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113 一人しか会えないなら…

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朝になり、緊張しながら朝食を取る。そしていつも通り、義兄と学校に向かう為馬車に乗る。

とても気を遣わせている。昨日の夕食から、義兄自ら話を振り、周りを楽しませて、私に告げたことなんて嘘みたいに、平然といつも通りを演じてくれる。

…きっと考えなしの私なら、その優しさにどっぷり甘えてしまって、言われた事も冗談で流しただろう。

今も、義兄が後悔と強い意志と私への気遣いで、全然関係ない話題や私に負担をかけない口調で、話しかけてくれる。

やっぱり優しくて、会話も楽しくて、話題も豊富で、誰が見ても素敵な王子様。
誰もが羨む容姿で、私に笑いかけてくれる王子様。

「お義兄様、今日の学校の帰りに、少し二人でお話したいのですけど、ご都合いかがですか?」

と流れる会話に乗りながら言った。

義兄は、何事もないように、

「もちろんだよ。どこで話そうか?街のカフェでも行く?それとも書店、そう言えばミランダちゃんが買っていた新刊も出たよ」

「そうですね。街もいいですね。美味しいものも沢山ありますから?おすすめのカフェに連れて行ってくれませんか?」

と聞くと、その答えが意外だったみたいで、驚いた表情を一瞬して、またいつもの優しい笑顔になった。

「任せてよ!」

と言い、馬車から降りて教室に向かう。
今日は一段と騒がしい。

口々から、「眼鏡はどうしたの?」と聞こえたり、歓声が上がったり、周りの人達は忙しい。
思わず笑ってしまう。

「今日は、ミランダちゃんをみんな見ているね。気をつけなきゃ駄目だよ。存在感が圧倒すぎて、逆に話しかけられないかな、みんな」

確かに、いつもよりみんなとの距離が遠い。

「また教室で浮いてしまいますね。お友達になってくれたら嬉しいのだけど…」

「大丈夫だよ。ミランダちゃんなら!いつも通りに、そうすればみんな気づくさ、ミランダちゃんの本質に。見かけじゃなくね」

「そうですね、眼鏡をかけて入学した時知り合いもいないので、ずっと一人でしたが、毎日楽しかったです。人が話しているのを盗み聞いたり、周りの令嬢が、コロコロと楽しそうに表情を変えるのを盗み見たり、私もその中には入ってないけど、そこに存在していた事が楽しくて、知る事が面白くて…」

「ええ!?盗み聞いたり見たりって、なんか不憫な話になってない?それ、楽しい?ちょっと怖いけど…自分から話しに行けばいいのに」

「ふふ、お義兄様、集団に入るのにも、きっかけというものが必要なのですよ。私には難しいな。お義兄様みたいに話題の中心には、私はなれませんから」

というと、少し申し訳ない顔して、

「ごめんね、ミランダちゃん。私がマリングレー王国に留学していたから…色々紹介してあげれなかった。いや、今も紹介は無理かな」

と遠くを見て言った。その目線の先にはアンドル王子様がいた。

「ではまた後で」



学校が終わり、二人で馬車に乗る時に、久しぶりにアンドル王子に話しかけられた。きっと話す機会を探っていたのかな?
随分と緊張しているようだ。
確かに勝負まで明日。
名前だけ呼ばれて、その後が続かない…何を言うか随分と迷われているみたいだから、

「では、また明日。ご機嫌よう、アンドルさま」

と私から言って馬車に乗る。後ろは振り返らない。今、王子がどんな顔をしていたかはわからないが、きっと、落ち込んでいるだろう。

何となくわかるのは、少しだけ溜息が聞こえたから。

「ミランダちゃん、アンドルは良いの?明日の事を話したかったんじゃないかな」

「ええ、そうですね、きっと。明日私に誰も言いがかりをつけたりしなかったとしても、良かったねで終わって、勝負は引き分けとか何とか言うつもりで、普通に明日も学校に来たら良いよと言いたかったのでしょうね」

と言うと、義兄は困ったように笑った。

「お見通しか…アンドルならそうだろうね。脅すように勝負と言ったのも、きっと自分を見て考えて欲しかったから。その選択肢があるって知って欲しかったんだと思う。私と一緒だ。ただアンドルの方が随分と早く気づいて、それに合わせて準備して、対応して、私よりも何手も先を用意されたよ。凄いね、我が国の王子は…そしてこんな風にミランダちゃんを守っている」

「ふふふ、お義兄様が褒めるなんて珍しいです。もう街ですね、少し歩きながらカフェに行きましょう!」

街には可愛いワゴン販売のお店もあり、人は多く賑わっている。

きっと今、私が話した言葉だって、街という流れに乗って消えていくだけだろう。でも思い出として残る…
義兄が緊張しているのを感じた。
だから精一杯微笑んで、

「お義兄様、おすすめのカフェはどこにあるのですか?」

と聞いた。案内された場所で、店員に紅茶とケーキを頼む。

フゥー、と一息吐いた義兄は、真剣な眼差しで、

「昨日の答えを伝えるつもりで誘ってくれたのだよね」

と言われ、頷く。
ちゃんときっかけを自分から作って、私に話しやすい場所を提供してくれる。
本当に優しく気遣いの人だ。

「昨日、ラナに自分の気持ちの向き合い方を教えてもらって、ずっと考えてました」

「うん、知ってる。目元の隈がはっきりわかる。随分と考えたんだね」

ゆっくり、きちんと聞いてくれる。

「それは、今まで私が考え無しだったから。教えてもらった方法で、自分の気持ちを一人づつに手紙を書きました。明日マリングレー王国に帰ると決まったとして、手紙はみんなに書けるというテイで。
…けど、会う時間は一人しかないと言われて、私はお義兄様に会って感謝を言いたいと思いました」

「うん、そうか。…感謝か…」

「はい、一応昨日書いた手紙、見せる事はない、つもりで私の思い出話と感謝と後悔が書いてあります。受け取ってもらえませんか?ディライド様」

「え!?何故急に義兄呼びじゃなくて」

「お義兄様宛に書いた手紙、実は途中で書けなくなってしまって、でもディライド様宛の手紙は、書くことが出来ました。義兄呼びが心地良くて、安心で、守られていて、見えていなかった気持ちの部分が、義兄としてじゃなくてディライド様自身を見ないと書けなかった…」 



「うん、うん、ありがとう、ミランダちゃん。私も愛しい子を守りたい、失いたくない一心で、ずっと背けていた気持ちに、後悔と誇らしさと喜びと辛さがあって、言葉にするのを躊躇って、アンドルを酷く妬んだ。怒りも嫉妬も苛立ちも全部嫌な気持ちだったのに、認めてしまえば、それは救われた思いだった。こんなに愛しいなんて、私は感じる事が出来る人間だったと知って嬉しくて、幸せだと思った。そして振り返ると毎日が楽しく生きていて、ミランダちゃんとの毎日は、信じられないぐらい輝いている日々をもらっていた。ありがとう、ミランダちゃん、君が本当に愛しくて大好きなんだ」

「…ありがとうございます、ディライド様…」

泣くな、泣くな、きちんと伝えるのよ。

「私は、ディライド様から優しさをもらいました。お義兄様からは、守られて甘やかされる温かさをもらいました。この毎日があったから、私は、楽しく過ごしてきました。ありがとうございます…クリネット王国で、こんなに多くの思い出と気持ちを知る事が出来たのは、ディライド様のおかげです。あなたに会えて本当に良かったです」



「うん、この手紙は、ゆっくり読ませてもらうね」

そして私達は、思い出話に花を咲かせ二人で帰った。

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