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101 先生に会えました

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マリングレー王国

王都では、二回公演することに決まっていて、すでにチケットは完売していた。
警備隊第一団が手配し、配布までしてくれたそうだ。こんなことまでしてくれるなんて随分親切だ。

王都公演一日目…

他の街で噂を聞きつけてきた王都の民衆が、大変盛り上げてくれて、割れんばかり拍手喝采で終わることが出来た。

「「「「海の精霊の愛し子は、我が国のプリンセスー」」」」

そんな言葉の声が大きくなっていった。
劇団マーメイドの収益はかなり上々みたいで、宿屋も移動も騎士団にがっつり守られている。

あれからアクアローム様をお見かけしない。何を話すって訳ではないけど、ここまで騎士団にやってもらって、御礼ぐらい言いたい。私と同じ髪色…この国の人達が言うには、王族カラー…最近私と聖女、ティア王女様との対比が話題になっている。
教会では、論争があったらしいし…騎士団の皆様には、お手数おかけします。

寛いでいるとお義母様から、

「明日、公演終了後、荷物を置いて急いで帰ることになったの。ミランダ大変だけど頑張ってね」

監督の顔ではなく、貴婦人の笑い方だった。



「お嬢様、本日は最終公演ですね。楽しみでもあり、寂しくもありますね」

とラナに言われ、思い起こすと二週間、マリングレー王国に入国してから慌ただしかった。
一度も国民の皆さんから、忌み子や呪いなど野次を言われたことはない…
最初の闘牛から始まって、この国のみんなが、プリンセスや女神や精霊の愛し子様と呼びかけられて…

「楽しかったわね。最終公演は、その御礼をこめて全力で公演しましょうね」

と言えば、お義母様とレオンが私を呼びにきた。

宿屋の最上階の廊下を無言で歩いて行く。
…そこは、アクアローム様しかおらず、お義母様とレオンも廊下までで、

「いってらっしゃい」

と送り出された。アクアローム様が優しく微笑んで、その色素の薄いグレーの瞳が私を写す。瞳がグレー…


「お義母様、レオン?」

聞き返したくて、二人の名前を呼ぶ。二人もやっぱりアクアローム様のように優しく微笑んでいる。
ノックをして部屋に入ると…
懐かしい顔が現れた。

「先生~!」

思わず走り、その両手に触れてしまう。何故か熱い気持ちが湧き上がってくる。話したいことは沢山あって…
この国を出てからの私が、毎日が、驚くほど楽しくて、豊かで、考えることがあって、知らないことだらけで、そして何より物語のようにキラキラしていた。

「先生、先生、凄かったんです!外の世界は!」

こんな言葉じゃ伝わらないのに、昂りが伝える言葉を邪魔をして…

「淑女は走らないのよ、ミランダ!とっても輝いているわね。素敵な女の子になって驚いたわ」

「先生、私、いろんなことをしたの。数々の話があって、冒険譚があって、あぁ、今日は私の物語をイズリーの屋敷に置いて来てしまって」

「待ちなさい、ミランダ。興奮しないで。大丈夫、きちんと伝わっているわ。あなたはクリネット王国で幸せなのね。…良かったわ」

と先生が話すと隣にいた白髪混じりのグレーの瞳の男性が、

「あ、私もいいかな、話していいかな」

と言い出した。
…アクアローム様が笑いだした。続けて先生も…

「あの私は、マリングレー王国で国王をやっていて、その君の…父なんだけど…」

と何故か申し訳なさそうに小声で言われた。

親、家族と突然告白されても、『良かった』『嬉しい』にはならなかった…
言葉で聞いていた通り、なのだけどただ漠然とそれが『事実』という受け止め方しか、今は出来ない…


「…あの誤解しないで下さいね、私、人の気持ちとかわからないので、答え方が難しいです。ただ本当にクリネット王国で、イズリー家や学校で関わった人達が優しくて、楽しくて多くの事を知れました。嬉しい思い出が積み重なっていく感覚で、辛かったや憎しみみたいなものや怒りが、包み込まれて心の置物みたいで、お応えできません…私の事情も義父や義母から、予想込みで聞きました。だから気にしないで下さい…今は幸せで、最終公演みんなに感謝を込めて…精霊の愛し子を演じます。私自身で私がこの国にいるって証明して見せます」

