35 / 246
第一章 迷宮へと挑む
第二十六話 悪事は上手くいかぬ
しおりを挟む
時折落ち葉の舞う森の一角、わずかに水の溜まった泉に蟻が一匹倒れており、そこにシャルラをはじめとするニスキツルの社員が集まっていた。水を求めてやってきた蟻を待ち伏せていたのだろう。
しかし浮かれる様子は全くなく、没個性的な兵士装束に身を包んだ社員たちは淡々と次の獲物を探していた。
そこに一人だけエレシュキガルの神印や、羽飾りのある外套など、目立つ衣装を身に着けたシャルラはエタを見て顔をほころばせた。
「あ、エタ。お疲れ様。この大白蟻は毒を使って殺害したわよ」
ひらひらと手を振るシャルラの視線はエタよりもむしろ灰の巨人の冒険者に移動していた。
「一矢で仕留めたんだ。すごいね」
大白蟻の背中に一本の矢が刺さっていた。本来ならこのくらいではひるみすらしないだろうが、蟻は完全に動きを止めていた。
「まあね。お父さんにも鍛えられたし。動きは鈍いから当てることなら難しくないわよ」
シャルラは大白蟻の死体を検分しているエタの耳元にそっと近づき囁いた。
(この毒は死に至る毒じゃないわ。もう少し時間がたてばまた動き出すから、それまでに何とかしてね)
エタはどうしても蟻を捕獲する必要があったが、その障害は灰の巨人の目だった。やはり灰の巨人も迷宮を攻略されることを警戒しているらしく、他のギルドや企業に対して監視を緩めていなかった。
だが、エタはそれほど警戒されていない。しかも死体の処理を担当しているため、毒で動けなくなった蟻を毒で死亡したと偽るくらいなら可能だった。
これでまた一つ計画が進んだ。
エタはシャルラに対して頷かなかったが、目線だけで感謝の意を伝えた。それを受け取ったシャルラは何もなかったのかのように会話を続けた。
「大白蟻はずいぶん楽に狩れるけど、大黒蟻のほうは簡単じゃないのよね?」
「うん。凶暴で皮も堅いから簡単には仕留められないよ。それに仲間を呼び寄せるらしいから気を付けたほうがいいよ」
「仲間を呼ぶって叫んだりするの?」
「いや、詳しくはわからないけど死体に集まってくるらしいんだ。だから大黒蟻は見つけても攻撃しない。もしも攻撃してしまったらすぐにその場を離れるのが定石らしいよ」
「こういう集団で行動する魔物って厄介よね。だからこの迷宮が攻略できなかったんでしょうけど」
「まあ今回は攻略が目的じゃなくて大白蟻の討伐が目的だからね。慎重に戦えば危なくないはずだよ」
「そうね。まず無事に仕事を終えましょう」
エタに限った話ではないのだが、とにかく全員白々しいセリフをいけしゃあしゃあと述べることに対する抵抗が全くなかった。
人間は追い詰められた時にこそ意外な才能が発見されるとは言うが、エタとシャルラ以外、数日前にあったばかりの人間が連携してこれほどまでに見事な演技を見せているのは神の祝福があったとしか思えなかった。
あるいは、灰の巨人が神から見放されつつあったのかもしれない。
だがすべてがエタの予想通りにはいかなかった。
しかし浮かれる様子は全くなく、没個性的な兵士装束に身を包んだ社員たちは淡々と次の獲物を探していた。
そこに一人だけエレシュキガルの神印や、羽飾りのある外套など、目立つ衣装を身に着けたシャルラはエタを見て顔をほころばせた。
「あ、エタ。お疲れ様。この大白蟻は毒を使って殺害したわよ」
ひらひらと手を振るシャルラの視線はエタよりもむしろ灰の巨人の冒険者に移動していた。
「一矢で仕留めたんだ。すごいね」
大白蟻の背中に一本の矢が刺さっていた。本来ならこのくらいではひるみすらしないだろうが、蟻は完全に動きを止めていた。
「まあね。お父さんにも鍛えられたし。動きは鈍いから当てることなら難しくないわよ」
シャルラは大白蟻の死体を検分しているエタの耳元にそっと近づき囁いた。
(この毒は死に至る毒じゃないわ。もう少し時間がたてばまた動き出すから、それまでに何とかしてね)
エタはどうしても蟻を捕獲する必要があったが、その障害は灰の巨人の目だった。やはり灰の巨人も迷宮を攻略されることを警戒しているらしく、他のギルドや企業に対して監視を緩めていなかった。
だが、エタはそれほど警戒されていない。しかも死体の処理を担当しているため、毒で動けなくなった蟻を毒で死亡したと偽るくらいなら可能だった。
これでまた一つ計画が進んだ。
エタはシャルラに対して頷かなかったが、目線だけで感謝の意を伝えた。それを受け取ったシャルラは何もなかったのかのように会話を続けた。
「大白蟻はずいぶん楽に狩れるけど、大黒蟻のほうは簡単じゃないのよね?」
「うん。凶暴で皮も堅いから簡単には仕留められないよ。それに仲間を呼び寄せるらしいから気を付けたほうがいいよ」
「仲間を呼ぶって叫んだりするの?」
「いや、詳しくはわからないけど死体に集まってくるらしいんだ。だから大黒蟻は見つけても攻撃しない。もしも攻撃してしまったらすぐにその場を離れるのが定石らしいよ」
「こういう集団で行動する魔物って厄介よね。だからこの迷宮が攻略できなかったんでしょうけど」
「まあ今回は攻略が目的じゃなくて大白蟻の討伐が目的だからね。慎重に戦えば危なくないはずだよ」
「そうね。まず無事に仕事を終えましょう」
エタに限った話ではないのだが、とにかく全員白々しいセリフをいけしゃあしゃあと述べることに対する抵抗が全くなかった。
人間は追い詰められた時にこそ意外な才能が発見されるとは言うが、エタとシャルラ以外、数日前にあったばかりの人間が連携してこれほどまでに見事な演技を見せているのは神の祝福があったとしか思えなかった。
あるいは、灰の巨人が神から見放されつつあったのかもしれない。
だがすべてがエタの予想通りにはいかなかった。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる