迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
179 / 246
第三章『身代わり王 』

第八話 父の名

しおりを挟む
「まず、あなた方が育てているというニントルという少女。彼女を預かることに異存はありません。イシュタル神殿にとって寡婦と孤児の世話は最優先で行うべき仕事です」
 きっぱりと断言するラキアにエタはほっとした。
 かつてミミエルの母を見捨てず、彼女自身も何かと気にかけてくれたラキアならばニントルを悪いようにはしないだろう。
 しかしそれだけなら、わざわざシュメール全員をこの場に集めた意味が分からない。……いや、むしろ意味など一つしかないだろう。
「ご厚意に感謝しますラキア様。ですが、何故我々をこの場に集めたのですか?」
 ラキアは真面目だが、やはり穏やかな顔つきを崩さない。
 だからこそぴりっとした圧力を感じる。
「あなた方は国王陛下が亡くなった件についてどの程度ご存じですか」
「……どちらの、ですか?」
「もちろん、身代わり王ではない方の」
「ラキア様。あなたは……どなたからそれをお聞きになったのですか」
「年を取れば意外と遠くまで人の声が聞こえるようになるものですよ」
 しれっとごまかすラキア。
 相手はイシュタル神殿の長だ。エタには思いもよらない伝手があるのかもしれない。
「では、イシュタル神殿は次の王をお定めになったのですか?」
「ええ。次の王はラバシュム様を置いて他にはいません。彼もまたイシュタルの信徒ですから」
(言い換えれば王族の中にイシュタル神の信徒ではない人が混じっているということ?)
 ウルクの都市神はイシュタルであり、最も勢力が強いのはイシュタル神の信徒だ。
 だが、王が例えばエンリル神の信徒であれば立場を脅かす可能性もなくはない。そういう意味でラキアは立場的にラバシュムを推薦せざるを得ない立場であると言える。
「ですが、今彼はどこにいるのでしょうか」
「ご存じありませんか? 彼は『荒野の鷹』というギルドに所属しているそうです」
 これでリムズからの『噂話』はほぼ確実な証言であることになった。もちろん、リムズとラキアが裏でつながっていない限りは。
「それ以上のことはわからないのですか?」
「残念ながら。敵にせよ、味方にせよ、それは同じでしょう。前国王陛下は大変慎重なお方でしたから。幼少のころならともかく、今の彼の顔を知っている人さえほとんどいないでしょう」
「しかしそれではどう見つけたものでしょうか」
「ええ。おそらく敵側もそれで困っていることでしょう。ですが、私だけはそうではありません」
「それはいったい……?」
「私は、他人の『父親の名前を明かす掟』を持っています」
「「「「!!!!」」」」
 これにはエタを含めた全員が驚きに包まれた。
 今まさに欲している掟だった。それと同時に、王子を排したい側からすれば絶対に敵側に存在してほしくない掟だ。
 もしもこの事実が知られれば、命を狙われることになってもおかしくない。
「なお、この事実を知っている人は神殿の関係者でもごく一部。それ以外なら、あなた方だけです」
「ぼ、僕らに教えていただけるのは光栄ですが……何故、そこまで……?」
「さるお方からの御推薦、とだけ申し上げておきましょう」
 さるお方。考えられるとすれば。
(アトラハシス様……? あのお方以外考えられないけれど……)
 もしもそうだとすれば、エタは逃げられない。アトラハシスには返せないほどの恩があるのだ。
「では、あなた方もラバシュム様を守るために行動しているのですか?」
 エタは核心となる言葉を言った。いや、言わされたというべきか。
「もちろんです。王位とは正当なるお方が継ぐべきであり、不当な男が継ぐべきではありません。そして、私個人としても、何の罪もない少年を不要に傷つける事態に指をくわえてみているわけにはいかないのです」
 決然としたラキアの力強い声と目にエタは無言でうなずいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

処理中です...