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16 妄想が現実を超えてきます

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お義兄様に馬車の中に入れられた。

「ラナ、まだ眠い~」

「顔も洗わずに、寝衣からワンピースに着替えただけですからね~、全くディライド様は何を考えているんでしょう?」

きっと何か情報が手に入ったのだとは思う。こんなバタバタとお義兄様はしないもの。

ガタっガタ揺れる、商会から借りている馬車に御者と侍女二人。
籠に入ったのはきっと朝食だと思うけど…

どう見てもパンのみ…

何を焦ったのかしら、お義兄様~

「あぁ~ラナ、三種の神器持ってきたかしら?」

「はい、まずマントを羽織りましょうか、そして髪を解かします」

ん、半分瞼が閉じた状態でやってもらうけど、流石に髪色の変化スプレーは、馬車内は無理だし、眼鏡もまだ顔を洗ってないからつけたくない。

「漁港は朝が早いと言いますし、何かスープでも手に入りそうですよね、お食事もその方が良いでしょうね、昨日のパンだと思いますので、固そうですから」

「ラナに任せます、もう少し寝ま~す」

揺られることどのぐらいだろう。
漁港の村で馬車は止まった。

「お嬢様、こちらの村の井戸を借りましょう。漁港に入る前に流石に色々整えたいですから」

と言われるままに馬車を降り、顔を洗い、髪色を変えた。

「では」
馬車の足掛けに足は掛かっていたし、あと30㎝頭を馬車に入れるだけだった。

馬の弾む息声が聞こえた。
瞬間だった。
そちらを見てしまった。

金色の髪がサラサラと靡いていた。エメラルド色の瞳が私を見た

…と思う。絵本の王子様だ。私は、見惚れてしまった。

慌て顔を背けて馬車内に乗りこむ。侍女達は、みんな無言でスンッとした顔をしている。私を焦らさず空気に徹するみたいに。
全員、王子に気付いただろうに、無視をして馬車を走らす。

追ってきてはいない。と御者から報告を受けラナ達は安心したようだった。
やっと表情が崩れた。
馬車内の緊張感が高かったから、私も安心はしたのに。

でも私は、胸がザワザワしている?
ドキドキしている?
この急かすようなモノがわからない。夢が叶った?私を見てくれた?絵本が私の足を掴んで、中に入れようとしている?

現実と妄想が混ざり合う。

鳴り止まない心臓の音。病気になったのかもしれない…そう思うほど音が響く。

一瞬だったの。
目が合ったなんて、わからないほどの時間なのに…あの方の表情筋が動いた気がする。笑みじゃなく驚きの!

そんな顔も出来るのですか、という何とも秘密を見てしまった気で嬉しくなった。彼が私を見てくれた?
嬉しい?何故…

私の頭が、ぐちゃぐちゃに混ざる。過去が思い出が重なる。

駄目よ、思い出しては駄目。
先生が言っていたじゃない、忘れなさいって。
辛いことも寂しかったことも、幸せになれば忘れていいって。
大丈夫、今、私は幸せで…

「お嬢様、大丈夫ですか!」

心臓の音がうるさいの…

子供の頃ずっと絵本に呼びかけていた。
ずっと同じ顔で私を見る、その絵に寂しさを誤魔化してきた。
違う顔も見せてよ。
笑ってばかりいないでよ。
願っていた、どうか私も絵本の中に入れさせて下さいと。
ここは一人で寂しいから、私もみんなの輪に入れて下さいと。
私が、入れないのなら、どうか出てきて下さいと。
そんな子供の頃の願いが叶ったみたいで、私が、絵本の王子を驚かせた、彼は私の前に現れた…嬉しい。

違う!ここは別塔じゃない!

ここは馬車の中よ。

「…ごめんなさい、ラナ。少しパニックになってしまったわ。…多分、アンドル王子様に馬車に乗り込む姿を見られたわ。必要なくてもお義兄様に報告するし、後眼鏡をもらうわ」

「大丈夫ですか?気にせずお休み下さい。すぐに私達も逃げれたと思い、遠目と判断しましたが。…やはり今の一瞬で顔まで確認出来ましたかね?
しかし、この馬車は商会の馬車。足がつくことはありません。
それにお嬢様の存在自体アンドル王子様は、ご存知ないでしょう、大丈夫ですよ、誰も追ってない。お嬢様を捕らえないです。ディライド様達の言う通り、のんびり楽しく領地を過ごせば良いんです」

ラナは私の背中を摩ってくれる。とても温かい。

「確かにそうだけど。でも迷惑をかけるかもしれないという思いは、心苦しいわね。いつも助けてもらうばかりで…」

馬車の小さな窓から見える景色は、世界が小さくて、私を過去に引きずり込もうとするみたいだった。
あの別塔から見た景色…

「お嬢様顔色が悪いです。目を瞑って、ゆっくり息をして下さい」

「ラナ…思い出したの、先生が来てくれる前の頃の部屋には絵本しかなくて、人がいない世界…今、アンドル王子様だったはずなのに私には、絵本の王子様が私を見て私を迎え入れてくれたかと思って…」

「大丈夫です、お嬢様。忘れて下さい、今日も過去も。ゆっくり呼吸をして楽しいことを考えましょう。もうあなた様の家族は、イズリー家です。私もあの国には二度と帰らないと思っておりますから、どうぞ過去を切り離して、楽しく過ごして下さい」

私を諭すように…

「ありがとう、ラナ」

空気の匂いが現実を感じた。
今まで気づかなかった。海の匂いが強くなった。

もうこの空気が海だ。懐かしいと感じるから過去に引きずり込まれたのかもしれない。
この地に来れてなんて幸せなんだろう…
生きている人間がいる。
優しさも温かさも心配や喜怒哀楽を、当たり前のように与えてくれるみんなにどれだけ感謝すれば良いのだろう。

私は、あの記憶とは区切りをつけなければいけない。それにはどうしたらいいのでしょう…

「うわぁ~海だね~」

切り替えるように発した言葉は、侍女達を笑顔にさせた。
こんな言葉だけで、笑顔になってくれるのだ。本当にここの人達は優しい。

どうか私という存在が迷惑にならないように。
今のまま、こんな風に私を見てくれますように。

町のあらゆる場所が風を受け、活気ある声が響く。肌につくベタつきも愛おしい。
生きている匂いがする。私は生きている。

「ハァー、お腹空いたわね~」

とりあえず、スープの事だけを考えよう。
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