上 下
3 / 46

3ドミルトン家

しおりを挟む
「まぁ、ライルとよく似ているわね、アーシャは。小さい頃あの子も人懐こく誰構わず挨拶していたわ。懐かしいわ。印象に残らない器量だけど、とても賢いのね」
気品漂う手付きでお茶を飲みながら、マリアの話を聞くドミルトン夫人。そしてその隣にはドミルトン元公爵がいる。一通り挨拶を終えて、後は自分達の息子達がすべきことと早々に部屋に戻り寛いでいた。
「しかし、本当か?考え方が5歳とは思えんな。ルイーゼは子供らしいと言えば子供らしいが、手を出したのも先に口を出したのもルイーゼだろう、あの子の癇癪や高圧的なところはいかんな」
「一度じっくり話を聞きたいわ、マリア。ライル達は、まだ領地には行かないわよね?明日にはみんな王都に戻るでしょうし、明日のお茶にライル達を誘いましょう」 
と夫人が言えば、ドミルトン元公爵は、
「ルイーゼはどうするのだ?」
と夫人に問う。
「そうね、まだ5歳、注意をしても不貞腐れたり、逃げるでしょうルイーゼは。育て方も問題ありそうだけど、周りの大人に影響される年頃ね。母であるイザベラの態度を感じ取っているのでしょうね。ドレスもイザベラの真似。屋敷を移り住む時、ドミルトン家の使用人を置いていこうと思っていた親心をあの子達は、全て新しくしたいと申し出たわ。その時点で私達の手を離れたのよ。放っておきましょう」
と夫人は言い放つ。
「しかし、エドワードは」
「あの子にももっと国政よりも家族を顧みて欲しいのです」
「そうは言っても…」
としかめ面をする元公爵を他所に夫人は、昔を思い出していた。

長男エドワード、次男キリヤ、三男ライル…夫人はドミルトン家に嫁入りしてから、色々ありすぎた。ドミルトンの次男と結婚して伯爵の爵位のはずだったのに、長男一家が事故にあい亡くなり、急遽公爵を継ぐ準備をしなくてはいけなかった。夫人自体上位貴族ではなかったため、当時の義母の厳しい指導や言動、それに我が子エドワードを取り上げられ、そして今回の事のようにならないようにと生まれだばかりのキリヤまで取り上げられた。義母がエドワードとキリヤには公爵になるべきという上位貴族の勉強や躾をされた。心が病んだ夫人にライルという宝物が授かった。義母は、三男には興味を示さなかったため、ライルだけは、自分の手で育てる事が出来た。それが生きがいにもなったし、三男にもどうにか爵位を与えて上げたいという親心もあり、夫人もお茶会や女性の輪にも積極的に参加もした。だから昔からいる使用人達は、ライルの遊び相手でもあった。
「懐かしいわ、本当に。子供達が幼い頃、本当に辛かった」
と夫人が話すと隣の席の元公爵は、申し訳無さそうに、
「本当に母が酷い事をして済まなかったよ。私もあの頃必死で、君が毎日泣いているのを見ていてもどうすることも出来なかった」
と話す。
「そうね、辛かったわ、でも突然起こった悲しい出来事に皆、必死に耐えて埋めていったに過ぎない。今ならわかるの。お義母様が、何故私にきつく指導したのか。公爵家という立場上縦や横の繋がりや後ろ盾、上位貴族に必要なものを私は持ってなかったわ。女性の小さな世界でありながら、鎖のような掟…だからエドワードがイザベラを選んだのは、きっとドミルトン公爵家としての確かな地固めなのでしょう。お義母様の指導を忠実に守るあの子なのだから、私の話すことなど聞かないわ」
悲しそうな顔をする夫人を見て、元公爵も、もう何も言えなかった。年を重ねると見える事も今、ギラギラしている若者には見えないし、聞こえてもこない。
フゥーと溜息を吐いてから、その部屋を去った。

「では、失礼します」
とキリヤ一家が王都に帰るため別れの挨拶をお祖父様達にしているとエドワード一家も玄関に来た。
「私達も失礼します」
とついでのように挨拶を済ませて、先に出てしまった。
「相変わらず、兄様はせっかちだな」
と父様が言うと、キリヤ様は、
「未来の宰相様は忙しいのだろう」
と意地悪そうな顔をして言った。
「キリヤ兄様までそんな事言うなよ」
「相変わらず、ライルは能天気だな。せっかくもらった領地、せいぜいちゃんと管理しろよ」
とキリヤ様は一言言ってから馬車に乗った。こちらに来て初めて知った叔父さん達もしかして仲が悪い?

見送った後、お祖父様やお祖母様とお茶をしたり、庭園で花の世話をしたり、馬に乗ったり、部屋でオルビア帝国の歴史書を読んだりする日々を過ごした。歴史書は、文言が難しく中々読みにくい。随分と昔の記憶が消えて、すっかり幼児化した脳にこの本は、大変ですぐに眠くなる。気づけばベッドで寝てる。興味があるのは確かなのに、身体も頭もついていかない。
ただ習慣にしているのは、一日一回は、あの手書きの紙を読むことにしている。
翌朝になるとまるでリセットされたかのように消える記憶の定着を訓練した。

男爵家の領地は、お祖父様のお屋敷の少し西側に位置するが、隣という利点でこのお屋敷からも通える。私達家族は、お祖父様の屋敷で一緒に暮らす事になった。そしてすぐに弟の誕生で、ますます賑やかになり、そして沢山学んだ。お祖母様は妊娠中のお母様に変わり行儀作法や貴族のマナーをお祖父様は、乗馬や釣り、少しの武術を私の興味に合わせて、与えてくれる。

