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中編

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 毎日祈っていたら、目の前に魔王が現れた。

「まったくおまえは、毎日毎日毎日毎日呼びかけおって。おかげで我はおちおち休めないのだぞ」

 漆黒の艶めく髪を苛々しながらかき上げるその頭には雄々しく伸びた角が左右から覗き、瞳は血のように鮮やかな赤色。その光彩の中に縦長の瞳孔がのぞいている。

「おい、どうした。聖女ともあろう者が我に臆したか?」
(───はっ……!)

 もっと悪人面を想像していたところに、予想外に涼しげなイケメン顔が現れたので少し思考が飛んでいたぞ。危ない。

「えーと、あなたが魔王ってことで合ってます?」
「いかにも」
「私、あなたにお願いがあるんです」
「ほう、聖女が我に願い、とな。聞くだけ聞いてやろう」

 にやにやとしながらもこちらの出方を窺う魔王。
 私は、思っていたよりも寛大な魔王だ!と感動を覚えた。
 緊張で汗ばむ手をぐっと握りしめる。ここで失敗するわけにはいかない。この一世一代のチャンス、逃してなるものか。

「この国を滅ぼしてください!」
「……。は?」

 おや、聞こえなかったかな。ならばもう一度。
 もう一度大きく息を吸い込む。

「この国をどうか滅ぼしてください!いや、もう国王と神官長を特にヤッてくれれば、この国とかほんとどうでもいいんで!!」

 ぽかん───。
 私の心の吐露を聞いた魔王はその美しいかんばせをぴたりと固めた。

「……なんと。おまえのその言葉、本心からだな……」
「当ったり前じゃないですか!こちとら世界越えて拉致されたんですよ!しかも犯罪の片棒担がされてる感満載だし!」
「お、おお」
「ほんと、魔王でもなんでもいいから私を助けて!あいつらぶっ潰して!!!」

 今まで心の内に溜め込んでいたものが、自分のことを救えるかもしれない魔王に会った衝撃で口から全部出た。まあ、こんなものではまだまだ言い足りないのだけれども。
 興奮して荒ぶった息を少し整える。
 ふう、とようやく息を整えたところで肝心の魔王からのリアクションがまだないことに気がついた。

「え?魔王?聞いてた?」
「っ、あ、ああ」
「?」

 なんだか魔王の様子がおかしい。よく見ると魔王の肩が小刻みに震えている。
 そして次の瞬間───。

「っ、ふはははははは!」
「なっ」

 目の前で。クールイケメン顔の魔王が。大笑いをしている。
 私はもう脳内処理が一時追い付かなかった。それほどに、なんというかこう凄まじかった。

「ははははははっ。……っはーーー、こんなに笑ったのは初めてだ」
「それはそれは、良かったですね」

 随分と長いこと笑われ、私はというとすっかり不貞腐れていたのだった。


「いや、まさか聖女から人を滅ぼせと、ましてや我に本当に助けを求めるなどと。我に祈りを送ってくる時点でもとんでもないとは思っておったが、まさかこれほどとは」
「いや笑い事じゃないんで。死活問題なんで」

 なんか魔王に笑われ過ぎて、魔王に対して持っていた畏怖とか遠慮とか色んなものがどこかに吹っ飛んでしまったような気がする。

「いや悪い。だがおまえの真剣さは感じ取れた」
「それはどうも」
「そう拗ねるな。───そうだな、おまえに協力してやってもいい」

 偉そうに腕を組み、にんまりと両の目を細めてこちらを見据える魔王。
 あんまりにもあっさりと受け入れられたものだから、逆に今度はこちらが驚かされた。

「えっ、本当に!?」
「ああ」
「じゃ、なにか交換条件とか対価とかあるの!?あとから言われたって無効だから!」
「いや、特にはないな」
「ないの!?なんにも!?」

 うむ、と頷かれる。こちらとしては願ったり叶ったりだが無償タダほど怖いものはない。

「それはそれで怖いから。何でもいいから何かない?」
「そうだな……。ならばこの国を滅ぼした後は我が城へ来るか?」
「え?」
「おまえの魔力量なら我らと共にあっても問題なかろう。うむ、そうだな、それがいい」

 うんうんと一人で頷く魔王は良い案だ、とご満悦そうだ。
 置いていかれている私だが、まあ考えてみればこの国を滅ぼしてしまえば私には他に行き場もない。次の居住地が決まっていた方が、あと腐れなくやれるというものだ。

「……ん?どうした?」
「いや、助かります。ありがとう」

 ここは素直に礼を述べておく。
 すると、少し目を見開いて驚かれた。

「なに?」
「ああ、いや。……人族に感謝されるなどなかったものでな。奇妙な感じだ」

 ふーん、と納得する。確かにこの世界の人間は魔族、魔獣は絶対悪!という感じだった。対話する機会もなかったのかもしれない。

「まあ、私はこの世界の人間じゃないし?魔王でもなんでもいいから、この状況から助けてくれるなら別に誰でもいいし」
「ふっ、本当に面白い聖女だ」

 冴えた美貌に笑みが浮かび、雰囲気が柔らかくなる。とろりとした視線が自身に向けられ、血色の瞳孔に自分が映っていてくらりとする。
 油断すると、吊り橋効果も相まって惚れてしまいそうだ。危ない。

「さて、では作戦を練るとしようか」
「?作戦?」
「そうだ。ただおまえをここから拐うだけなど、生温いだろう?じっくり奴らを可愛がってやろうではないか」

 そう言って嗤う魔王は確かに魔王っぽいなと、そのとき私は逃避のように納得していた。










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