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四章

B

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「掛けなさい」
 クラムフォレストの町を守る騎士団長だという壮齢の男にそう言われ、しぶしぶ、俺はその木製の簡素な椅子に座った。
 拘束こそされていないが、両隣には剣で武装した若い騎士が二人控えている。
 これでは、まるで尋問だ。
 いや、まるでも何もない。これは間違いなく尋問だ。
 ――俺、何かしたか?
「冬野景、といったか。記憶喪失というのは本当か?」
「ああ」
 嘘だ。だが、異世界転生者なんて言っても信じないだろうし、こう言うしかない。
 俺の態度を不審に思ったのか、騎士団長は眉をひそめたが何も言わず、
「巫女一族に世話になっている?」
「ああ」
「どうやって知り合った?」
「あの荒野に迷い込んだところを拾われた。それ以前の記憶はない」
 と質問を続けた。
「巫女一族に記憶を消されたか……?」
「嘘かもしれんぞ」
「クソ、なんだってこの厄介な時期にこんな奴の相手を……」
 おい、後ろの野次馬騎士団、聞こえてるぞ。
「……諸君、静かに」
 ゴホン、とわざとらしく咳をして騎士団長がそう言うと、三秒程経ってから静かになった。そこまで上下関係は厳しくないらしい。学校の先生と生徒くらいの距離感に見えた。
「昨日の夜と、今日の朝に起きたことを知っているか?」
「宿屋で聞いた噂話程度なら」
「そうか……」
 そこで一度話を切り、騎士団長はコップを口に運んだ。中身は珈琲だ。
「……今現在ほぼ無人の地区に、昨日の昼過ぎからフォレストリザートの群れによる襲撃があった。大多数はその場で討伐したものの、老朽化していた城壁と罠は全壊、現場にいた三人の騎士のうち、伝令に本部へ戻った一人を除いた二人が死亡した。そして、城壁内に数匹の侵入を許した」
「昨晩の音は、それを狩っていた際の断末魔ですか?」
 頷こうとして、途中で首を振る。
「……そうでもあるし、そうじゃないとも言える。昨晩、我々は一睡もせずに狩りを行っていたが、それと同時に、更なる規模のフォレストリザートの大部隊が全壊した城壁に押し寄せてきたのだ。おそらく、そいつらと戦った時の音だろう。……起きてきた周囲の若い男手も借りて、我々はこれを撃退したが、被害は大きかったし、周囲の集落から行方不明者が続出した。我々が戦っている隙に、連れ去られたのだろう」
「連れ去られた? 殺すのじゃなくて? ……どうしてです?」
 騎士団長は難しい顔をした。
「……分らん。フォレストリザートは、人の子供くらいの背丈の、群れることだけが取り柄のモンスターだ。獲物を連れ去る習性はない。……我々も状況が呑み込めず、そこで、近くに住む妖精族に知恵を借りることにした」
 妖精族……ね。
 少しばかり苦い記憶が、脳裏に蘇る。
「妖精族からの説明はこうだ。――あれの後ろにいるのは、真白き終わりの時代より前に生きていた古代種。討伐に力を貸してやってもいいが、それには流れの者、冬野景がいる、と」
 じろり、と騎士団長の目がこちらを見る。
「……つまり眠る爆薬討伐に、この剣すら持ったことのないド素人の手を借りようと?」
「そういうことになるな」
 騎士団長が頷く。背後から、イライラした声が背に届いた。
「俺達だって納得したわけじゃねぇぞ」
「こんなもやしみてぇな流れ者の手を借りることになるなんて、騎士団の名折れだ……!」
 人に要請しておいて、全くもって歓迎する雰囲気じゃない。
「至急、君には妖精族の元へ行ってもらう。……悪いが、拒否権はないよ」
 申し訳なさと、俺に対する不信感。それに、町の窮地を外部の素人に頼らざるを得ないという状況に対する悔しさ。
 ……気持ちはわかるが、それに理解を示し耐えてやるほど俺は善人じゃない。
「報酬は?」
 まず最初に俺がそう言うと、背後から、怒りに満ちた声が上がった。
「貴様……町の危機だというのに、それを利用して金を要求するか……!」
 俺もぐるりと振り向き、それに応戦する。
「そもそも、それが騎士団だろ? モンスターや盗賊団の脅威という危機から町を守るために、あんたの言葉を借りるならそれを利用して、町人から金を要求し、守ってやるのが仕事のはずだ」
「緊急事態だ。昨日は魔物を狩るために若い男手が力を貸してくれた。無論、タダでな」
「それは誇ることか? 異常事態とはいえ、守るべき町民の手を借り、あまつさえその礼すらまともにできていないということだぞ? 町のために、騎士も町民も一体となって頑張った。……それは確かに美談だが、それを口にする権利があるのは守られるべき立場なのに戦った町人たちと、話を聞いた第三者だけだ。町人の手を借りることになったあんたら騎士団は恥じ入ることはあれど、それを美談にして他者に無償で力を貸せと要求するべきじゃない。それを恐喝という。その瞬間から、その団体は騎士団ではなく盗賊団だ」
 怒っているのは、何も向こうだけじゃない。理不尽な扱いをされ、俺だって怒っている。
 真っ赤な顔になって俺に文句を言っていた騎士が黙り込む。言い返す言葉が思いつかないが、自分たち騎士団を侮辱されて怒っているようだ。
「部下が失礼を。……こんなものでいいかな?」
 提示された額は、笑ってしまうほど小さかった。昨日、キノコを売ってきたときの方が圧倒的に稼げた。
「……命を懸けるにしては小さすぎる」
「そう言うな。……君も、攫われていった者たちが可哀そうだと思わないのか?」
 卑怯な問いだ。可哀そうだから小銭程度で働けとは。……その哀れみは、同郷の者にしか向けられないのか?
「思うな。ただ、それを理由に命を懸けようとは思わない」
「幾ら欲しいんだ?」
 そこで、俺はその倍の額を提示した。これが安いのかどうかは分からないが、せめてそれくらいは払ってくれないと割に合わない。
「団長、こんな奴、ここで殺しちまいましょう。妖精族の力なんていらない、眠る爆薬は俺達クラムフォレストの騎士団だけで倒す」
 剣先が首元に突き付けられる。――さすがに、背筋を脂汗が流れた。
 一瞬気圧されるが、ここでビビったら負けだ。
「……おい、その団長って呼び名、そろそろ変えろよ。明日からは親分に変えとけ」
「ふざけんじゃねぇ!」
 視界が高速で横に流れる。頬が熱い。……殴られたのだと分かるのに、少し時間がかかった。
 床に倒れ、それから髪を掴まれ引っ張り上げられる。声はでなかったが、流石に苦痛で顔が歪んだ。
「その額で我慢しろ。金をもらえるだけ感謝するんだな、流れ者」
 嘲笑が部屋に満ちる。
 苦痛と怒り、そして何より恐怖を感じながら、目の前の男を睨む。それくらいしか、俺にはできない。
 ……クソ、チートアイテムの一つでもあれば。
 チートスキルや、特別な才能でもいい。
 ――残念ながらそういったものは何一つない。俺のスペックは、日本にいた頃と全く変わらない。
 ガナーセフと話していた時間が、もはや遠く感じられる。……身に沁みて分かる。彼女は正しかった。
 コイツらは、いざとなったら容赦なく俺を捨て駒にするだろう。旅人は、町の脅威に命懸けで立ち向かうべきじゃない。こちらがどれだけ心を砕いても、彼らは何も保障してくれない。
 もし、旅の最中に滅びそうな町に出会ったとき。逃げるのではなく、戦う決意をしたのなら。
 それは愚者か――もしくは、勇者だ。
 旅先で、あまねく窮地に立たされた人々を救おうとする者。チート級の能力を有した、非凡なる超人。俺のクラスメイト達が選んだ道。
 ……どうしてだろう、俺はそれに価値を見出せない。
 英雄譚はカッコイイ。ラノベや漫画で何度もそういうのを見て、憧れた。あんな風になりたいと思ったことが何度もあった。
 だが、いざ今目の前にその機会が与えられて。俺は、自分がそうなりたいとはさして思わなかった。
 そんなものより、ガナーセフのように堅実に立ち回り、自分の考えに基づいて自分のために生きる方が、何倍も憧れる。
 ……音と痛みが遠い。まだ、何度となく殴られていることだけが何となくわかる。
 騎士団長が止める声が聞こえる。……意識が途絶えたのは、そのすぐ後だった。
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