29 / 51
第29話 第七章 シバカタロウ 3
しおりを挟む
当然というかさすがというか、綾花の教え方は上手かった。ちんぷんかんぷんで苦手だった数学が、次第に面白くなって行った。
前日に理解できなかった問題を翌日に解いた時に、綾花は特に嬉しそうに笑った。その笑顔は、日に日に眩しくなって行った。
同情でも、愛着でもなく、俺は女としての綾花に、どんどん惹かれて行った。
季節はやがて、秋になった。
昼休みの事務所のテーブルで、俺は綾花と参考書を広げていた。
すぐ隣の綾花の整った横顔はきれいで、いい匂いがした。
綾花に、好きだ、と告げた。
綾花は驚いて俺を見て、そのまま動きを止めた。
答を待たずに、俺は綾花の小さな唇に自分のそれを重ねた。綾花は、逃げなかった。
「……俺、キスするの初めてなんだけど。今ので、合ってる?」
「あ、……合ってると思うけど。て言うか、ま、間違ってるやり方ってどんな――……」
「キスって、合意の上でやるもんだよな。それも含めて、今の、合ってる?」
まっすぐに向き合ったまま、言葉は止まった。
やがて、見詰め合ったままの綾花の目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
綾花は、小さくうなずいた。何度も何度も、繰り返し、うなずいた。
それから俺達は、店の外で二人っきりで会うようになった。
俺は毎日を浮かれて過ごすようになり、天気のいい日は屋上で授業をサボり、綾花と会えない日は用も無いのに第四文芸部の部室に乗り込んで、本など読まずに調子よくくっちゃべった。
綾花と、結婚したい。そう思った。
あの両親の血を受け継いでまともな家庭を築ける自信などなかったから、俺は子供の頃から、自分は一生結婚などしないものだと決め付けていたはずなのに。
彼女の空虚を、別のもので埋めてやりたい。俺と一緒にいることで、少しでも楽になって欲しい。
他の誰にもできなくても、俺にならやれるはずだと信じた。
不愉快な家での暮らしの中で、人生なんて下らないと思ったことは、無かったわけじゃ無い。でも、そんなもののために死んだりするのも、真っ平ごめんだった。
俺なりの幸福を手に入れるまで、死んでたまるものか。その思いは、綾花と出会ってなお強くなった。
生き抜いてやる。綾花と。俺達の、俺達のための人生を。
そう思った。
前日に理解できなかった問題を翌日に解いた時に、綾花は特に嬉しそうに笑った。その笑顔は、日に日に眩しくなって行った。
同情でも、愛着でもなく、俺は女としての綾花に、どんどん惹かれて行った。
季節はやがて、秋になった。
昼休みの事務所のテーブルで、俺は綾花と参考書を広げていた。
すぐ隣の綾花の整った横顔はきれいで、いい匂いがした。
綾花に、好きだ、と告げた。
綾花は驚いて俺を見て、そのまま動きを止めた。
答を待たずに、俺は綾花の小さな唇に自分のそれを重ねた。綾花は、逃げなかった。
「……俺、キスするの初めてなんだけど。今ので、合ってる?」
「あ、……合ってると思うけど。て言うか、ま、間違ってるやり方ってどんな――……」
「キスって、合意の上でやるもんだよな。それも含めて、今の、合ってる?」
まっすぐに向き合ったまま、言葉は止まった。
やがて、見詰め合ったままの綾花の目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
綾花は、小さくうなずいた。何度も何度も、繰り返し、うなずいた。
それから俺達は、店の外で二人っきりで会うようになった。
俺は毎日を浮かれて過ごすようになり、天気のいい日は屋上で授業をサボり、綾花と会えない日は用も無いのに第四文芸部の部室に乗り込んで、本など読まずに調子よくくっちゃべった。
綾花と、結婚したい。そう思った。
あの両親の血を受け継いでまともな家庭を築ける自信などなかったから、俺は子供の頃から、自分は一生結婚などしないものだと決め付けていたはずなのに。
彼女の空虚を、別のもので埋めてやりたい。俺と一緒にいることで、少しでも楽になって欲しい。
他の誰にもできなくても、俺にならやれるはずだと信じた。
不愉快な家での暮らしの中で、人生なんて下らないと思ったことは、無かったわけじゃ無い。でも、そんなもののために死んだりするのも、真っ平ごめんだった。
俺なりの幸福を手に入れるまで、死んでたまるものか。その思いは、綾花と出会ってなお強くなった。
生き抜いてやる。綾花と。俺達の、俺達のための人生を。
そう思った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
神隠しの子
ミドリ
ホラー
【奨励賞受賞作品です】
双子の弟、宗二が失踪して七年。兄の山根 太一は、宗二の失踪宣告を機に、これまで忘れていた自分の記憶を少しずつ思い出していく。
これまで妹的ポジションだと思っていた花への恋心を思い出し、二人は一気に接近していく。無事結ばれた二人の周りにちらつく子供の影。それは子供の頃に失踪した彼の姿なのか、それとも幻なのか。
自身の精神面に不安を覚えながらも育まれる愛に、再び魔の手が忍び寄る。
※なろう・カクヨムでも連載中です
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる
登場する怪異談集
初ノ花怪異談
野花怪異談
野薔薇怪異談
鐘技怪異談
その他
架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。
完結いたしました。
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる