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第二章 怪異との闘い!4
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私はがばっと頭を下げる。
「す、すみませんっ! 私今日、特になにもないのに呼び出したりしてっ!」
「あ、いえ、吸血鬼のぼくより、いきなり半吸血鬼化したほうが体調のバランスのくずれを強く感じるものなんです。それに、ぼくはいいかげん慣れてますから。頭を上げてください、あいねさん。今は僕よりも……」
そうだ。
メイっ。
私はもう一度時雨さんに頭を下げてから、ベッドに駆け寄った。
「メイ、大丈夫!?」
「あいね……あたし……パパとママが、おかしくなってから、ずっとあいねに相談したくて……でもなんでだか、できなかったんだ……それどころか、あいねを逆恨みしたりして……」
メイがふらふらと体を起こすのを、私が抱きとめた。
「いいんだよ、そんなの。おじさんとおばさんは?」
「昨日のクリスマスにも帰ってこなくて……その前の日は、ママがあたしを叩こうとしたり……。でも、よく分からなかったけど、今、あいねがあたしのこと、助けてくれたんだよね?」
いや、私も少しは役に立ったかもだけど、ほとんど時雨さんが。
ふと後ろを見ると、時雨さんが人差し指を唇に当てて、しーっとやってた。
メイは時雨さんが見えてないみたい。さっき石田くんには見えてたみたいだから、今はたぶん、時雨さんはわざと姿を消してるんだ。
もしかして、私に怪異退治の手柄を譲ってくれるつもりなのかも。
ううん、でもね時雨さん、そういうわけにはいかないよ。
「メイ、信じてもらえないかもしれないけど、さっきまでこの部屋には怪異がいたんだよ。私は、吸血鬼の時雨さんていう人の力を借りただけなの。時雨さん、メイに姿を見せてあげてください」
時雨さんは、ふうと息をついた。
すると、メイが「えっ!? きゅ、急に現れた!? ……吸血鬼!?」と言って時雨さんを見つめる。
「わあ、か……かっこい……じゃなかった、あなたとあいねがあたしを助けてくれたんですか? あ、ありがとうございますっ」
時雨さんがこほんと咳払いした。照れてるのかな。珍しく、かわいいところ見ちゃった気がする。
「いえ、あいねさんのしもべとして当然のことをしたまでです」
「あいねの……しもべ……?」
ああっ、よ、余計なことをっ。
メイが「しもべ? どういうこと?」って、私と時雨さんをきょろきょろと見比べる。
「な、なんでもないの! それより、これでもうメイの家は大丈夫だよ! おじさんとおばさんもきっと元通りになるからね!」
それから、少し荒れた部屋の片づけを手伝っていると、時雨さんが床からなにか拾ってるのが見えた。
なんだろう?メイの私物ではないみたいだから、その場では聞かずにおいたけど。
メイの家を出ると、ガルちゃんが道路の真ん中で待ってくれてて、「キュー!」って鳴いた。
……これ、車とか来たらどうなるんだろう。ガルちゃんの体すり抜けるのかな。ちょっと見てみたいかも。
「では、帰るとしましょうか。どうぞ、あいねさん」
時雨さんに手を引いてもらって、ガルちゃんの上にまた乗った。
もっふり。
うーん、本当に柔らかくて、座り心地がいい。
そしてガルちゃんが、来た時と同じで、ゆっくりと浮かび上がっていく。進む先は、私の家のほうだ。
「そうだ、時雨さん。さっきメイの部屋で拾ってたの、なんなんですか?」
「ああ。あれは、人間界では悪魔のカードと呼ばれているものです。退治された怪異が、時々落とすんです」
悪魔のカード?
「ほら、これです」
時雨さんが、トランプみたいな二枚のカードを見せてくれた。
どっちも一面は真っ黒で、もう一面に、さっきのスカイ・イビルとダーク・インプが印刷されてる。
「このカードには、倒した怪異の能力が、ランダムで宿るんです。そしてカードを持つ者は、その能力を使うことができる。今回は、スカイ・イビルが空を飛ぶ能力。ダーク・インプのほうは、暗闇を作り出す能力のようですね。それなりに便利かもしれません。では、どうぞ」
時雨さんが、カードを二枚とも私に差し出した。
「え? ……どうぞ?」って?
もしかして、これを、私に? でも……
時雨さんが首をかしげる。
「これはあなたのものですよ、あいねさん」
「ええっ? いいんですか? なんていうか、ただの人間の私が持ってて?」
「むしろ、人間が持っているほうが使い道があるんじゃないでしょうか。ぼくは自分の能力があれば、たいていのことには対処できますし」
「で……でも、空が飛べるなんてかなりすごくないですか? ほんとに私が持ってていいのかな……」
「飛べるといっても、鳥のように自由自在にとはいかない程度のものです。あくまで怪異からの借り物の能力ですから。まあ、ジェットコースターがてっぺんで止まっても自力で助かることができる、くらいの気休めにはなるでしょう」
「たとえが特殊すぎてぴんと来ないですけど……じゃ、じゃあ、ありがたくいただきます」
でもこんなもの、どこに持ってたらいいんだろう。
お財布の中? とか?
「ああ、置き場所ですか? では、いつもあいねさんが身に着けているものはなにかありますか?」
「お財布以上に身に着けてるもの……となると、スマホかな?」
私はスマホをスカートのポケットから取り出した。
空の上で落とさないようにしないと。
「では、このカードをこうして、その機械に当てると――」
時雨さんがスマホの画面にカードを重ねるように置くと、悪魔のカードは二枚とも、スマホに吸い込まれるみたいにすうっと消えちゃった。
「――こうして、ものに宿すことができます。能力を使う時は、その機械を手に持って、怪異の名前を叫べば発動します。お時間のある時に、練習してみるといいですよ。ところで、いかがです?」
え?
「いかがって、なにがですか?」
「あいねさん、ゆうべ、ご自分になんの才能もとりえもない、なんておっしゃっていましたが」
「うっ……今にして思うと、卑屈すぎますよね……」
でも、本当のことでもあるんだもん。
「それが今や、怪異を吸血鬼の力で倒し、空飛ぶうさぎに乗り、悪魔のカードで怪異の力をも手に入れたわけですけど。これは、立派な特徴ではありませんか? ほかに同じことができる人はそうそういないでしょう」
「そ、それはそうですけど!? でも、ほとんど……というか全部、時雨さんのおかげじゃないですかっ? それを、私の長所みたいには思えないですよ!?」
時雨さんは腕組みして、うんうんとうなずいてる。
目を閉じているので、まつげが長いのがよく分かった。
「奥ゆかしい人だ……」
「いや、私だって、自分の力で空を飛べれば、『飛べる女子中学生なんて私一人だー!』って得意になってますけど」
ガルちゃんの上から、町を見下ろす。
私の家には、もうすぐ着いちゃうな。
時雨さんといると、時間の流れを早く感じることが、よくある気がするんだよね。
「しもべの持つ力は、主人であるあいねさんのお力だと思えばいいのですよ」
「お、思えませんよ……。あ、でも、それじゃあ」
私は、名案をおもいついた漫画のキャラクターみたいに、ぽんと手を打った。
「はい、それじゃあ?」
「時雨さんて、わたしの、し、……しもべなんですよね?」
自分から言うとすごくえらそうだけど。
「その通りです」
「てことは、私がご主人様ですね?」
「それもその通りですね」
「世の中のご主人様って、王様とか、貴族とか、そういう偉い人だったりしますよね」
「立派な人であることは多いでしょうね」
「偉い人って、自分の領地の人たちとかを、幸せに暮らさせてあげる人たちですよね? 特に、王様なんてそう」
「まったくです」
「なら、私は、そうなります」
時雨さんが目をぱちくりとさせた。
「時雨さん、今まで大変だったんですよね。だから私、もう時雨さんに寂しい思いとか、悲しい思いをさせないご主人様になります。そうなれたら、それは、私だけのとりえだと思えますから。……だめでしょうか?」
変かな。
ていうか、吸血鬼のしもべがいる中学生っていうのがとっても変なんだろうとは思うけど。
「……時雨さん?」
私は、黙っちゃった時雨さんの顔を斜め下から見上げた。
すると時雨さんは、「おお……」みたな小さい声を出して、右手で口を押さえた。
「ど、どうしたんですか?」
「なんという高貴で思いやりあるお心……! ぼくがあいねさんのしもべになったのは、あなたを守るために都合がよかったからですが、今改めて思います、あなたに出会えて、しもべになって、本当によかった……!」
「あの……あんまりしもべしもべって言われるの、抵抗ありますよ……!?」
「はっ、すみません。しかし、すでにあいねさんは、手から雷を出したり空を飛んだりすることよりも、ずっと優れた才能をお持ちですよ……!」
し、時雨さんて、人をほめる時に全力を出すタイプなのかも。
下をちらっと見ると、もう私の家の真上に着くところだった。
やっぱり、行く道よりも、もっと時間が短く感じたな……。
「時雨さん、私、そんな才能が自分にあるなんて、簡単には思えないんですけど」
「あいねさん、……」
「でも、本当にそうだとしたら、時雨さんのおかげだと思います。時雨さんがいなかったら……」
時雨さんがいなかったら、絶対そんなふうには思えませんでした。これからもずっとそばにいてくれたらうれしいです。
そう言いかけて、はっとした。
私はもう、時雨さんといるのが楽しくて、しもべなんてやめてもずっとそばにいてほしいと思ってる。
そう伝えたいな。
でも、うまく言葉にならないんだ。
ガルちゃんが、「きゅきゅー!」って鳴いて、うちの前に着陸した。
時雨さんが私の手を引いて、
「どうぞ、ご主人様」
って言って、地面に下ろしてくれた。
しもべっていうより、王子様に見えますよ、時雨さん。
あ、王子様なんだっけ。
手をつないでる間、すごく顔が熱くなって、恥ずかしかった。
■
そんなことがあって、私は、年末に結構あわただしい数日を送ることになった。
本当に私はこのあたりの怪異の中で有名になっちゃったみたいで、歩いていて怪異に出会うと「あっ!」みたいな顔をされるし(私はすっかり怪異が見えやすくなっちゃった)、私を探して襲い掛かってくる怪異も現れるようになっちゃったんだ。
珍しく早く帰ってきたお母さんと出かけたら、川の近くでカッパみたいな怪異に襲われたし、鳥に似た怪異が木の上からじーっとこっちを見てることもある。
それを全部、時雨さんが駆けつけて素早く追い払ってくれた。
追い払うだけでやっつけてはないので、あれ以来悪魔のカードは増えてないけど、私としては今までとそんなに変わらない生活ができてるだけで、すごくありがたい。
そんなこんなで、大晦日の前の日。
夜帰ってきたお母さん(いつも年末ぎりぎりまでお仕事だ)がテレビを見ながら、ぽつりと言った。
「シュンくん、すごいわねえ。テレビに出てるじゃない」
「ほんとだ……なんだか、遠い世界の人みたい」
「もう、あいねがサインくださいって言ってもくれないかもよ?」
「あはは、そうかも。そういえばもう、一年くらい会ってないな」
テレビの中では、今年を代表する歌の賞に選ばれた人たちが出てる特番が流れてた。
そこに出てる男子アイドルグループの中に、私の知った顔がある。
私がクラスでからかわれて、居場所がなくなっていくみたいに感じてた時、メイともう一人、私と仲良くし続けてくれた男の子。
