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第三章 アイドルと怪異!7

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 この暗闇、半径が五メートルくらいだから(これが今の私の限界)、逃げようと思えばすぐ逃げられちゃう。

「逃げるのか?」って、時雨さんの声。
「はん。ばかが、逃げるのではない。少しでも不利な状況で戦う必要など……」

「黙れ、逃がすかっ! これまで手こずらせてくれた分、全力全開で撃ち込んでやる!」

 すうっ、と息を吸い込む音。
 そして。

「雷よ!」

 がおおおんっ!

 太陽よりも激しくて鮮やかな光が、ものすごい音とともに、一瞬だけ闇を切り裂いて私たちを照らす。

「ギエエエエエ……!」

 大きな叫び声がして、でも次第にか細くなって、やがて消えた。
 暗闇の中がしーんと静かになる。

「あいねさん」
「あっ、はいっ、時雨さん!? どの辺にいますか!?」

「終わりました。暗闇を解いてください」
「はいっ! 戻れっ!」

そう唱えると、練習との時と同じように、暗闇が嘘みたいに消えちゃった。
 明るい日差しの下で、黒い灰になったランド・ハーピーが、風に吹かれてさらさらと形をなくしていく。

「す、すごい、時雨さん……一発ですか」
「闇の中でなら溜めは一瞬で済みますし、威力もじゅうぶん出せます。ですが、あいねさん。あんな危ないことをしてはいけません。ハーピーの類はよく歌声で人を惑わせるんですが、こいつは、完全に戦闘に特化した怪異だったんですよ。一歩間違えたら……いや、ぼくがふがいないせいか……申し訳ありませんでした」

 時雨さんが頭を下げてくる。

「えっ!? そ、そんな! 頭を上げてください! 私はただ、……私にできることがあるなら、やってみたかっただけなんです。私のために戦ってくれてる人がいるのに、それをただ見てるだけなんて、できないですよ……」
「あいねさん……あなたという人は……」

 時雨さんが、私を見つめてくる。
 黒い、でも、光の粒が見える、透き通ったような目。
 きれいだな。……ずっと見ていたくなる……

 ぱんぱんぱん。
 手を叩く音。

「はーいはいはいはい。そこまでにしといてね。あたしもいるんだから。続きは二人っきりの時にすればいいでしょ」

 私はマリカちゃんのほうにぐりんって振り向く。

「ま、マリカちゃんっ!? なに言ってるの!?」
「それより、シュンも目が覚めたみたいだし。一件落着、かな?」

 マリカちゃんの横で、シュンくんが体を起こして、頭をふらふらさせてるのが見えた。

「シュンくん! 平気!?」
「う、おれ……一体……あの化け物は……」

 気分はよくないみたいだけど、とりあえずよかった。

「あいねさん。これを」
「え?」

 時雨さんに呼ばれて振り返ると、その手には、悪魔のカードがある。

「あ、それ、もしかして」
「ランド・ハーピーのものです。あいねさんは、なかなか能力の使い方がお上手ですね。あまり怪異と直接戦っては欲しくないですが、武器は多いほどいいでしょう。これもお持ちください」

「あ、ありがとうございますっ。これ、どんな能力だろう?」
「ハーピーなので、魅了ではないでしょうか」

「み、魅了……」
「簡単に言えば、あいねさんが超もってもてになります。同年代の男子であれば、ほとんどはひとたまりもなくあいねさんのとりこになるでしょうね。もっとも、ぼくはそんな能力がなくても、あいねさんへの好感度は天井知らずですが」

 そっか。
 ハーピーの魅了の能力。それでシュンくんにつけいって、シュンくんの人気が能力のおかげだって思わせて、とり憑いてた。
 ……あんまり、好きになれそうにない能力だな……
 今、さらっと時雨さんに恥ずかしいことを言われたような気もするけど、気にしないでおこう。

「あ、おや、失礼しました。これは魅了ではなくて、気配察知の能力ですね」
「えっ」

 時雨さんに渡されたカードをまじまじと見る。

「……あいね、なにがっかりしてんのよ」
「が、がっかりはしてないっ!」

 時雨さんはあたりを見回して、

「周囲には危険はないようですが、シュン殿が落ち着かれるまでの間、ためしに使ってみてはいかがです?」
「うーん、それじゃ……ランド・ハーピー!」

 カードを掲げて唱えてはみたけど、空を飛んだり暗闇を作るみたいな変化は、起きない。
 あれ? 今カード使ったよね?
 くるっと首を巡らせて、マリカちゃんを見てみたら、その形のいい頭の周りに、ふわふわとした雲みたいなものがいくつか浮いてた。
 雲はどれも白じゃなくて、いろんな色がついてる。
赤が少しと、オレンジや緑も混じっていて、一番大きな雲は青一色。
……これが、気配察知?

