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第八話 炎の化身
タイガスの目覚め
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朝日がさんさんと降り注ぐ、荒野の大都会タイガス。まだ朝っぱらで人の少ない冒険者ギルドでは、メイド服の女性職員二人がせっせとシーツを運んでいた。
「ふうふう、重たいです。先輩ちょっと手伝ってください~」
「我慢しなさい。お食事の片付けは誰がしていると思ってるの? ……それにしても、マスターは思慮深いお方ですこと。何週間も気絶してる人間に、毎日食事を差し入れるなんて……」
「え、皮肉ですか? マスターさん悪い人じゃなさそうですけど」
「そんなわけないでしょ。あの人を悪く言うなんてありえないわ。でも……気絶してるんだし、何も食べなくて当たり前じゃない。毎日ちゃんとパンを買ってきてるのに、これじゃ勿体無いわよ」
そんなことを話しながら、二人並んで廊下を歩いていく。
あの夜冒険者ギルドに、行方不明だったチームのメンバーであるツベースという冒険者が帰ってきて、もうすぐ一ヶ月になる。
毎日ギルドの職員がまるで介護のように服を整えたりシーツを変えたりしているが、彼は時々「うーん……」とうなされながらも、意識を取り戻すことはない。
「そろそろ目を覚ましてもおかしくなさそうですけど……心配ですー。お腹空かないんですかねー?」
「それで目が覚めた時のために、こうして毎回パンと水を持っていく必要があるのね」
ちなみにこれはギルドマスターのクリフによる指示である。何でも「いつ目を覚ますか分からない。でもその時、きっとお腹を空かせているはずだ」とのことである。
「ま、理由はいいですけど。ここの時給は結構良いし、次の収入でお洋服とか買っちゃおうかな~」
そんな雑談をしながら、二人はゲストルームへ入る……机と椅子とベッドくらいしかないシンプルな部屋は、いつも通りしんと静まり返っていた。外の音も入ってこないあたり、防音性も完璧だ。
「早くお布団変えちゃうから。ちょっと待っててちょうだい」
先輩の方がシーツを下ろし、そっとベッドの布団を捲った。ツベースは固く目を閉じている。
「起きてくださいね~。……って、そんなこと言っても無駄よね」
「先輩も冗談言うんですね」
呑気に会話しながら、掛け布団を引っぺがす。その時ふと、後輩があることに気付いた。
「……あれ? 先輩、お皿が空っぽですよ?」
元から置いてあったパンと水が無くなっている。しかし患者はなおも眠ったまま。
「誰かのイタズラかしら? 全く、食いしん坊なヤツもいたものね……」
呆れながら器用にシーツをめくろうとしたその時……。
ガシッ!
いきなり先輩の腕を、寝ていたはずのツベースが引っ掴む。突然のことに先輩は悲鳴を上げた!
「え……きゃあーーーーっ!」
「が……がぐ……!」
見れば必死の形相をしたツベースが、先輩の腕を強い力で掴んでいる。失踪する前の優男な風貌はどこにもなかった。
「やぁっ……だ、だめです! 体も洗ってないし下着もダサいし……」
「は、はわわ……」
「せ、せめて体を洗ってから……」
……お約束の如くモジモジする先輩と、顔を赤くしてじりじり後退する後輩。しかしツベースは胸ぐらを掴み上げ、その目を睨みつけた。掠れた声で叫ぶ!