今はテレビの中で、有名な司会の男の人に話しかけられてる。
「いやー、アジアツアーお疲れさまでした! シュンくんはまだ中学生だよね!? 学校だとさぞもてるんだろうねー!」
飛倉俊也くん。あだ名は、シュンくん。
人気アイドルグループ「サニーパレス」の最年少メンバーだ。
「いや、全然そんなことないです、おれなんて」
シュンくんが、ぱたぱたって手を横に振った。少しグレーに染めた長めの髪が、少し揺れる。
すると横にいたアイドルの女の子が、ツインテールの髪を揺らして、にこにこしながら話に入ってきた。
「シュンくんって意外にまじめなんですよ! うちのグループの女の子が仲良くしようよって言っても、でれでれしなくてクールなんです」
シュンくんが慌てて、
「それが普通だろっ」
と答えるけど。
「えー、普通はもっとうれしそうにするよお。うちらかわいいもん!」
それで出演者の人たちが笑い出す。
女の子はアイドルだけあって、かなりかわいい……最近人気があるグループの子で、確か私やシュンくんと同い年だったと思う。
シュンくんて、こんなかわいい子に囲まれてても、落ち着いてるのかな。すごいなあ。
それにしても、男子アイドルになるって聞いた時はびっくりしたけど、本当になって、しかもテレビに出るようになるなんて。
司会者の人が、笑いながらさらにシュンくんにマイクを向ける。
「じゃあ、もしかしたら、芸能界じゃないところに、気になる子でもいるのかなあ?」
アイドルってこういう変な質問されるんだよね……と思いながら、私はテーブルの上の、つやつやしたみかんをひとつ手に取る。
皮に爪を立てると、シュンくんが、
「……まあ、そんなところです。気になるだけで、好きとかではないんだと思うんですけど」
なんて言って、テレビの中から大きな歓声が上がった。
へえ、シュンくん、そんな子いるんだ。全然知らなかったな。
私はみかんを一粒つまんで口に入れる。甘酸っぱくて、元気が出た。
一方で、シュンくんは、なんだか今までより元気がないように見えた。肩のところに黒っぽいモヤが見えた気がする。
忙しそうだもんね、大丈夫かな、って少し気になっちゃった。
「す、すみませんっ! 私今日、特になにもないのに呼び出したりしてっ!」
「あ、いえ、吸血鬼のぼくより、いきなり半吸血鬼化したほうが体調のバランスのくずれを強く感じるものなんです。それに、ぼくはいいかげん慣れてますから。頭を上げてください、あいねさん。今は僕よりも……」
そうだ。
メイっ。
私はもう一度時雨さんに頭を下げてから、ベッドに駆け寄った。
「メイ、大丈夫!?」
「あいね……あたし……パパとママが、おかしくなってから、ずっとあいねに相談したくて……でもなんでだか、できなかったんだ……それどころか、あいねを逆恨みしたりして……」
メイがふらふらと体を起こすのを、私が抱きとめた。
「いいんだよ、そんなの。おじさんとおばさんは?」
「昨日のクリスマスにも帰ってこなくて……その前の日は、ママがあたしを叩こうとしたり……。でも、よく分からなかったけど、今、あいねがあたしのこと、助けてくれたんだよね?」
いや、私も少しは役に立ったかもだけど、ほとんど時雨さんが。
ふと後ろを見ると、時雨さんが人差し指を唇に当てて、しーっとやってた。
メイは時雨さんが見えてないみたい。さっき石田くんには見えてたみたいだから、今はたぶん、時雨さんはわざと姿を消してるんだ。
もしかして、私に怪異退治の手柄を譲ってくれるつもりなのかも。
ううん、でもね時雨さん、そういうわけにはいかないよ。
「メイ、信じてもらえないかもしれないけど、さっきまでこの部屋には怪異がいたんだよ。私は、吸血鬼の時雨さんていう人の力を借りただけなの。時雨さん、メイに姿を見せてあげてください」
時雨さんは、ふうと息をついた。
