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春休み編

第10話

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「さっきの杖ついた男、いただろ? 玄関まで出て来てくれたヤツ」
「ああ……確か祐介さんでしたっけ。優しそうな人でしたね」
「まあな。俺よりもずっとお茶のセンスがあって、立ち振る舞いもスマートなんだ……」

 市川の表情が少し翳った。それを見て、ここから先はややデリケートな話なのだということを悟った。

 夏樹は慎重に言葉を選び、声のトーンを落として聞いた。

「……祐介さんって、先生のお兄さんなんですか?」
「いや、弟だ。腹は違うし、誕生日も九ヶ月しか違わないから友達に近いけどな」
「えっ……」
「俺、今は『真田性』を名乗ってるけど、本当は家元の嫡出子じゃないんだよ。平たく言うなら妾の子な。だから最初は『市川慶喜』って名前だったんだ。うちは代々世襲制でさ……跡継ぎの男児を作らないといけないから、家元もかなり必死でな。だから今でも、本妻の他に妾を何人か囲ってたりするんだ」
「は、はあ……」

 随分と古風な話だな、と思った。今時、本妻だの妾だの、そんなややこしいシステムをとっている家があるのか。

「まあそんなわけで、うちは家系図だけでも結構複雑なんだ。親戚も多いし、つき合いもたくさんあるが……さすがに一気に全部は説明しきれないから、とりあえず俺が『非嫡出子』で、さっきの祐介が『嫡出子』ってことを理解しといてくれ」
「はい……わかりました」

 夏樹は素直に頷いた。

 どれだけ複雑な家系なのかはわからないけど、家元には家元特有の事情があるのだ。跡継ぎがいなくなるのも困るし、世襲制も崩したくはない。

「今時じゃないなぁ」とは思うけれど、それがこの家の伝統なら、外部の人間が口出しすることではない。
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