 シュンくんも見てみる。
 こっちは赤と青の色が同じくらいで、オレンジ色が一番多い。小さいピンクの雲もあった。
 確かに、この雲がランド・ハーピーの能力みたいなんだけど……。

「うーん、よく分からないですね……カラフルな雲が、みんなの頭の周りに浮いてるんですけど……赤とか青とかピンクとか……」

 そう言った私に、時雨さんが横に立って答えてきた。

「おそらくその色は、相手があいねさんに対して抱いている気持ちを表しているのでしょう。ランド・ハーピーはそのうち敵意の色を見極めて、ぼくの攻撃を察知していたんでしょうね」
「うう、説明書が欲しいです……青とかオレンジってなんなんだろう……」

 マリカちゃんが、ふいっとシュンくんのほうを見た。
 すると、雲の色が変わって、赤とピンクがふわっと増える。

「マリカ殿やシュン殿は、あいねさんに好感を抱いているでしょうから、二人に共通しているのは善意、好意、友情、親しみ……などでしょうか」
「な、なんだかそう言われると照れますけど。でもこれ、人の考えてることを勝手に見てるみたいで、ちょっと……」

 そう言って、私は隣に立つ時雨さんを見た。

「えっ!?」
「はい? ぼくがなにか?」

「あ、い、いえっ! なんでもないんですけどっ」

 時雨さんの雲の色は、青、緑、オレンジが少しずつ混ざったものと。
 それよりなにより、ほかの色を圧倒して、ピンク色の大きな雲がどーんって頭の上に浮かんでた。

 な、なんだろう。ピンクってなんなの?
 しもべとして、主人を思う気持ち? でも、私を見てる時のシュンくんの雲にもちょっとピンクが見えるから、違うだろうと思う。

「あいねさん?」

 時雨さんが心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
 あの透き通った瞳と目が合った。
 こうなると、ぼーっとしそうになっちゃうんだよね。もしかして、時雨さんこそ魅了の能力がつかえるんじゃ?

「わ、私、もう少しうまく使いこなせるまで、このカードあんまり使わないでおこうかなっ」

 そう言って、能力を解除して、スマホにカードを吸い込ませた。
 みんなの頭の上の雲が消える。

「あいね……」

 シュンくんが、ガルちゃんの背中から降りて屋上に立った。
 よかった、顔色がよくなってる。

「おれ、ずいぶん、迷惑かけちゃったみたいだな。君にも、マリカにも、ほかのみんなにも……」

 申し訳なさそうに目を伏せるシュンくんに、後ろからマリカちゃんが声をかける。

「まあ、怪異のせいって言っても、ちょっかい出してた女の子たちには謝っておきなさいよ。うちのメンバーにも絡んでたんだからね、あんた」
「ま、マリカちゃんっ」

「いいんだ、あいね。その通りだよ」

 マリカちゃんは、ツインテールの右の髪をぱしんと手で払って横を向きながら、済まなそうにしてるシュンくんに言った。

「まあでも、あたしたちのお仕事って、誰にも迷惑かけてばっかりいるんだし。まじめにちゃんと謝れば、今回くらいは許してくれるんじゃないの」

 マリカちゃんなりに、シュンくんがアイドルを続けられるように、励ましてくれてるんだな。
 そうだよね、二人は同じお仕事をしてる同士だもん。
 私は、なに言っていいのか分からないな……。

「あいねからもなんか言ってあげなさいよ」
「えっ? わ、私っ?」

 たった今、なに言っていいか分からないと思ってたところだったのに?

「え、えーと、シュンくんは、すごく立派だと思うよ! まだ中学生なのに、アイドルとしてお仕事して、たくさんの人を元気にして……ってそうだ、アイドルになったのって、私がきっかけだったんだよね?」

 ぐっ、とシュンくんが息をのんでのけぞる。
 なぜかマリカちゃんが、おお、って言ってにんまりしてた。その横で、なぜかキエロもにこにこしてる。

「そんなの全然知らなかった……! 私、芸能人ってなってみたいなっていう憧れはあったけど、人を元気づけたくてアイドル目指すなんて、すごいよ! シュンくんみたいな友達がいて、私とっても誇らしい!」
「友達……ああ、そうだな。おれも、あいねみたいな友達がいて、うれしいよ。前からずっと、そう思ってた」

 わあ。
 今やテレビに出てるシュンくんにそう言ってもらえるなんて、変な気分だな。

「今、おれたち、新しく動画もいろいろ撮り始めてるんだ。編集が終わったら順々にアップしていくけど、今までにやってたのよりずっと見栄えのいい、かっこいい仕上がりになると思う。見てるだけで楽しくなるような、元気になれるアイドルになるよ」
「うんっ。シュンくんなら、絶対できるよ!」

 こんなにシュンくんと話すの、久しぶりだな。
 今日こうして会えなかったら、シュンくんがもし怪異にとり憑かれたままだったら、どうなってたんだろう。
 それを考えると、ちょっと怖くなる。
 私が知らないだけで、そんなふうにして悪いほうへ行っちゃって、取り返しがつかなくなってることも、たくさんあるのかもしれない。

 ふと見ると、時雨さんがガルちゃんの大きな頭をなでてた。
 吸血鬼の王子様。そして、私のしもべ。
 ……しもべ、だなんて。
 私のほうが、助けられてばっかりなのに。
 どうしてだろう。
 目も合ってないのに、時雨さんを見てると、胸がきゅっと痛んだ。

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