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第3話 女神の悪夢

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まだ生きているのか不思議だった。
支配者は、「何故赤子を殺し自殺しようとした」と女に問うた。
震える声で女は真実を告げた。
「いらない。あれはあるべきではないもの。私も本当はいらないもの」
「私を死なせて」「私を解放して」
女は懇願した。これ以上存在したくなかった。
男は不思議に穏やかな表情をした。
「駄目だ。お前は生き続けろ。果てまで」
狂った男は醜い思いと美しい思いを両方女に抱いた。
哀れな女。哀れな女神とされた玩具。哀れな子ども。醜い劣情と、奇妙な愛慕。庇護欲。親のような感覚。
壊れた醜い人形のような女を狂った男は愛おし気に抱擁した。
「お前の名前は?」
はじめて狂った男は女に囁いた。
「無い。名前は無い。」
狂った男は笑ってじゃあナナシと名付けようと破顔した。
男は「ボーン」と言った。骨とも駒、兵士とも呼ばれる名前だと言った。
高らかに笑って、男は女に告げた。
「お前を妻にしよう。お前は俺の妻になるのだ。」
親のように愛おし気に、狂った男はナナシの世話をした。過保護に世話をした。猫のリタはいなくなっていた。
狂った男の元で、ナナシは誰よりも女神のように性人形のように歪に愛された。
彼女は深く諦念して運命を受け入れた。
狂った男と、穢れ神の一部の女は家族となった。
深い深い河の底に沈むような感覚を味わった。
やがてボーンは最も醜い世界の王となった。その伴侶は、生きているのが不思議な体だった。
皮肉にも女はまた奇跡の女神と言われた。
悪夢の世界で、醜い王と奇跡の王妃と謳われた。
滑稽で馬鹿馬鹿しい遊園地で踊っているような人生だった。
母親の記憶が時折、奇跡の女神に蘇る。

「私の母は穢れ神。最も強い神によって滅ぼされた。なのに、母はまた再生した。私は母の一部でもある。最も醜い狂った男を夫にした。王の伴侶となった。」
「あらゆる欲の果て。それはどこにある?」

狂った男は夫は高らかに伴侶に告げた。
「ここに決まっているではないか。あらゆる欲望を極めた王国。すべてから解放されたいというのは究極の欲望だ」
「人間の最終的な果ての思い。欲望。渇望。」
「だが、できないだろう。個として生まれたからには、それぞれの自我。運命。使命。存在というものが枷となる。
邪魔となる。お前も本物以上に美しい女神として奇跡の女神として謳われた。」
「可愛いナナシ。お前がお前である限り、こうなったのだ。運命は河のように海のように流れ続ける」
「お前は死んでも蘇る。 永遠に不滅な存在。そしてお前と関わった存在も形は違えと巡り合うだろう。」
「われもまた不滅な存在よ。ボーンは凡人であり、ありふれた狂った男。凡は梵とも呼ばれた。」
梵 ボン。 宇宙の原理。
梵我一如
宇宙の原理と、我という個体の原理は一体である。
ありふれた特別なところはどこにもにない偶々才能があった男は、醜い世界で生き延び、狂いながらも存在した。
ナナシという奇妙なこども。穢れ神の一部である偽りの女神は、女以上に美しくなり、だれよりも魅力的な女神となった。
狂った男はナナシに惚れた。惹かれた。ナナシを女神として崇めた。
存在を残したかった。子どもをつくればとても面白くなる。まさかナナシが子どもを殺すとは思わなかった。
ナナシは自分を存在してはいけないものと定義した。
馬鹿だな。本当は何もないのに。存在理由などない。ただあるからあるのだ。
ナナシは誰よりも狂って正常だった。可愛いナナシ。可愛い子。揺らぎが生じる。
可愛い子。お前が望むなら何でもしてあげたい。お前が解放されたいなら解放してあげたい。
でも存在するからには存在するしかない。

ボーンもまたあるがままに生きる。


狂った偉大な科学者は、王は永遠の命はほしくないかと尋ねた。王は高らかに笑った。
「こんな世界に永遠に縛られるのはごめんだ。妃も死ぬとき連れて行く。」
「妃は全てから解放されたがっていた。俺も一緒に。」

偉大な科学者は、狂った王と王妃に魅入られていた。
宇宙を司る原理の象徴。 奇跡を司る女神。
幾重にも円環が回り続ける世界。すべてを偉大な科学者は知りたかった。
知識欲にとりつかれていた男。

塵と屑から生まれた人間。その頭から奇妙な法則。奇妙な真理が生まれる。
他の動物、生き物たちの世界も円環の世界を築いていた。
円環は完全なるものとしての形。
歪み,瑕疵のある球体は、どこか不完全で、愚劣な悍ましいものを生み出すことがあった。
穢れ神はそこから生まれたのかもしれない。

偉大な科学者は未知の探求へ踏み出した。
王と王妃の細胞を密かに採取し、組み合わせて新しい人工子宮を作って赤子を生み出した。
動物のような人間のような機械のような植物のような森羅万象のような子どもが,宙に浮いて赤子のように回り始めた。
かすかにヘドロのような死の匂いも纏いついていた。 どこか神々しくも禍々しい異形の神。
黒い髪、紫水晶の瞳は虚ろな瞳をしていた。 穢れ神によく似ていたが、底知れぬ怒りと悲しみは無い。
無感動。無表情。 すべての感情がなかった。心或いは意識がなかった。 まだ生まれていない子だからだ。
魂がないのだ。

奇跡を司る女神は、王と自分の子がつくられたことを、赤子からの念話できいていた。
女神ははらはらと泣いた。自分の赤子はつらい運命を背負うかもしれない。
始めて普通の母親のように子どもを深く思い、心配した。そして予言した。
「いつかお前を偽りなく抱擁するものがあらわれたら奇跡はおきるかもしれない」
そのものが現れることを祈ろう。女神は母親として一心に祈り続けた。
奇跡の女神と言われる者でさえも祈るのだ。
奇蹟はおきるのだろうか? 本物の神の力で為される不思議な出来事は?

この狂った男と女の物語をぼくは見守った。ぼくも神だったけどもうあまり力はない。唯見守るだけだ。
神とは見守ることしかできない。

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