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第一章 クリスマスの吸血鬼!2

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「私だって、好きで一人でクリスマスにほっつき歩いてるんじゃないんですっ! 終業式の前に、友達とケンカしちゃって……そのまま冬休みに入っちゃったから、どうしようかなーって悩みながら、家でうじうじしてるのもなーっと思って、せめてにぎやかなところに来たのに! は、はぐれ者でなにがいけないんですかっ!」

 半泣きでそうまくしたてる私に、ごほんと咳払いをしたサルが、あらためて言ってきた。

「あ、あー。まあ、いろんな事情があるじゃろう。しかしな、霊力を持った人間の、しかも非力な子供が、護衛もつけずにおるなどというのはな。わしら怪異にしてみれば、とって食ってくれと言われとるのと変わらんのだ。……お前は、少しばかり、運が悪かったな」

 それを合図に、四方向にいた人影たちが、じりっと私のほうに近づいてきた。

「たっ……? 食べられちゃうんですか……? 私……?」
「おう。人の肉なんぞうまいもんでもないが、霊力持ちとなれば話は別よ」

 どうしよう。
 こんな、わけが分からないうちに、一方的に食べられる? 本当に?
これから? 私が? ……食べられる?

 先頭のあたりにいたいくつかの人影が顔を上げた。
 その顔は人間みたいだった。
 でも、異常に口が大きかったり、目が赤かったり、突き出した手の爪がナイフみたいに長くて鋭かったり。
 人間みたいなだけで、絶対、人間じゃない。
 怪異……

 ひゅっ、とのどが鳴った。
 そして、

「や……やだあああああっ!」
「いやもおうもないわ、行くぞお前ら、早い者勝ちじゃ!」

 逃げなきゃ。
 そう思うのに、足がすくんで動かない。
 だめだ。こんなの、どうしようもないよ。
 とうとう、四方から、お化けたちが飛びかかってきそうになった時。

「やめておきませんか」

 静かな声が響いた。
 男の人、だと思う。落ち着いていて、穏やかな声。
 夜空を見上げる。
 ぽかんとした顔のサルも上を見てる。
 空から、一つの人影がゆるやかに降ってきた。
 それは私の前に着地した。

 真正面で、目と目が合う。
 どきっとして、「ひえっ……」と変な声が漏れた。
 月明りしかなくても、顔立ちがはっきりと分かった。私より二歳か三歳年上の少年だ。
 黒髪で、切れ長の目、細いあご。白いっていうより、青白い肌。
 ものすごくきれいな男の子だった。
 服装は黒ずくめで、冬にしてはあまり着こんでないけれど、長袖のボタンシャツ(胸にフリルの装飾がある)も、細身のパンツも、靴まで全部が黒い。
 中学で、かっこいいってよくうわさになってる、バスケット部の部長より、ずっと格好いい。こんな人、アイドルとかでしか見たことない。

「ぼくは、この女の子は食べるべきではないと思います」

 男の子は、すぐ目の前の私をまっすぐに見つめたまま言った。

「そっ? それは、ありがとう……ございます?」

 しどろもどろにそう言った私とは逆に、まわりの怪異――っていうの?――たちは、大声で騒ぎだす。

「てめえ、時雨、なに言ってやがる!」
「せっかくの霊力持ちを、お前、まさか逃がすつもりじゃねえだろうな!」
「いや、こいつ娘を独り占めしようとしてんじゃねえのか!?」

 低くて迫力のある声が、十字路にこだました。

「わ、わっ、わっ!?」

 慌てる私に、時雨って呼ばれた男の子は、くるりと背中を向けた。そして周りから私をかばうように怪異たちをにらみつけてる。それが、背中越しでも分かった。

「独り占めなどしません。ただ、ぼくは、自分より弱い者を傷つけるようなことはしないと誓いました。この子を食べなくても、ぼくたちは飢えるわけではない。いいではないですか、見逃してやりましょう」

 どうも、この人は、私を助けようとしてくれてるっぽい。
 ……そして、怪異たちは、それがものすごく気に入らないらしい。

「霊力持ちを目の前にして、そんなわけにいくかあっ! 時雨、そこをどけ!」

 牙をむき出しにして叫ぶ怪異たちに、私の足がすくんだ。
 鳥肌が立って、体は固まっちゃうのに、力が入らないよ……。
 転びそうになって、つい、前にいた時雨さんの背中に手をついちゃった。
 時雨さんは少しだけ振り返って、小さな声で「大丈夫」って言った。

 そこへ、犬の顔をした人影が、うなりながら走ってきた。
 これは明らかに、私か、時雨さんを狙ってる。
 大きく口を開けた犬人間が、時雨さんの肩に嚙みつこうとした時、時雨さんがさっと身をかわして、同時に犬人間の足を払った。

「ぐべえっ!?」

 それを合図にしたみたいに、ほかの人影も、中には人じゃなくて四本足の動物みたいなのもいたけど、五匹くらいの怪異が一斉に時雨さんに襲いかかった。
 でも時雨さんは落ち着いた様子で、二匹を蹴り飛ばして遠くにやり、もう二匹は片手ずつでつかんで投げ飛ばし、残った一匹(これが四本足だった)はそのまま踏みつけた。
 あっという間に五匹ともやっつけちゃった時雨さんに、残った怪異たちがたじたじとしてるのが分かる。

「すごい……」って、こんな状況なのに思わずため息が出ちゃった。

 すると、怪異の中から、和服を着た背の高いおじいさんがとことこと歩いてきた。
 ……普通の人間に見えるけど……たぶん、違うんだと思う。よく見ると、白目が不自然なくらい鮮やかに黄色いよ……。

「時雨。本気か。霊力持ちがおれば、さらって食らう。それが我らのならいであろう。それを否定するというのだな」
「強き祓い師を打倒し、それを食らうというのなら分かります。しかしこのような、年端もいかない無力な女子をというのは」

「……ふん。よかろう。好きにするがいい」

 おじいさんの言葉に、怪異たちがざわめく。
 時雨さんが、すっとお辞儀をした。

「はい。オサ、お聞き届けいただきありがとうございます」
「その代わり、時雨。お前とは今日限りだ」

 驚いた時雨さんが、ぱっと顔を上げた。
 その表情は後ろにいる私からは見えなかったけど、すごく動揺してるのは伝わってくる。

「どういうことですか? オサ?」
「吸血鬼の王族でありながら、家族も城も失ったお前が、日本で転々としていると聞き、わが群れに拾ったのは、その力が役に立つと思ったからよ。だがそうしてわれらの足並みを乱すのならば、お前を我らの群れに留め置く理由はない」

 さっき蹴り飛ばされたり投げられたりした怪異たちが、こくこくってうなずいてる。

「ばかな。ぼくはオサに拾われてからこの一年、あなたの群れに忠実に尽くしてきたつもりです。この群れがぼくの新しい家族だと、そう言ってくれたではありませんか」
「残念ながら、お前はその家族よりも小娘をとるのだろう。ならばこちらにも考えがあるということよ」

 おじいさんは、ぱっと後ろを振り向くと、右手を挙げた。

「さあお前ら、これより時雨は、はぐれ者だ。霊力持ちを食えんのは口惜しいが、あやつへの最後の土産と思ってくれてやれ。行くぞ」
「お、お待ちください! オサ、みんな! ぼくは、この群れを、ぼくのこの世で最後の家族だと思って……居場所を転々としてきたぼくにようやく帰る場所がやっとできたと、どれだけうれしかったことか!」

 歩き出しかけたおじいさんが、首だけでこっちを振り返る。

「ほお。では、今からでも構わん。その娘を、我らに差し出すか?」
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