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29 タイミングを外せば

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警備隊が来て、盗賊を引き取り帰っていった。
こんな時間なのに、みんなが私の部屋を掃除してくれている。
ラーニャが凄く残念そうな顔して、びしょ濡れの包装で破れたそれを私に渡した。
「気にしないでラーニャ。そんなに上手くは出来なかったし、仕方ないわ」
とそれを受け取り、私は手の中に収めた。今日は私の部屋は窓の件もあって使えない。来客室に行くことになった。

「大丈夫か?今日は、大変だったな。ミルフィーナ」
ヒョーガル王子が廊下に出ていた。
「先程はありがとうございました。命拾いしました。怖くて動けなくなりましたから。まさかと、普段から防衛は準備するものですね、今後の糧にします」
と言った。破れた包装のハンカチを握る手が熱い。

「大丈夫ならいいが、もし俺が、この家に世話になったから、この家が狙われたなら…」
しょんぼりしているのがわかる。不思議だけど彼から黒犬の気配がする。
「そんな事あるわけないじゃないですか?我が家に盗賊が侵入する順番が回って来たということでしょうが、こういうのは!」


あれ?黒豹時代を思い出させてしまったかな?違う屋敷には入っていそうだものね。

「あぁ、そう言えば、我が家の使用人達みんな武闘派なんですね。驚きました」
と言えば、ヒョーガル王子も意識を切り替えて
「そうだな。三人にも確保するなんて意外だった」
「はい、今日は遅いので失礼しますね。少しでもヒョーガル王子様もお休み下さい」
と伝え、礼をした。

包装が更にぐちゃぐちゃになってハンカチが剥き出しになっていく手が熱くて早く離して解放されたかった。

ベッドにドスっと倒れるようにすれば、ラーニャが
「ゆっくり、お休み下さい」
と一声かけて部屋から出て行く。


『「今日は大変だったな」』
意外に言葉にされると怖さがなくなった。私の目の前に現れたヒョーガル王子の姿を思い出す。

剣のぶつかる音
息遣いまで、風と黒髪の靡き、顔は見えなかった。

胸がうるさい。今ごろ心臓の音が耳に響く。私はいつも遅い。
中々手放せないそのグシャとした包みを開いて伸ばしてみたが、元に戻るわけもない。

こうして朝が来て、何事も知らない王宮からの使いの方が迎えに来た。

それぞれ別れを言う時間。
学校で会いましょうと言えばいいだけだ。お兄様と一緒。

「ありがとうございました」
何故かそれしか言えなかった。それ以外言うと余計なことを口が勝手にしゃべるだろうと、
「昨日のことか、気にするな。もう盗賊も来ないだろう。新入生歓迎の剣術大会を楽しみに必ず学校にこいよ。サボるんじゃないぞ」
と私の頭に手を乗せた。

「はい」
精一杯の返事だ。
顔を上げたら、とんでもない顔をしてそうで、唇をギュと力をこめて、一歩後ろに下がった。

ヒョーガル王子が馬車に乗る。我が家よりもっと立派な飾り付きの馬車だ。王子が乗るに相応しい。

あぁ、もう私とは、別世界の人だと透明な板で遮断された気になった。
実際、王子様なんだから、身分がずっと上、何当たり前のことを言っているのかしら?

「では、世話になりました、ダルン侯爵」
その声は、真っ直ぐに曇りもなく聞こえた。王子の自分を受け入れているようだ。酷いことを言うようだけど、記憶がなくても幸せになって欲しい、私は、記憶が戻る機会を奪ってしまったわけだから。

バタッと御者が扉を閉めた。

「さようなら」
小さな声で呟いた。


「お嬢様、学校で会えるのですし、その時にハンカチ渡せば良いのですよ」
とラーニャは言った。
「そうね」
そう、答えるに留めた。グシャっとなって破れた包装のハンカチは、すっかり乾いていた。
でも元には戻らないな。
難しいことは、わからない、ただ私にとっては、贈り物ってタイミングと勢い、その時の雰囲気みたいなのがあって、もうその時ではないって感じているし、自分の立場をわかっている。学校で贈り物をしたら、どんな目で見られるか、何を言われるか…