「ここは、ど、こだ! ぐ、けほっけほっ……きょ、うは何、日だ!」
「ひぃぃっ⁉︎ こ、ここはタイガスのギルド! 今日は七月六日よ!」
凄まじい殺気に怯えながら答える先輩。するとツベースは「な、に⁉︎」と目をひん剥いて驚いた。そして先輩から手を離してしまう。
「ま、まず、い! 大変、だ! つ、伝え、ろ、今すぐ、に!」
「え、わ、わかりました! マスターに伝えます!」
「も、もう、三日も、過ぎて、る! ば、バッファ、ローの町、が、あ、危ない!」
「ふうふう、重たいです。先輩ちょっと手伝ってください~」
「我慢しなさい。お食事の片付けは誰がしていると思ってるの? ……それにしても、マスターは思慮深いお方ですこと。何週間も気絶してる人間に、毎日食事を差し入れるなんて……」
「え、皮肉ですか? マスターさん悪い人じゃなさそうですけど」
「そんなわけないでしょ。あの人を悪く言うなんてありえないわ。でも……気絶してるんだし、何も食べなくて当たり前じゃない。毎日ちゃんとパンを買ってきてるのに、これじゃ勿体無いわよ」
そんなことを話しながら、二人並んで廊下を歩いていく。
あの夜冒険者ギルドに、行方不明だったチームのメンバーであるツベースという冒険者が帰ってきて、もうすぐ一ヶ月になる。
毎日ギルドの職員がまるで介護のように服を整えたりシーツを変えたりしているが、彼は時々「うーん……」とうなされながらも、意識を取り戻すことはない。
「そろそろ目を覚ましてもおかしくなさそうですけど……心配ですー。お腹空かないんですかねー?」
「それで目が覚めた時のために、こうして毎回パンと水を持っていく必要があるのね」
ちなみにこれはギルドマスターのクリフによる指示である。何でも「いつ目を覚ますか分からない。でもその時、きっとお腹を空かせているはずだ」とのことである。
「ま、理由はいいですけど。ここの時給は結構良いし、次の収入でお洋服とか買っちゃおうかな~」
そんな雑談をしながら、二人はゲストルームへ入る……机と椅子とベッドくらいしかないシンプルな部屋は、いつも通りしんと静まり返っていた。外の音も入ってこないあたり、防音性も完璧だ。
「早くお布団変えちゃうから。ちょっと待っててちょうだい」
先輩の方がシーツを下ろし、そっとベッドの布団を捲った。ツベースは固く目を閉じている。
「起きてくださいね~。……って、そんなこと言っても無駄よね」
「先輩も冗談言うんですね」
呑気に会話しながら、掛け布団を引っぺがす。その時ふと、後輩があることに気付いた。
「……あれ? 先輩、お皿が空っぽですよ?」
元から置いてあったパンと水が無くなっている。しかし患者はなおも眠ったまま。
「誰かのイタズラかしら? 全く、食いしん坊なヤツもいたものね……」
呆れながら器用にシーツをめくろうとしたその時……。
ガシッ!
いきなり先輩の腕を、寝ていたはずのツベースが引っ掴む。突然のことに先輩は悲鳴を上げた!
「え……きゃあーーーーっ!」
「が……がぐ……!」
見れば必死の形相をしたツベースが、先輩の腕を強い力で掴んでいる。失踪する前の優男な風貌はどこにもなかった。
「やぁっ……だ、だめです! 体も洗ってないし下着もダサいし……」
「は、はわわ……」
「せ、せめて体を洗ってから……」
……お約束の如くモジモジする先輩と、顔を赤くしてじりじり後退する後輩。しかしツベースは胸ぐらを掴み上げ、その目を睨みつけた。掠れた声で叫ぶ!
「ここは、ど、こだ! ぐ、けほっけほっ……きょ、うは何、日だ!」
「ひぃぃっ⁉︎ こ、ここはタイガスのギルド! 今日は七月六日よ!」
凄まじい殺気に怯えながら答える先輩。するとツベースは「な、に⁉︎」と目をひん剥いて驚いた。そして先輩から手を離してしまう。
「ま、まず、い! 大変、だ! つ、伝え、ろ、今すぐ、に!」
「え、わ、わかりました! マスターに伝えます!」
「も、もう、三日も、過ぎて、る! ば、バッファ、ローの町、が、あ、危ない!」
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