冥府の花

栗菓子

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第7話 地獄 クラ編

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ここは地獄だ・・虐殺と戦争が過ぎ去った今、生き残った民たちは、己の生を絶望した。
発狂する者も居れば、略奪にかかる蛮人もいる。
かつて栄えた都や、劇場、神像を崇拝する儀式場は崩れ落ち、ほとんど焼け落ちていた。黒い眼窩のような物体がごろごろ転がっていて、精魂尽き果てたといった痛ましい風情だった。

それでも人は生きている限り、腹が減る。人々は、残された食料や品物を探し求めて、歩き回った。
重度のけが人を医院の焼け跡の近くに運び、風通しの良い場所へ移動させ、奇跡的に焼け残った包帯や、薬、僅かな布で傷あとを酒で消毒し巻いた。辛うじて残っていた井戸の中の水を布に含ませて口に寄せたら息絶えた人も居た。

家族や親戚、知人を訪ね回っている迷い子や、探し人も数知れなかった。
やがて人々は焼け跡に一つの木でできた掲示板を創り、そこに居場所を描いた紙を無数に貼った。家族の人物画を張った人もいた。

焦土の上に焦げた板を敷きならべ、壊れた品物を並べ売りますと叫ぶ俄か商人が現れた。
その逞しさによってはした金で或る程度食料を手に入れられた者達は数知れない。
だがまっとうな人ばかりではない。この災厄に悪事を働く者は多い。
孤児になった子どもを人身売買したり、売春や強盗、窃盗、暴力、殺害など荒廃しきった事件が起きた。
恐れた民たちは、自衛団をつくり、更なる戦いへと駆り立てられた。

せっかく救われた命なのに無駄に奪われることも度々あった。
それに憔悴する民もいて、酒や麻薬に没頭し廃人同様になる者は枚挙にいとまなかった。
クラという浮浪児はそんな時代に生まれたため、昏い時代と名付けたのだ。
死が濃厚すぎる時代だった。戦に負けた民たちは悲惨な末路を遂げた。悲鳴と断末魔に満ちた世界だった。
クラはギラギラと底光りする目で、警戒しながら浮浪児の仲間と離れずに縄張りを警備していた。
一番年嵩のマサルは料理担当の番なので、仲間たちの食事を汗水たらして作っているだろう。
得体のしれない肉塊、鳥の骨、芋、根菜など様々なかき集めた僅かな食料を鍋で煮立ててスープを作っていた。はじめは当惑していたが、慣れるとさほどまずくはない。
一番若い餓鬼のシンはそのスープを真似て1杯いくらで他の人に売ろうかと商魂たくましかった。
通常では、売れない粗悪な蒸留酒も大金で売れるようになった。時代が闇に満ちていたのだ。追剥も多く、粗末な服も豪華な服も飛ぶように売れた。
クラはそんな騒乱と混沌と闇に満ちた時代を過ごした。
戦に負けたといえ、前時代の身分階級制度に従った経営システムは引き継がれ、名前は変化しても連続して続いていた。
クラは、そんな歴史に従って、その世界で這い上がることに決めた。クラには何もない。地盤となるもの、血脈ともいえるルーツも不明だからだ。
一番弱い持たざる子どもたちは病や悪い大人の弾圧で精神的にも肉体的にも痛めつけられ苦しんで亡くなった。
クラは、仲間の悲惨な死を見るたびに、揺るぎない権力を欲した。
闇の試合でクラと見知らぬ子どもは短刀をもって殺しあっていた。
大人の闘犬試合の代用だった。恐らく犬は食料として喰われたのだろう。
クラは生き延びるために、子どもを殺した。同じ境遇にあった同胞を殺し続けた。殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ俺がやられる。
クラは必死で短刀で我武者羅に殺し続けた。相手が息絶え寸前になってもクラは容赦なかった。
ふと、息絶えた子どもに涙が流れていたのを見てクラはいきなり衝撃を受けた。
嗚呼ここは地獄だ。ここは地獄だ。
クラにもやっと大人たちの愚痴や絶望が少し分かった。
それでもクラは生きるために殺し続ける。その生き方しか許されなかったからだ。
地獄でも花が咲くかな。
マサルは時折寂しそうに呟いていた。
シンは黙っていた。
クラには二人が分からなかった。
三人とも同じ境遇、世界にいるのに、何もかも違う景色をみているようだった。
例えようもない寂寥感がクラを襲った。

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