と言えば、先生は短い髪をクシャっと手で掻き乱してから、小さな声で

「ごめんなさい、そしてありがとう」

と言われ、国王様には

「謝罪も今は要らないという事だね、ミランダ…」

と涙が浮かび上がって、先生が慌ててハンカチを押し当てている。結構乱暴に…

「あ、私も挨拶していいかな。第一王子のアクアだ、覚えてないかもしれないけど塔が完成するまで、私の部屋にミランダはいたのだけど…流石に小さいから覚えてないよね。いつも読み聞かせに本を読んでいたのだけど…」

こちらも少し泣きそうな困った顔をしている。

「…冒険活劇の本、ワクワクする本を教えてくれて、…小さい兄様が王子様とお姫様の本を読んでくれていた…」

「そう!いつもリウムが、ミランダは女の子でお姫様が好きなんだから、冒険譚は駄目とか言ってて…」

何となく覚えている光景が広がった。私をコロンと寝かせながら、凄く賑やかだった部屋…
あの頃先生はいなかった。見ると国王様と並んで笑っている。

「ミランダ、公演まで時間があまりないだろう。顔を見れただけで私達は嬉しかったのに、会話まで出来るなんて…先程、事が成就したようで、魔女の願いが切れた。この国で第二王女ミランダの存在の復活、忌み子の迷信の強固な呪いが解けて、イズリー伯爵夫人に時間を作ってもらえた。悪かったね、突然現れて、自分の思いばかりミランダに当ててしまって…
もし良かったら…また会ってくれないだろうか?」

国王様が再び申し訳なさそうに話す。

嫌だという感情はなかった。
ただ聞いておきたいこと、

「ティア王女様は、何故私だったのかも知りたいですが、それよりも再び私達が、会って話しても大丈夫なのですか?以前は目隠しされていたし」

と聞くと、全員下を向いた。そしてアクア様が、

「ティアは…魔女の生まれ変わり…と思う。赤子ではなかった…憎悪を持って生まれてきて、すぐ隣にいた弱者の存在を奪い利用したのだと思う。言い訳になるが、ミランダを囲い隠し、その間に家族として、出来る限りティアと魔女を引き剥がす方法を模索して、今日、成就した。もうティアに魔女の力はない。ティア本人にミランダに対しての心情は聞かないとわからないが、私達は二人とも大切な家族だと思っている…狡い言い方をして申し訳ないが、離れていた分、会いたいんだ我儘でごめん、ミランダ」

私に対して申し訳ないという三人の思いは、伝わった。王女も家族…

「…確かに勝手な言い分ですね。だけど、理不尽も自分勝手も酷い状況も羞恥も体験済みだったりするのですよ、私は!…泣かないで下さい、国王陛下…いえ、お父様、お母様、お兄様、勘違いしないで下さい。これは単なる呼称であって、感情は少しも動いていないのですから、私を信用なさらないでね。今後まだ知りたい事があるので、話はさせて下さい」

と言うと、扉が叩かれた。

「…もう時間ね。ミランダ一年で随分と成長したのね…イズリー伯爵達には感謝を伝えきれない大恩を抱えたわ。あなたが元気で良かった」

と先生が私を眩しそうに見る。グレーよりももっと白に近い瞳…

「みんなの瞳は魔女の力のせい?」

と聞くと、アクア兄様が、

「呪いの代償と制約かな。ミランダの存在を覚えていられる代わりに、魔女の呪いに色を捧げた。魔女と繋がりが出来てしまってね。ミランダを見るとティアに場所を知られてしまうという危険もあった。国王がコツコツとマジックアイテムを作り気配遮断の装置を作り、王妃が更に魔女に色を捧げ、魔女の支配から自由な時間を作った」

ハァー
言いたいことが更に出来た。
再び扉が叩かれた。

「時間ですね。一言だけ、あなた達は馬鹿です。大馬鹿です。王族なのに…
もっと冷徹にならないから、魔女に付け込まれたのではないですか!
私は、私としては生かしてくれてありがとうございます。
ですが、私の十数年、あなた達もでしょうが、最後良さげな話で終わらして良い訳あるか!何が代償と制約よ!負の連鎖ばかりで私達に一つも良い事ないじゃない?元に戻ったは、良い事ではありませんから!不幸続きで頭の中が馬鹿になっているから!
ハァ、ハァ、ハァ、
よくわからないけど、とりあえず迷信を今から精霊の愛し子、海の国のプリンセスとして塗り替えてきますから…
ティア王女をガツンと泣かすぐらい、私の存在で、国民の心を掴んで来ますから!後はよろしくお願いしまーすー」





「…さぁ、最終公演よ。頑張りましょう。ミランダ」

「はい、お義母様」

この国に思い入れなんてない。
だけど、私はここで育ったんだ…

どうしようもないほど、今、感情が爆発しそう。
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