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第一章 迷宮へと挑む
第十七話 死の環
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「しょくもつれんさ? なんだよそりゃ?」
ターハが三人の内心を代弁した。
エタはその疑問に答える形で説明を始めた。
「生き物の食べる、食べられるという関係です。草は地面から生え、その草をガゼルが食べ、そのガゼルをオオカミが捕食する。こういう関係はわかりますよね?」
「そりゃあわかるが……わしらがしなきゃならねえ迷宮攻略に何の関係がある?」
「そこもちゃんと説明します。まず植物、草食動物、肉食動物。数が多いのはどれだと思いますか?」
「そんなの植物に決まってるじゃない。見ればわかるでしょ」
「でもその見ればわかることをきちんと図示するとこうなるんだ」
エタは一枚の粘土板を取り出し、三人の前に提出した。そこには食物連鎖が絵として示されていた。植物、草食動物、肉食動物の順に上に描かれ、上に行くほど先細っていた。
「山型だな。ジッグラトみたいじゃないか」
「はい。食物連鎖を丁寧に考えると植物、草食動物、肉食動物の順に数が少なくなることが分かります」
これが以前アトラハシスから聞いた授業の概要だ。未来を見通すというアトラハシス曰く、おそらくあと四千年はたたないと提唱されることのない学説だろうと言っていたが、きちんと説明されれば誰でも理解できる内容だ。
「ではここで質問です。もしもこの食物連鎖の下位にあたる植物が丸ごとなくなればどうなりますか?」
「……草食動物がいなくなるのか?」
「はい。では、その次は?」
「まさか、肉食動物もいなくなるって言いたいの?」
「そう。植物がなくなれば動物はどこにもいなくなる」
「な、なあエタ? お前、もしかしてだけど……森を焼き払うつもりじゃないよな?」
「それも考えましたけど、森林への放火は犯罪ですからね。できません」
犯罪じゃなければやるつもりだったのか、そう思いながら三人は内心で戦慄していた。
「だから狙うべきはあまり手強くない大白蟻。大白蟻は植物や死骸などを食べる雑食性なので、大白蟻がいなくなれば大黒蟻もいなくなります」
きっぱりと断言したエタに恐怖すら感じつつラバサルが質問した。
「言ってるこたあわかった。でも大黒蟻だって魔物とはいえ生きもんだ。草やら花やらを食べて飢えをしのぐこたあできるだろ」
「いいえ。それはあり得ないわよ」
その返答はミミエルからだった。この情報を掴むことがミミエルに協力を要請した理由の一つだ。いくつかの資料から仮説はたてていたものの、確信はなかったのだ。
「はい。ミミエルから聞いたところによると、大黒蟻は絶対に大白蟻しか口にしないそうです」
これはエタも知らないことだが、昆虫には偏食が多い。特定の植物や動物しか食べないということは珍しくもない。
魔物となった大黒蟻にもその性質が受け継がれているのだろう。
「は、はああ? なんだよそりゃあ? おかしくないか? 大黒蟻は迷宮に入ったやつらを襲うんだろ? 食いもしないのに襲ってくるのかよ!」
「そうよ。大黒蟻が襲ってくるのはなわばりに入った時だけ。あいつらが殺した死体を食うのはいつも大白蟻。ずっと見てきたから間違いないわ」
実際に何年もまだらの森攻略に携わってきたミミエルが暗い瞳で断定し、ターハも反論できなかった。
「それが大白蟻がいなくなれば大黒蟻もいなくなる根拠か。だが魔物は普通の生きもんじゃあねえ。迷宮の核が自ら生み出す可能性はあるだろ」
「ええ。そうなってくれればむしろありがたいです。迷宮は掟の具現化であり、一種の生命体に近く、独自の掟を持っています。この迷宮の掟が何かははっきりしませんが、無理矢理生物を作る行為は迷宮の掟に反するはずです。迷宮は掟に従うことで成長するはずですから、逆に掟に反する行為は迷宮の力を大きく削ぐはずです」
「おー! ようやくあたしにもわかったぞ! 大白蟻を減らして、こりゃあやばいと迷宮に思わせて大白蟻を作らせる。で、迷宮を弱らせるんだな!」
「それ、エタが言ってたことと同じじゃない。これだからおばさんは……」
「おうし! ミミエルとか言ったな? 喧嘩なら買うぞ!」
ターハはしゅしゅっと手を突いては引くを繰り返した。拳闘を求める挑発らしい。
「おめえらいい加減にじゃれてんじゃねえ。エタ。計画は理解した。勝ち目があるのもわかる。それでどうやって大白蟻を減らすつもりだ? まさかわしらだけで狩りつくせる数じゃないだろう」