すると、メイが「えっ!? きゅ、急に現れた!? ……吸血鬼!?」と言って時雨さんを見つめる。
「わあ、か……かっこい……じゃなかった、あなたとあいねがあたしを助けてくれたんですか? あ、ありがとうございますっ」
時雨さんがこほんと咳払いした。照れてるのかな。珍しく、かわいいところ見ちゃった気がする。
「いえ、あいねさんのしもべとして当然のことをしたまでです」
「あいねの……しもべ……?」
ああっ、よ、余計なことをっ。
メイが「しもべ? どういうこと?」って、私と時雨さんをきょろきょろと見比べる。
「な、なんでもないの! それより、これでもうメイの家は大丈夫だよ! おじさんとおばさんもきっと元通りになるからね!」
それから、少し荒れた部屋の片づけを手伝っていると、時雨さんが床からなにか拾ってるのが見えた。
なんだろう?メイの私物ではないみたいだから、その場では聞かずにおいたけど。
メイの家を出ると、ガルちゃんが道路の真ん中で待ってくれてて、「キュー!」って鳴いた。
……これ、車とか来たらどうなるんだろう。ガルちゃんの体すり抜けるのかな。ちょっと見てみたいかも。
「では、帰るとしましょうか。どうぞ、あいねさん」
時雨さんに手を引いてもらって、ガルちゃんの上にまた乗った。
もっふり。
うーん、本当に柔らかくて、座り心地がいい。
そしてガルちゃんが、来た時と同じで、ゆっくりと浮かび上がっていく。進む先は、私の家のほうだ。
「そうだ、時雨さん。さっきメイの部屋で拾ってたの、なんなんですか?」
「ああ。あれは、人間界では悪魔のカードと呼ばれているものです。退治された怪異が、時々落とすんです」
悪魔のカード?
「ほら、これです」
時雨さんが、トランプみたいな二枚のカードを見せてくれた。
どっちも一面は真っ黒で、もう一面に、さっきのスカイ・イビルとダーク・インプが印刷されてる。
「このカードには、倒した怪異の能力が、ランダムで宿るんです。そしてカードを持つ者は、その能力を使うことができる。今回は、スカイ・イビルが空を飛ぶ能力。ダーク・インプのほうは、暗闇を作り出す能力のようですね。それなりに便利かもしれません。では、どうぞ」
時雨さんが、カードを二枚とも私に差し出した。
「え? ……どうぞ?」って?
もしかして、これを、私に? でも……
時雨さんが首をかしげる。
「これはあなたのものですよ、あいねさん」
「ええっ? いいんですか? なんていうか、ただの人間の私が持ってて?」
「むしろ、人間が持っているほうが使い道があるんじゃないでしょうか。ぼくは自分の能力があれば、たいていのことには対処できますし」
「で……でも、空が飛べるなんてかなりすごくないですか? ほんとに私が持ってていいのかな……」
「飛べるといっても、鳥のように自由自在にとはいかない程度のものです。あくまで怪異からの借り物の能力ですから。まあ、ジェットコースターがてっぺんで止まっても自力で助かることができる、くらいの気休めにはなるでしょう」
「たとえが特殊すぎてぴんと来ないですけど……じゃ、じゃあ、ありがたくいただきます」
でもこんなもの、どこに持ってたらいいんだろう。
お財布の中? とか?
「ああ、置き場所ですか? では、いつもあいねさんが身に着けているものはなにかありますか?」
「お財布以上に身に着けてるもの……となると、スマホかな?」
私はスマホをスカートのポケットから取り出した。
空の上で落とさないようにしないと。
「では、このカードをこうして、その機械に当てると――」
時雨さんがスマホの画面にカードを重ねるように置くと、悪魔のカードは二枚とも、スマホに吸い込まれるみたいにすうっと消えちゃった。
「――こうして、ものに宿すことができます。能力を使う時は、その機械を手に持って、怪異の名前を叫べば発動します。お時間のある時に、練習してみるといいですよ。ところで、いかがです?」
え?
