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36 剣術大会2

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新入生が、それぞれ教室に帰っていく。そんな中、ラザリーさんがいないとまたクラスメイトが騒いでいる。帰りもクラスごとに帰るのだが、彼女は消えたらしい。

先生の目が険しく、充血しているため怖さを引き立てている。
「まだ入学して一週間なのに、何故問題ばかり起こすの!?」
と発狂していた。
本当にまだ一週間、ラザリーさんってレオナルド王子に夢中だと、応援の様子だけでわかるけど、その情熱無双ってどこからくるのかな。


教室についてもラザリーさんはもちろんいない。早く席がえをしてほしい。最近何か言われたわけではない。いつ彼女の勢いの旋風に巻き込まれるのではないかと考えるのも嫌で怖い。

剣術大会の昂ぶる気持ちで、お嬢様風の猫被りが先程しっかり剥がれている。
クラスメイトが
「ミルフィーナ様は、レオナルド王子様の応援ではなかったのですね?」
と言われドキッとした。

先程誤魔化したが、この令嬢達もどうしよう。

「兄様の友人であるヒョーガル王子様を応援しておりました」
「優勝者は、王子様だったのですか?」
そうか新入生だし知らない人がほとんどか。
「隣国トモホークの…」
と言うと、
「私、領地が国境付近でして、大変でしたよねトモホーク王国は!ずっと内紛で落ち着かなかったでしょうね」

先生が手を叩き、私達は席についた。

来週からの予定と授業の持ち物の説明をされ今日は終了だ。
急に教室には、兄様が現れた。

「失礼します。三年生のエルフィン・ダルンです。先生、妹のミルフィーナに事情がありまして本日帰宅させてよろしいですか?」
と少し息を弾ませながら、聞いた。
「もう終了しましたから大丈夫ですよ」
と言われ、私は、挨拶をして教室を出た。
「兄様、いかがしました?」
と兄様が引っ張る手が少し痛い。
それでも急いでいる、何かあるだけはわかる。
馬車停留所に連れて行かれた。入るように促され、入れば、ヒョーガル王子がいた。
兄様が乗らず、
「出発してくれ」
と言った。

何か変とはすぐわかった。
「エルフィンに時間をもらったんだ」
とヒョーガル王子が言った。
兄様がこんなこと…

それでもまずは、
「剣術大会優勝おめでとうございます。圧倒的でした。素晴らしかったです」
と伝えれば、
「約束だったから、これで学校にも毎日通えるだろう?私も戦い方を思い出せてもらえて良かった、ありがとう」

「何故御礼をいうのですか?変です」
と言えば、ヒョーガル王子は笑った。そして長くなった前髪をふわっと手でかきあげた。
瞳は、オレンジ色だった。太陽が当たって明るいオレンジ色に見えた。
「瞳がオレンジです」
と言うと、少しだけ眉毛が下がった。きっと困らせたのね。
「盗賊、黒豹と呼ばれていたころ、月に逆光して赤く見えるって言われていたな。瞳の色まで変わったか」
思い出を語るように言い、
「何か他も変化ありましたか?」
と聞くと、
「そうだなぁ、いろいろだなぁ。考え方も勉強して変わった。何が大切かとかどうするべきかとか自分の責任とか…
もちろん戦い方も。なぁミルフィーナ、自分だけで生きてきた時は、簡単に誰かのせいに出来て逃げても良くて、好きな事をやれた。でも、初めて俺の為を思って、動いて、守ってくれたと知ったなら、責任を果たさないといけない。俺は王子をやめて臣下に下る」

「それは、トモホーク王国に帰国するって事ですか?どうして今なんですか、大丈夫なのですか?」

「それは…自分でその場に行かなきゃわからない。噂や他人の予想なんて叔父上の気持ちや国民の思いだって違うかもしれない。国民には、内紛をしたことで国が荒れた。それを理解して国民の感情に委ねると思う」
「それは、処刑されるのも覚悟していると言う意味ですか?」
とそれは間違っているという思いで睨みつけながら言った。


「そう受け取ってくれ」
と淡々と言う。

馬鹿じゃないの!
誰が死に行く為に国に戻るのよ!
ヒョーガル王子が戻れば、また派閥の火種になるでしょう。
権力争いになる…
国民はそんなの嫌に決まっている。
なら、
王弟様は、トモホーク王国の為、国王派を消す、その象徴となる第一王子の存在など、邪魔でしかないだろう。

こんな時に私の口は回らない。心の声が溢れ落ちないで、
目が滲んできて、ポタポタと落ちる。

「大丈夫、心配ない」
穏やか口調でいいながら、私の頭の上に手を乗せた。

そしてその手は、私の頬にあたる。人差し指が目元に近づき、ゆっくり拭う。口元は笑っている。目は前髪が揺れるだけで見えない。

時が止まっているみたいなのに、お尻に馬車の振動が来る。それが、今生きていると教えてくれるみたいだ。

じゃなきゃ私は、息を吸うことも吐くことも忘れて、ただあなたの顔に見惚れていたから。
こんな時なのに…
心臓の音も聞こえなくて…

「大丈夫、心配しないで」
と低く優しい口調で言う。

どんな理屈で大丈夫なんて断言できるのか?といつもの私なら絶対に言う。きっと屁理屈を押し付ける。
だってどう考えても大丈夫なわけない。

馬車が止まりそう。
きっと屋敷に着いたのね。
そして、私は降りなくてはいけない。この馬車は、ヒョーガル王子を乗せて兄様を迎えに学校まで行く。
たぶんそういうこと。兄様が用意して下さった別れの機会。王子と馬車の相乗りなんて未婚の私達は、貴族の常識で婚約者以外とこんな事、いろいろ探りを入れられて怒られるし、あり得ない。
真面目な兄様が、こんな非常識なことを許すなんて、今生の別れ…



「大丈夫、また私があなたを見つけてあげる」
そう、伝えた。彼は驚いた顔をしたけどすぐに髪をかきあげて満面の笑みになった。
あぁ、私はこの顔が大好きだ。
温かい色合いの瞳が優しく笑う。
私は、髪飾りを外し、持っているハンカチで包んだ。
「餞別です。私の私物で申し訳ないけど、これは、今私があなたにあげられる贈り物だから」
と言って渡した。

「俺は、何を…」
「黙って、大丈夫、私は、そうドレス一式に、靴にアクセサリーに倍々返しっていう悪役令嬢らしい物を後ほど請求しますわ。だから絶対に死んではいけないの。私にお返しをしないと駄目なんだから。そうでしょう?王子様が約束を守らなかったら、国民みんなガッカリするわ」
と言った。餞別を渡した手は握られたまま、御者が降りる音、そして扉に手をかけた。
パッと離れた手、残る感触は温かい。グッと腹に力を入れた。

頑張れ、私!

「今日は、最高の試合でした。ボルドート王国の騎士でもトップクラスですね、きっと。そうですよ、全部終わったら、騎士団に入れば良いですね」
と言えば、
「ああ」
彼はそう言った。黒い髪が揺れるのを横目で追うのが、精一杯で、馬車を降りた。
もう戻って来ないだろう。
御者は、何も言わずに扉を閉めた。

そして私は、玄関先にラーニャが立っていて髪型が崩れているのを慌てられていて、何があったか聞かれ、その間に馬車は、屋敷から出発していた。

「今日は騒がしくなりつつあるが、ミルフィーナ、首を突っ込まないでくれよ」
父様の言葉は、私を心配していた、兄様は、私のために行動してくれた、私は何も出来ない何も力のない人間だと知った。
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