この世界は乙女ゲームでヒロインだけが、成り上がる。私は、もう関係ない。

あれから数日経つとお兄様からもヒョーガル王子の話は聞かなくなった。環境が変われば立場も変わる。侯爵家とは関係がなくなった。ただそれだけ。

毎日はやってきて勉強して、礼儀作法を学んで、私は、学校に行く準備をする。

新しい制服を作るための採寸をしていれば、お父様から連絡がきた。
執事長から渡された紙には、執務室に来るようにと書いてあった。

「惚れ薬かしら」
とラーニャに言って
「学校に通う前に解決出来て良かったわ」
と私の知っているゲーム知識は全て出し切り終わった。

「例の薬物は、エルフィンにも学校内で見張らせた結果、高学年の生徒に出回っていたそうだ。同じ生徒の出入りが確認された。今日騎士団による一斉摘発がされている。街の地図の店にも数日見張りが付き、小さい商会が絡んでいたこともわかったが、その後ろにいるであろう輩がわからない、まぁ時間がかかるがそのうち判明するだろう。王子がいる学校内で蔓延する前に潰せた事、お手柄だ」

「手柄というなら全て兄様につけて置いて下さい。私につけた所で婚約者が現れないですよ。こんなじゃじゃ馬」
と言うと、お父様が、
「わかっているならいい。こんな馬鹿な真似はもう二度とするなよ」
と納得した表情で言う。
「はい」

もう知識ないから大丈夫!
なんてお父様に言ってもわからない。
「お母様が亡くなった後に見た予知夢ももう見ません。やはりお母様の導きだったのでしょうね」

お父様は溜息を吐きながら、
「ミルフィーナ、レオナルド王子様とマリネッセ嬢が未だ婚約に同意していない事どう思う?」

そう言えば、入学式の時のマリネッセ様の紹介は、レオナルド王子様の婚約者。もう一か月も時間がない。ゲーム通りには不可能だ。

「お茶会では何も…いえ、つい先日レオナ様とお茶会をして、マリネッセ様が元気がないと聞きました。学校の様子という事でしょうか?」
兄様、レオナ様、レオナルド王子、マリネッセ様は同学年だ。
「そうか、エルフィンに聞くか。ミルフィーナ、アルフィン君の事は考え直さないか?騎士団長の息子だし、彼自身、剣技は校内一と聞く。家格は良いのだが?」
「お父様、私は、侯爵家を仕切れる器ではありません。それにマリネッセ様がレオナルド王子様の婚約者になって、王子の側近のアルフィン様にもマリネッセ様の親戚である私がなれば、面白くない派閥も出るでしょう?」
と言えば、
お父様は、顎を摩りながら、
「ここだけの話だが、外交官の情報によれば、ミラン国の姫をレオナルド王子様の婚約者として打診している動きがあるようだ。内部事情はわからない。アルフレッド公爵も何故、婚約の決定をしないのかわからないが。ミルフィーナ、早く決めないとマリネッセ嬢がアルフィン君ということもあり得るぞ」

なんだかゴタゴタしている。良く分からないけどゲームの設定したものが変わったという事?
ヒロインがいないから?
マリネッセ様には申し訳ない。
「お父様、もう一度レオナ様に聞いてみますね。もし可能ならば、マリネッセ様も一緒のお茶会になれば、もう少しわかるかも知れません」


執務室を出た後、私の未来を考えた。
『婚約者』
大事な事だ。貴族の娘に生まれた限り、家の為に縁を結ぶ。
一番最初に打診された時は、アルフィン様が攻略対象者だったから嫌だった。
断固拒否の姿勢を貫いた。
それだけの理由。

もし、レオナルド王子様がミラン国から姫を婚約者にするなら、王子の側近に派閥から妻にならないと情報に遅れが出る。その役目が、マリネッセ様か私かだ。

おかしくなった時系列。
もうすでに婚約発表されているはずだ。もちろんだが、婚約式もパーティーもしていない。

「どうしたんだろう?マリネッセ様」
変えてしまった罪悪感と誰に聞かすわけでもない他人任せの独り言を呟いた。
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