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第九話 月に泣く凶牙

トラブル三昧

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「ご、ごめんなさいナガレさん。あ、あまりにも面白くって……」
「謝るようなことじゃあないさ。それにサキミがそんなに大笑いするところ、初めて見たよ。もしかして最近調子が良いの? そういや杖を持ってないけど」
 そう聞くとサキミは「はい!」と言って、ナガレににっこりと笑いかけた。胸がときめく可愛い笑顔だ。
「足もだいぶ元気になってきて、杖なしでも歩けるようになったんです。ばあや……じゃなくてクレイさんに診てもらったんですけど、体の病気もすっごく良くなったらしいんです」
「マジか! そりゃ良かった! ……え、なんでクレイさんが? マディソンに見て貰えばいいのに」
 クレイさんは、ナガレ宅の世話焼きな家主さん。ただの老婆ではなく、意外と多趣味なのかもしれない。
「ま、いいや。足が治ったらどっか遊びに行こうぜ」
 そんな約束を取り付けようとしていた時……。

 ヒュン……。

 突然風が鳴いたような音がして、ナガレは振り返る。
「なんだ……って、うおぁっ⁉︎」
「きゃー⁉︎」
 なんといつのまにか、背後にジョーが立っていた! 裸足で水に浸かっているのに、服が濡れる様子はない。どうやらちょうど水が全く降りかからない場所に立っているようだ……すごい観察眼である。
「……流石だナガレ、よく気がついたな」
「どうでも良いわ! お前いつからそこに⁉︎ もしかしてオレとサキミが話し始めた時からか⁉︎」
「……いや、ついさっきだ。そんなことよりナガレ、マスターがお前のことを呼んでいたぞ」
「え、オレを?」
 それはすぐに行かなければならない。サキミと離れるガッカリさを隠して、ナガレは立ち上がる。
「オレ、行かなきゃ。それじゃあサキミ、またな! よっしジョー、オレについてこいっ」
「はい、いってらっしゃいませ」
 
 そう言って去っていくナガレ。ジョーはついて行こうとはせず、その後ろ姿を見つめていた。
「あなたは行かないのですか?」
「……俺は呼んでこいと言われただけだ。俺に用があるとは言っていない。……ではさらばだ」
 そう言って高く跳躍して空中で一回転、噴水の外に着地する。当然水が跳ねたのだが、サキミには一滴も降りかかることはなかった。


~☆~☆~☆~☆~☆~


 と言う訳で冒険者ギルドにやって来たナガレ。そこではいつものレンとアルクルが居て、片手を上げて挨拶してくれる。
「よう! ナガレ君!」
「む、来てくれたか。急に呼び出してしまってすまんのう」
「いやいや、良いってことです。で、どうしたんですか?」
 ナガレはそこら辺の椅子を引きずって来て、テーブルのそばに座る。
「あ、ナガレ君、それは……」
「え?」
 …………バキバキバキッ!
「どわぁっ⁉︎」
 なんと椅子の脚が綺麗にへし折れ、ナガレはひっくり返った。アルクルが「あちゃー……」と頭を抱える。
「……悪かった。それは今さっき補強しようとして、そこに置いといたんだ。言っとくべきだった」
「……ホントに金無いのな、このギルド」
 仕方がないと分かっていても、言いたくなるものである。
「私の話と言うのも、まさにそのことなのじゃ。先日話したギルドへのスポンサーなのじゃが、全く手応えナシって感じでのう……やっぱりウチは実績がなさすぎるから、見向きもしてくれぬ」
「うへぇ、マジですか……」
 ナガレは尻餅をついたまま「はぁ……」とため息を吐いた。
 いけすかないドラゴン頭のマッシバーから言われた条件は『人員の確保』『資金源の確保』『異変の元凶を突き止める』の三つ。来年の四月までに、このどれか一つでも達成できなければ、バッファロー冒険者ギルド支部は解散となってしまう。
「異変と言えば、この前ヘンなサラマンダーが出て来たんです。ジョーが最近教えてくれたんですけど、普通のサラマンダーは炎が紫なんかじゃない、赤色の火しか出さないらしいですね」
「うむ、それについては私も聞いておるのじゃ。参ったのう……ここ最近の収穫は、あのケンガ殿の加入くらいじゃ。しかし彼は所詮出張に過ぎぬ、正式なメンバーでもない……」
 そう聞いて、ナガレはニヤッと笑う。
「問題山積みですね」
「……ったく、困った冒険者だぜ全くよう」
「フッ、大したやつじゃ」
 それを見たレンとアルクルもニコッと笑った。無理なのは承知も上だ。しかしここで諦めては、マッシバーの思い通りになってしまう。どうせなら最後まで足掻いてやる……みんなそう考えているのだ。
「そんじゃ、今日はどうすんだ?」
「そうだな……サラマンダー素材を売っぱらったから、結構金があるんだ。今日は休もうと思ったけど気が変わった。もう一度タイガスに行ってみるよ」
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