若い男はウエイターの制服を着ていた。しかもつけているのは、男女どちらにも身体を売るという目印の、赤いタイ。
「こっちの方が金がよかったんで」
 タイを指でたたきながらさらりと言い、男は微笑んだ。数歩進んで、作業台を挟んでシェフのそばに立つ。
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