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秋葉夕雲

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第六章

467 第二人徳

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 森の木々を切り開き作られたこの道を進むセイノス教徒たちは祖先を誇らしく思い、同時に自らの前途を明るく照らしていると確信していた。どれほどの苦難が待ち受けていようとも銀の聖女様に付き従えば必ず救いがもたらされると信じていた。
 たとえ、隣を歩く信徒が日ごとに少なくなっていったとしても、そんなことは些細な問題なのだ。
 そんな疲労困憊ながらも顔を輝かせる信徒たちに静かに、密かに、ゆっくりと軍勢が忍び寄っていることに気付いていなかった。
 長距離移動による疲労、指揮系統の乱れによる偵察不足など、敵が弱体化した要因を挙げればきりがないが、あまりにもあっさりと奇襲が成功したことに指揮官である摩耶が驚いてしまったほどだった。

「ヴェヴェ!」
 奇怪な、少なくともクワイ国民からしてみればそうとしか思えない叫びを轟かせて一気に距離を詰める。
 カンガルーはあまり森林に適した体格ではないのだが、もともと森の多いエミシで育ち、様々な環境で訓練した摩耶にはそれほど障害にはならない。
 同時に摩耶が率いる部隊も森林という環境に慣れていた。だが、それはこの状況の一因でしかない。
 多種多様な魔物が、群れを成し、牙をむき、魔法を光らせ、一斉に襲い掛かる。
 容赦も躊躇もなく。致命傷を負ってもなお戦いをやめない。
 彼女らはクワイ、特に銀髪との戦いで親族を亡くした魔物から構成されており、その士気はひときわ高く、同時に一切の容赦がなかった。
 そんな事情を知らず、あるいは知っていたとしても、自らの正しさを信じ、こちらもためらうことなく応戦するセイノス教徒たち。こんな状況下でも戦意は全く衰えない。
 しかし悲しいかな。心の強さでは実際の戦闘力を覆すことはできない。むしろ過剰な戦意が連携力の低下を生み出し、混乱に拍車をかけていた。

 次々と緑の森が赤い濁流に呑まれていく。
 何の既成概念もない人物が見れば赤と緑の対照が美しかっただろう。しかしその色合いさえも霞むほどの輝きが戦場を切り裂く。
 もちろん銀の聖女である。
 忌々しい魔物と清らかなる信徒との間に清浄な銀色の壁が立ちはだかる。
 あまりの気高さに、魔物がいるにもかかわらずひれ伏す信徒が後を絶たない。そんな信徒には目もくれず愚かな魔物は一直線に銀の聖女へと向かっていく。
 ある信徒は息を呑み、またある信徒は銀の聖女に迫る魔物を討つべくひた走った。
 しかしそれらすべてよりも早く、世の邪悪を消し去らんばかりに銀の光が瞬き、次々と魔物を討ち滅ぼしていく。
 やがて魔物はいなくなり神々しく屹立する銀の聖女だけが残された。

 常のように歓喜と賞賛の声が木霊する。そんな人々をファティは他人事のように眺める。
(助けられた人もいるけど……死んでしまった人の方が多い。それでも、どうして私を讃えてくれるんだろう?)
 むしろ彼女としては責められた方が気が楽だったかもしれない。讃えられるたびに、褒められるたびに周囲との溝が深まっていく気さえしている。
 いや、少なくとも彼女の主観からはもう人々は奈落の谷の向こうにいるようにしか感じられなかった。
 そんな思考にとらわれていると、誰かが騒ぎ始めた。
「おい! 生き残りがいるぞ!」
 辺りを見回して見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の蟻だった。
 ぎらつく瞳を定め、距離を詰める信徒。しかし一人の少年が飛び出し一気に蟻の喉元をかき切った。
 どよめき、少年の勇気を誰もが讃える。
 そんな光景をファティはざわつく胸を鎮めながら見ていた。魔物に対して憎しみを抱くのはしょうがない。もしも魔物が生きていればまた誰かを傷つけるかもしれない。だから、弱っている相手でも手加減してはならないのだ。そう、言い聞かせる。
 蟻にとどめをさし、血まみれになった少年がとてとてとファティに近づいてくる。どうかしたのか、そう尋ねるよりも先に少年はファティに抱きついてきた。頭二つほど小さい少年がファティの服に顔を埋める。
「聖女様! ご覧いただけましたでしょうか! 僕は邪悪な魔物を討ちました!」
 無邪気な、しかし残酷な言葉が小さな子供から溢れ出す。その落差に戸惑い、どう答えていいのかわからなかった。
 そうこうしているうちにその少年の保護者らしき男性が駆けよってくる。この世界の人間での一歳ほど年上の男性は少年の襟首を乱雑につかみ、それとは対照的にファティに触れている手を壊れ物でも扱うように丁寧に引きはがし――――少年が倒れるほど強く、平手打ちした。
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