「いかがって、なにがですか?」
「あいねさん、ゆうべ、ご自分になんの才能もとりえもない、なんておっしゃっていましたが」
「うっ……今にして思うと、卑屈すぎますよね……」
でも、本当のことでもあるんだもん。
「それが今や、怪異を吸血鬼の力で倒し、空飛ぶうさぎに乗り、悪魔のカードで怪異の力をも手に入れたわけですけど。これは、立派な特徴ではありませんか? ほかに同じことができる人はそうそういないでしょう」
「そ、それはそうですけど!? でも、ほとんど……というか全部、時雨さんのおかげじゃないですかっ? それを、私の長所みたいには思えないですよ!?」
時雨さんは腕組みして、うんうんとうなずいてる。
目を閉じているので、まつげが長いのがよく分かった。
「奥ゆかしい人だ……」
「いや、私だって、自分の力で空を飛べれば、『飛べる女子中学生なんて私一人だー!』って得意になってますけど」
ガルちゃんの上から、町を見下ろす。
私の家には、もうすぐ着いちゃうな。
時雨さんといると、時間の流れを早く感じることが、よくある気がするんだよね。
「しもべの持つ力は、主人であるあいねさんのお力だと思えばいいのですよ」
「お、思えませんよ……。あ、でも、それじゃあ」
私は、名案をおもいついた漫画のキャラクターみたいに、ぽんと手を打った。
「はい、それじゃあ?」
「時雨さんて、わたしの、し、……しもべなんですよね?」
自分から言うとすごくえらそうだけど。
「その通りです」
「てことは、私がご主人様ですね?」
「それもその通りですね」
「世の中のご主人様って、王様とか、貴族とか、そういう偉い人だったりしますよね」
「立派な人であることは多いでしょうね」
「偉い人って、自分の領地の人たちとかを、幸せに暮らさせてあげる人たちですよね? 特に、王様なんてそう」
「まったくです」
「なら、私は、そうなります」
時雨さんが目をぱちくりとさせた。
「時雨さん、今まで大変だったんですよね。だから私、もう時雨さんに寂しい思いとか、悲しい思いをさせないご主人様になります。そうなれたら、それは、私だけのとりえだと思えますから。……だめでしょうか?」
変かな。
ていうか、吸血鬼のしもべがいる中学生っていうのがとっても変なんだろうとは思うけど。
「……時雨さん?」
私は、黙っちゃった時雨さんの顔を斜め下から見上げた。
すると時雨さんは、「おお……」みたな小さい声を出して、右手で口を押さえた。
「ど、どうしたんですか?」
「なんという高貴で思いやりあるお心……! ぼくがあいねさんのしもべになったのは、あなたを守るために都合がよかったからですが、今改めて思います、あなたに出会えて、しもべになって、本当によかった……!」
「あの……あんまりしもべしもべって言われるの、抵抗ありますよ……!?」
「はっ、すみません。しかし、すでにあいねさんは、手から雷を出したり空を飛んだりすることよりも、ずっと優れた才能をお持ちですよ……!」
し、時雨さんて、人をほめる時に全力を出すタイプなのかも。
下をちらっと見ると、もう私の家の真上に着くところだった。
やっぱり、行く道よりも、もっと時間が短く感じたな……。
「時雨さん、私、そんな才能が自分にあるなんて、簡単には思えないんですけど」
「あいねさん、……」
「でも、本当にそうだとしたら、時雨さんのおかげだと思います。時雨さんがいなかったら……」
時雨さんがいなかったら、絶対そんなふうには思えませんでした。これからもずっとそばにいてくれたらうれしいです。
そう言いかけて、はっとした。
私はもう、時雨さんといるのが楽しくて、しもべなんてやめてもずっとそばにいてほしいと思ってる。
そう伝えたいな。
でも、うまく言葉にならないんだ。
ガルちゃんが、「きゅきゅー!」って鳴いて、うちの前に着陸した。
時雨さんが私の手を引いて、
「どうぞ、ご主人様」
って言って、地面に下ろしてくれた。