もう私の中で漫画という言葉は残っても絵を思い出すことも出来なかった。そんな賑やかで漫画の世界なんて信じられないような毎日を過ごした。

2年後

「行ってきます。お土産買ってくるわマーク」
と弟や両親と別れを告げ、私は、お祖父様とお祖母様と一緒に王都に向かっている。
「アーシャも初めての王都ね。エドワードの宰相就任パーティーだし、あちらでドレスを作りましょうね」
とお祖母様が言うとお祖父様も
「あちらにはオシャレな店があるぞ」
と笑う。
「楽しみですわ。お祖父様、お祖母様」
あれから2年、ルイーゼもエリオン、従姉妹達に会ってない。
「どんな様子かしら?」
呟いた声は、お祖父様達には王都の街はと思ったらしく、
「賑やかよ」
と教えてくれた。キリヤ様が領地経営をされて、公爵領内にお祖父様のお屋敷はあるのだけど、キリヤ様一家もずっと会ってはいない。
窓から見る景色がだんだん畑が少なくなり、道がしっかり整備されている町を通るようになれば、高い壁が見え始めた。
「アーシャ、王都だぞ」

今まで知らなかった巨大な大きな建物が遠くからでもわかる。
王都のエドワード様のお屋敷も大層立派で、玄関には、使用人達が並んで待っていた。
そして中には、2年ぶりの悪役令嬢もといルイーゼとイザベラ夫人が待っていた。
「久しぶりだな」
と話すお祖父様の言葉を遮り、
「アーシャ、外で埃を落としてちょうだい」
とルイーゼが一目散に近づき、命令した。お祖母様が扇子を出し口元を隠しながら、
「あら、一緒の馬車の私達も外に出て埃を払わなくていけないのかしら?イザベラさん」
と言えば、
「まさか、まさかお義母様、ルイーゼは、アーシャの肩に糸屑が光って見えて埃と勘違いしたのでしょう。子供の目の錯覚にすぎませんわ。オッホッホ」
と口元を扇子で隠した。睨みつけるルイーゼを感じながら、お祖母様や家庭教師に習った貴族の礼をしながら、
「お久しぶりです、イザベラ夫人、ルイーゼ様。本日からお祖父様達と共にお世話になるアーシャでございます。よろしくお願いいたします」
と頭を下げたまま姿勢を保つ。
ギリっと音がした気がした。
「あぁ、アーシャさんお久しぶりね。堅苦しい挨拶はしないで、我が家のように寛いでね。お義父様、エリオンは、フランツ王子の学友に選ばれまして、王宮ですの。お迎えが出来ず残念がってましたわ」
「それは、凄いな。ますますドミルトン公爵家は安泰だな」
とお祖父様もお祖母様も笑った。そんな話は、既に知っていたが自慢したかったのだろう。それに乗ってあげるお祖父様達は流石に貴族だ。

ルイーゼは、やっぱり悪役なだけあって、ずっと高圧的で驚く。
「疲れないのかしら?まだ7歳なのにあの威圧感を押し出す態度は凄いわ」
と言えば、側にいたマリアは、笑って
「そうですね。前にアーシャ様が言った可哀想っていう意味がわかった気がします。そしてアーシャ様、また言葉が過ぎていますよ。明日は朝から王都でお買い物です、早く寝てください」
「はい、わかってます」
と布団に入る。何故かルイーゼに対して意見が厳しいらしい、意識しているつもりはないと思うけど。

暗くなった部屋で、思い浮かぶのは暗記するほど読んだ紙。日付けまではわからないフランツ王子とカイル王子の誘拐。フランツ王子が8歳になっているのか?あの漫画と書かれた予告書が、本当か否か、まさか出くわさないだろうと思いながら、知っている未来の出来事を誰にも話していない。私は見て見ぬふりをすべきなのか、7歳の子供に何が出来ると言うのかと自問自答をしながら、不安と行く末のカイル王子死亡を考えると眠れなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!

夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。 そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。 ※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様 ※小説家になろう様にも掲載しています

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

【完結】虐げられた伯爵令息は、悪役令嬢一家に溺愛される

やまぐちこはる
恋愛
 伯爵家の二人目の後妻の息子ビュワードは、先妻の息子で嫡男のトリードに何かにつけ虐められている。  実の母ヌーラはビュワード出産とともに鬼籍に入り、ビュワードもトリードとも血の繋がりのない3人目の後妻アニタは、伯爵に似た容姿の人懐こい嫡男トリードを可愛がり、先妻に似たビュワードを冷遇している。  家庭教師からはビュワードがとても優秀、心根も良いと見做されていたが、学院に入学してからはトリードとアニタの策略により、ビュワードは傲慢でいつも屋敷で使用人たちを虐めており、またトリードのテキストやノートを奪うためにトリードはなかなか勉強に専念できずに困っていると噂を流され、とんでもない性悪と呼ばれるようになっていた。  試験の成績がよくてもカンニングや兄の勉強の成果を横取りしていると見做されて、教師たちにも認めてもらうことができず、いくら訴えても誰の耳にも届かない。屋敷の使用人たちからも目を背けられ、その服は裾がほつれ、姿は汚れていた。  最低のヤツと後ろ指を指され、俯いて歩くようになったビュワードは、ある日他の学院で問題を起こして転入してきたゴールディア・ミリタス侯爵令嬢とぶつかってしまう。  ゴールディアは前の学院を虐めで退学させられた、所謂悪役令嬢であった。 ∈∈∈∈∈∈∈ 設定上こどもの虐待シーンがあります。直接的な表現はなるべく避けていますが、苦手な方はご注意ください。 ※設定は緩いです。 ※暫くお返事ができないため、コメント欄を閉じています。 ※全60話を一日一話、朝8時更新予定です。見直しで話数が前後するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

処理中です...