迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
145 / 246
第二章 岩山の試練

第四十話 この世にあらざる者

しおりを挟む
「し、色彩の魔人……?」
 薄々気づいていたが、いきなり魔人に名乗られるとは予想外だった。しかもその肩書も意味不明だ。錬金術師など聞いたこともない。
「ふむ。ああ、君は扇動の魔人に会いに来たのだろう? 人違い……いや、魔人違いだ。出直すがいい」
 エタの目的をあっさり看破した色彩の魔人はしっしと手を払ったが、ここまできておめおめと引き下がるわけにもいかない。
「いいえ。僕にも聞かなければならないことがあります。そうですね。何か条件を提示してください。僕にできることなら何でもします」
「ふむ。ふむ。しかしそうは言っても私は研究の途中なのだ。余計な時間を割いているわけにはいかん」
「研究ということは知識が必要なのでしょう? 僕ならお力になれるかもしれません」
「ふむ? 君はどこかの学生だったのかな?」
「はい。エドゥッパの学生でした」
「ふむう?」
 初めて興味深そうにじろじろとエタを見つめる。むしろようやくエタの存在を認識したようだった。
「ならひとつ質問しよう。何故私は魔人でありながらまっとうに生活していると思う?」
 その恰好はまっとうなのかと問いただしたくなったが話を逸らすわけにはいかない。いやむしろ、その恰好で暮らせていることが答えなのかもしれない。
「あなたは色彩の魔人。つまり色を操れるはずです。服装や髪も色をごまかすことは容易です。しかしもっと重要なのは、ニラムです。魔人ならニラムやメラムがあるはず。あなたはそれらの色さえもごまかしているのではないですか?」
「ふむ! 正解だ! よろしい! わが実験を手伝うことを許そう!」
 くるりと振り返り部屋の奥に去る。
(実験を手伝えば話を聞いてくれるってことでいいんだよね?)
 この気ままな魔人が本当に人の言うことを聞いてくれるのか不安だったが、ほんの少しでも情報が欲しかった。
 それからエタは色彩の魔人を手伝うことになった。
 あれを取ってこい、これを混ぜろ。この結果を記録しろ。
 書記官に推薦されるほど優秀だったエタにとっては大して難しくない雑用だったが、いつ終わるのか不安だった。
 思い切って作業中に質問してみることにした。
「ここに住んでいた人は扇動の魔人というのですか?」
「ふむ。少なくともそう名乗っていたな。ああ、ずるがしこそうな少女にいろいろ教えていたな」
 手を休めず口を動かす色彩の魔人は器用だった。だがしかし興味のないものには無関心なのだろう。リリーについてはほとんど覚えていないらしかった。
「あなたと扇動の魔人はどういう関係なのですか?」
「ただの知り合いだ。珍しく会話が通じる魔人だったから協力していただけだ。もうどこにいるのかもわからん」
「……他にも会話できる魔人がいるのですか?」
「ふむ。それは掟次第だな。私は掟に縛られる性質さえ薄められるため、自由が多い。だが扇動などは会話できるがそれはすべて人を扇動するためだ」
 扇動。
 つまりは目的のために集団を強引に導くこと。そのために他人に教えを授けているのだろうか。
 少なくとも魔人同士に仲間意識はあまりないのだろう。
 少しホッとする。姉だった擬態の魔人が得体のしれない連中と手を組んでいることはなさそうだ。
「リリーに戦士の岩山の攻略方法を教えたのはあなたですね?」
「ふむ。確かそうだったな。あの迷宮は錬金術師たる私が無視できぬ掟を持つため不愉快だ。さっさと倒してもらったほうが良い」
 どうも錬金術師とは何かの実験を行ったりするものらしいとエタはあたりをつけていた。
「では、攻略方法を……」
「自分で考えたまえと言いたいところだが、とっかかりだけはくれてやろう。あの迷宮の掟は精錬。つまり石の戦士たちは皆、もとになった岩や金属が存在する」
「……!」
 この回答だけでエタは頭の中で戦士の岩山の攻略地図の八割を完成させた。
 それを見て何かを悟った色彩の魔人は満足そうだった。
「聞きたいことは終わりかな?」
「いえ、そもそも魔人とは一体何ですか?」
「魔人。それはすなわち……」
 魔人は初めて完全に手を止めた。それにつられてエタも手を止める。
 もしかするとこの世界の真実の一端に触れているのかもしれないと思うと我ながら興奮を隠せなかった。
 だが。
「わからん」
 思わず手を滑らせて瓶を落としそうになる。
「わからないって……」
「なら聞くがお前は自分が何故生まれたのか知っておるのか?」
「それは神に代わり迷宮を攻略するためです」
 子供のころから言い聞かされていた文句をよどみなく答える。
 ウルクに、それどころか都市国家にとって神の命令を信じ、従うことこそが自らの生まれた意味だ。
 そこに疑いを持ったことはない。疑うとしたら自分の実力だ。
「ふむ。まあ、そういうことだ。我々もおそらくなんとなくそうしろと言われたからやっている」
「そうしろ? 何を?」
「掟に従え。神に歯向かえ」
 今度こそエタは魔人と人との隔たりがティアマト神の住まう海より深いと理解した。
 神に従うかどうか。それこそが絶対の分水嶺だ。会話できていても、根本的に違うのだ。
「確かなのは我々がここにはない知識や技術を与えられていること。これもその産物だ」
 床の瓶や粘土板を指し示す。
 確かに今まで見た魔人はこの世のものとは思えない恰好をしていた。
 なら……そこまででエタは推測を打ち切った。
「さらに言えば扇動のように人の社会に影響を与えることで掟を達成したものもいる。企業もその一つだ」
「企業が……魔人によってもたらされた?」
「ふむ。たしか労働の魔人だったか。もともとこの世界には企業というものが存在していなかったはずだ」
(企業が神に反する存在? でも、企業が神から罰せられたなんて話は聞いたことがない。嘘? それとも……)
 疑問はあるが答えは出ない。聞きたいことを聞き終えたエタは黙々と作業を進めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

処理中です...