しもべっていうより、王子様に見えますよ、時雨さん。
あ、王子様なんだっけ。
手をつないでる間、すごく顔が熱くなって、恥ずかしかった。
■
そんなことがあって、私は、年末に結構あわただしい数日を送ることになった。
本当に私はこのあたりの怪異の中で有名になっちゃったみたいで、歩いていて怪異に出会うと「あっ!」みたいな顔をされるし(私はすっかり怪異が見えやすくなっちゃった)、私を探して襲い掛かってくる怪異も現れるようになっちゃったんだ。
珍しく早く帰ってきたお母さんと出かけたら、川の近くでカッパみたいな怪異に襲われたし、鳥に似た怪異が木の上からじーっとこっちを見てることもある。
それを全部、時雨さんが駆けつけて素早く追い払ってくれた。
追い払うだけでやっつけてはないので、あれ以来悪魔のカードは増えてないけど、私としては今までとそんなに変わらない生活ができてるだけで、すごくありがたい。
そんなこんなで、大晦日の前の日。
夜帰ってきたお母さん(いつも年末ぎりぎりまでお仕事だ)がテレビを見ながら、ぽつりと言った。
「シュンくん、すごいわねえ。テレビに出てるじゃない」
「ほんとだ……なんだか、遠い世界の人みたい」
「もう、あいねがサインくださいって言ってもくれないかもよ?」
「あはは、そうかも。そういえばもう、一年くらい会ってないな」
テレビの中では、今年を代表する歌の賞に選ばれた人たちが出てる特番が流れてた。
そこに出てる男子アイドルグループの中に、私の知った顔がある。
私がクラスでからかわれて、居場所がなくなっていくみたいに感じてた時、メイともう一人、私と仲良くし続けてくれた男の子。
今はテレビの中で、有名な司会の男の人に話しかけられてる。
「いやー、アジアツアーお疲れさまでした! シュンくんはまだ中学生だよね!? 学校だとさぞもてるんだろうねー!」
飛倉俊也くん。あだ名は、シュンくん。
人気アイドルグループ「サニーパレス」の最年少メンバーだ。
「いや、全然そんなことないです、おれなんて」
シュンくんが、ぱたぱたって手を横に振った。少しグレーに染めた長めの髪が、少し揺れる。
すると横にいたアイドルの女の子が、ツインテールの髪を揺らして、にこにこしながら話に入ってきた。
「シュンくんって意外にまじめなんですよ! うちのグループの女の子が仲良くしようよって言っても、でれでれしなくてクールなんです」
シュンくんが慌てて、
「それが普通だろっ」
と答えるけど。
「えー、普通はもっとうれしそうにするよお。うちらかわいいもん!」
それで出演者の人たちが笑い出す。
女の子はアイドルだけあって、かなりかわいい……最近人気があるグループの子で、確か私やシュンくんと同い年だったと思う。
シュンくんて、こんなかわいい子に囲まれてても、落ち着いてるのかな。すごいなあ。
それにしても、男子アイドルになるって聞いた時はびっくりしたけど、本当になって、しかもテレビに出るようになるなんて。
司会者の人が、笑いながらさらにシュンくんにマイクを向ける。
「じゃあ、もしかしたら、芸能界じゃないところに、気になる子でもいるのかなあ?」
アイドルってこういう変な質問されるんだよね……と思いながら、私はテーブルの上の、つやつやしたみかんをひとつ手に取る。
皮に爪を立てると、シュンくんが、
「……まあ、そんなところです。気になるだけで、好きとかではないんだと思うんですけど」
なんて言って、テレビの中から大きな歓声が上がった。
へえ、シュンくん、そんな子いるんだ。全然知らなかったな。
私はみかんを一粒つまんで口に入れる。甘酸っぱくて、元気が出た。
一方で、シュンくんは、なんだか今までより元気がないように見えた。肩のところに黒っぽいモヤが見えた気がする。
忙しそうだもんね、大丈夫かな、って少し気になっちゃった。
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