「ええ。だから灰の巨人に協力してもらいます。そのために、皆さんに一芝居売ってもらって構いませんか?」
全員が覚悟を決めて頷いた。
ターハが三人の内心を代弁した。
エタはその疑問に答える形で説明を始めた。
「生き物の食べる、食べられるという関係です。草は地面から生え、その草をガゼルが食べ、そのガゼルをオオカミが捕食する。こういう関係はわかりますよね?」
「そりゃあわかるが……わしらがしなきゃならねえ迷宮攻略に何の関係がある?」
「そこもちゃんと説明します。まず植物、草食動物、肉食動物。数が多いのはどれだと思いますか?」
「そんなの植物に決まってるじゃない。見ればわかるでしょ」
「でもその見ればわかることをきちんと図示するとこうなるんだ」
エタは一枚の粘土板を取り出し、三人の前に提出した。そこには食物連鎖が絵として示されていた。植物、草食動物、肉食動物の順に上に描かれ、上に行くほど先細っていた。
「山型だな。ジッグラトみたいじゃないか」
「はい。食物連鎖を丁寧に考えると植物、草食動物、肉食動物の順に数が少なくなることが分かります」
これが以前アトラハシスから聞いた授業の概要だ。未来を見通すというアトラハシス曰く、おそらくあと四千年はたたないと提唱されることのない学説だろうと言っていたが、きちんと説明されれば誰でも理解できる内容だ。
「ではここで質問です。もしもこの食物連鎖の下位にあたる植物が丸ごとなくなればどうなりますか?」
「……草食動物がいなくなるのか?」
「はい。では、その次は?」
「まさか、肉食動物もいなくなるって言いたいの?」
「そう。植物がなくなれば動物はどこにもいなくなる」
「な、なあエタ? お前、もしかしてだけど……森を焼き払うつもりじゃないよな?」
「それも考えましたけど、森林への放火は犯罪ですからね。できません」
犯罪じゃなければやるつもりだったのか、そう思いながら三人は内心で戦慄していた。
「だから狙うべきはあまり手強くない大白蟻。大白蟻は植物や死骸などを食べる雑食性なので、大白蟻がいなくなれば大黒蟻もいなくなります」
きっぱりと断言したエタに恐怖すら感じつつラバサルが質問した。
「言ってるこたあわかった。でも大黒蟻だって魔物とはいえ生きもんだ。草やら花やらを食べて飢えをしのぐこたあできるだろ」
「いいえ。それはあり得ないわよ」
その返答はミミエルからだった。この情報を掴むことがミミエルに協力を要請した理由の一つだ。いくつかの資料から仮説はたてていたものの、確信はなかったのだ。
「はい。ミミエルから聞いたところによると、大黒蟻は絶対に大白蟻しか口にしないそうです」
これはエタも知らないことだが、昆虫には偏食が多い。特定の植物や動物しか食べないということは珍しくもない。
魔物となった大黒蟻にもその性質が受け継がれているのだろう。
「は、はああ? なんだよそりゃあ? おかしくないか? 大黒蟻は迷宮に入ったやつらを襲うんだろ? 食いもしないのに襲ってくるのかよ!」
「そうよ。大黒蟻が襲ってくるのはなわばりに入った時だけ。あいつらが殺した死体を食うのはいつも大白蟻。ずっと見てきたから間違いないわ」
実際に何年もまだらの森攻略に携わってきたミミエルが暗い瞳で断定し、ターハも反論できなかった。
「それが大白蟻がいなくなれば大黒蟻もいなくなる根拠か。だが魔物は普通の生きもんじゃあねえ。迷宮の核が自ら生み出す可能性はあるだろ」
「ええ。そうなってくれればむしろありがたいです。迷宮は掟の具現化であり、一種の生命体に近く、独自の掟を持っています。この迷宮の掟が何かははっきりしませんが、無理矢理生物を作る行為は迷宮の掟に反するはずです。迷宮は掟に従うことで成長するはずですから、逆に掟に反する行為は迷宮の力を大きく削ぐはずです」
「おー! ようやくあたしにもわかったぞ! 大白蟻を減らして、こりゃあやばいと迷宮に思わせて大白蟻を作らせる。で、迷宮を弱らせるんだな!」
「それ、エタが言ってたことと同じじゃない。これだからおばさんは……」
「おうし! ミミエルとか言ったな? 喧嘩なら買うぞ!」
ターハはしゅしゅっと手を突いては引くを繰り返した。拳闘を求める挑発らしい。
「おめえらいい加減にじゃれてんじゃねえ。エタ。計画は理解した。勝ち目があるのもわかる。それでどうやって大白蟻を減らすつもりだ? まさかわしらだけで狩りつくせる数じゃないだろう」
「ええ。だから灰の巨人に協力してもらいます。そのために、皆さんに一芝居売ってもらって構いませんか?」
全員が覚悟を決めて頷いた。
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