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episode1
朝陽①-1
しおりを挟む◇ 朝陽 ①-1 ◇
――就く職業を間違えたかもしれない。
*
小六の夏、スカウトされて男性アイドル事務所に入った。小三からやっていた少年野球はその時に辞めた。
中学と高校に通いながら歌とダンスのレッスン、それからテレビの仕事を少ししていた。ラヴィアン・ローズという四人組のグループとしてCDデビューしたのはが朝陽が高二の時だった。
デビューして五年。蘭朝陽という名前が珍しいのもあって、グループ名だけでなく個人名も世間から認知されている実感はある。
「倭くん出てるよ」
「えっ、ああ、うん」
テレビ局の楽屋で収録と収録の合間、メンバーの走に言われる。楽屋のテレビには朝陽たちの先輩であるヴァン・ブラン・カシスの倭が出ていた。
朝陽が倭のことを好きなのはメンバーは皆知っている。けれどもその「好き」はもちろん尊敬や憧れとして捉えられている。本当は違うのだけれど。
「ドラマの番宣だね。前クールでは奏くんがドラマやってたから、なんかヴァン・ブランがずっとドラマ出てる感じする」
走がそう言う。
「奏くんが隣のスタジオで撮影してた時に挨拶行ったよ。そしたら隼斗くんが差し入れ来てた」
「仲良いよね」
倭、奏、隼斗は皆、ヴァン・ブラン・カシスのメンバーだ。
朝陽たちはデビューするまでずっとヴァン・ブラン・カシスのうしろで躍ったりしていて、ヴァン・ブランはいろいろと教えてもらった直の先輩にあたる。中二くらいから朝陽は倭に憧れそれを公言していたから、いつからか倭からかわいがってもらえるようになった。
倭から教えてもらったこと。プロのアイドルとして忘れてはいけないこと。ご飯に連れていってもらった時に倭が言っていた。
「自分のことを好きになってくれたファンの人に絶対に嫌な思いをさせてはいけない」
それはプライベートについての話だった。
「ひとりの男だから、生きていれば女の子を好きになっちゃうのはどうにもできないと思う」
倭ははっきりと「女の子」と言った。
「でもそれは絶対にバレてはいけない」
「はい」
朝陽はこの日、失恋したわけだ。倭の恋愛対象は女性だと知った。
冷静になってまわりを見てみると、事務所に所属するタレントは皆、女性が好きだとわかる。
今思うと小学生の頃にすごく好きだった男友達がいて、たぶんあれが初恋だった。当時は友達としてすごく好きなのだと思っていた。けれど倭に恋をした時に、それが人生で二度目の恋だとすぐに気付いた。
朝陽の近くには格好良い男性がたくさんいる。けれどもそれは朝陽にとってつらいことでしかなかった。
そもそも女の子にモテるためにこの世界に入った人もいるし、そういうことにそんなに興味がない――というか自分を戒めているのかもしれない――人でも結局好きになるのは女の子だった。
デビューした時に朝陽の専属マネージャーがついた。二年間ほど担当してくれた時、家族のような信頼が芽生えていることに気付き相談してみることにした。
仕事が終わって、車で自宅マンションまで送ってもらっている時だった。朝陽の実家は横浜で、なんとかそこから通っていたけれど、高校卒業と同時にテレビ局に近い都心のマンションでひとり暮らしを始めた。
「あのさ……、誰にも言ったことのない話、してもいい?」
そう切り出すとマネージャーは裏道に入り路肩に車を停めた。深夜の路地裏はひっそりとしていた。
「それは事務所には言わないでくれってこと?」
運転席から朝陽のほうを少し振り返りそう訊いてきた。
「うん」
「そうだなぁ。俺は事務所の利益になることをしなければならない、会社に雇われた立場だけどさ。いいよ、朝陽くんの家族みたいな気持ちで聞く。あ、ただ犯罪絡みのことだったらさすがに警察に言うよ」
犯罪じゃないよ、と朝陽は笑った。
「俺ね、……男の人が好きなんだ」
マネージャーは一瞬、えっ、と固まったようだった。
「どうしたらいい?」
「付き合ってる人がいるの?」
「ううん、いないよ」
あごに手を当ててマネージャーは、うーん、と考え込んだ。
「もう走り出してしまったからね、それは隠したほうがいい。気持ちを殺せってことじゃなくて、世間には隠すってこと。ラヴィアン・ローズはまだ若いからファン層も若い。若い女の子たちはいつか自分が朝陽くんと結婚することを本当に夢見ている。それが、自分は朝陽くんの恋愛対象の性別と違うとわかったら間違いなくファンをやめる」
確かにそうだな、と思った。このマネージャーはそれから一年ほど朝陽の担当をして、今は別のマネージャーがついてくれている。朝陽は彼から言われたことを守り通そうと今でも心に誓っている。
ドラマやバラエティーとマルチに仕事をしていると、いろんなタレントやスタッフと知り合う。中には意味深な誘い方をしてくる男性がいる。「ふたりきりで」などと強調されると、たぶん恋愛的な意味合いで言っているんだろうなと感じる。
共通の目的を持った人が集まるバーの存在をほのめかされて、そんなふうに同じ性的指向の人と出会えることってあるんだ、と知ったときは驚いた。
誘ってくる男性に少し興味を持っても深入りできないためやんわりと断ると、そのたびに胸に切なさが積もっていった。けれども時間が経てば忘れてしまうから、その程度の相手だったのだと思う。
それでも積もっていく切なさはいつしか苦しさに変わり、この仕事をしていることを後悔してしまいそうになった。好きでやっている仕事なのに。それにひとりじゃない。大切な仲間が三人もいるのだ。自分が足を引っ張るような行動は絶対にできない。
もし過去に誘われた男性についていって同じ指向の人たちが集まる場所に顔を出したら、倭に恋した時と同じような気持ちになれる人に出会えたりしたのだろうか。自由の身だったらそういう行動もできたのだ。
就く職業を間違えたかもしれない。そんなことを思ってしまう。
「朝陽は次の収録で今日は終わり?」
走が読み飽きたといった感じで雑誌を放り出して聞いてくる。
「ううん、このあと雑誌の対談が入ったんだ」
「へぇ、相手は?」
朝陽が「A球団の小日向選手」と言うと「すごーい」と走が言う。
「朝陽、野球好きだもんな。良かったな」
「うん。やっぱ緊張するなぁ」
実際、緊張したのは対談のあとだった。
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