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第五章
431 許すまじ教皇
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樹海にほど近い村に住んでいた彼女たちは突如として病魔に襲われた。彼女らはなすすべもなく朽ち果てるのだと覚悟していた時……その御方は現れた。
その御方こそ銀の聖女。
その銀の聖女様にいずこかへ導かれた。もはやここがどこなのかわからないが、些細なことだ。銀の聖女に付き従い、すべてを捧げる。彼女たちはそうあると心に決めていた。
途中で同じような村々でも病に苦しむ信徒を救い、その数はおよそ千人に膨れ上がっていた。
そして今日、ここに集った信徒は皆高揚していた。
彼女たちが敬愛してやまない銀の聖女から重要な知らせがあると聞いていたのだ。
そうして待つうちに銀の聖女は現れた。
隣に付き人を従え、その顔は薄いヴェールに覆われている。しかしその銀色の髪を一目見ればその御方こそ銀の聖女であることを見間違えるはずもない。
先ほどの喧騒が嘘のように静まり返る。
開けた広場で銀の聖女は敬礼した後、凛とした声を響かせた。
「本日は皆さまにお願いがあり、ここに来ました」
信徒たちは声にこそ出さなかったが、興奮を抑えられなかった。お願い。今から自分たちは銀の聖女様にお願いされるのだ。
彼女たちは身震いするほどの歓喜に包まれていた。しかし……。
「もう一人の銀の聖女を取り戻すお手伝いをしていただきたいのです」
信徒たちの間に動揺が走る。銀の聖女はこの世にただ一人のはず。何故もう一人の銀の聖女などと言う言葉が出るのか?
「驚くのも無理ありません。まずは私の過去を話さなければなりません」
動揺は去り、一言一句聞き逃さないように耳をそばだてる。
「私は、以前どこにでもいる村人でした。しかしある時、神のお告げによりこの銀の髪を授かったのです」
我慢できなかった村人が不敬にも銀の聖女へ尋ねる。
「聖女様! その村こそトゥーハ村なのでしょうか?」
「その通りです。さらにトゥーハ村では再び奇跡が起こりました。私と同じように銀の髪を授かった子女が現れたのです。しかしそれこそが苦難の始まりでした。我々を、銀の聖女をつけ狙う悪魔の影を村長が見たのです。悪魔は去り際にこう言いました。銀の髪を持つ女のどちらかを奪いに来ると」
信徒たちは恐れのあまり声も発せずただ震えながら祈るばかりだった。
「悩んだ村長は一計を案じました。聖女を一人だと偽ることにし、その事実はごく一部の人のみにしか知らせませんでした。しばらくは安全でしたが……ある時私たちはある女に囚われの身となったのです。しかし……」
そこで銀の聖女は一度言葉を切った。何かを躊躇う苦悶の表情を形作ったまま静止する。誰一人身動きすらしない泥沼のような沈黙に耐えかねた村人の一人が叫んだ。
「い、いったい誰が聖女様を虜囚にしたというのですか!?」
「それを喋るわけには……」
「教えてください聖女様! 貴女様にそのような辱めを与えた不届き者を許しはしません!」
「ありがとうございます。ですがその人はあまりにも……」
「ご安心ください! 我らはあなた様に命を救われた身! いかなる相手でも決して裏切りはしません!」
銀の聖女は感激のあまり濡れた目元を拭いながら答えた。
「私たちを捉えていたのは……教皇猊下……いえ、教皇です」
あまりにも意外過ぎる人物に村人たちは言葉を失う。
セイノス教にとって教皇は大地にも等しく、民を支える根幹に他ならない。その言葉や人格を疑うことなどそもそも想像しない。
「そんな……なにかの 間違いでは?」
「そうです! 教皇猊下がそのような……」
「いえ、ですが教皇様は聖女様の祖母を放逐したとも聞きます。教皇様にとって聖女様は疎ましいのでは……?」
ここで思い出されるのはルファイ家と銀の聖女の一族とのトラブルだ。それが以前から誇張混じりの噂としてこんな田舎にも届いているからこそ絶対的な存在であるはずの教皇でさえ疑う余地が生まれる。
「そうなのです。あろうことか教皇は私と血の連なる王族を人質に取ったのです」
「きょ、教皇様が王族を!?」
空気を求めて口をぱくぱくさせた村人が必死に叫ぶ。
「私は必死に人質になった王族を救出し、逃げ出しました。しかしもう一人は逃げ出せず、さらに別の人質を用意されたようなのです」
信徒たちの間に憤怒の炎が沸き上がる。
「お願いです皆さま! あの子を取り戻すために力をお貸しください!」
ヴェールから一筋の雫が零れ落ちる。それが炎に油を注いだ。
「は! 喜んで!」
信徒たちの目には敵意が浮かび、表情にはこう書いてある。『教皇許すまじ』。
かくして信徒たちは敬愛すべき教皇を心の底から憎むことになった。
その御方こそ銀の聖女。
その銀の聖女様にいずこかへ導かれた。もはやここがどこなのかわからないが、些細なことだ。銀の聖女に付き従い、すべてを捧げる。彼女たちはそうあると心に決めていた。
途中で同じような村々でも病に苦しむ信徒を救い、その数はおよそ千人に膨れ上がっていた。
そして今日、ここに集った信徒は皆高揚していた。
彼女たちが敬愛してやまない銀の聖女から重要な知らせがあると聞いていたのだ。
そうして待つうちに銀の聖女は現れた。
隣に付き人を従え、その顔は薄いヴェールに覆われている。しかしその銀色の髪を一目見ればその御方こそ銀の聖女であることを見間違えるはずもない。
先ほどの喧騒が嘘のように静まり返る。
開けた広場で銀の聖女は敬礼した後、凛とした声を響かせた。
「本日は皆さまにお願いがあり、ここに来ました」
信徒たちは声にこそ出さなかったが、興奮を抑えられなかった。お願い。今から自分たちは銀の聖女様にお願いされるのだ。
彼女たちは身震いするほどの歓喜に包まれていた。しかし……。
「もう一人の銀の聖女を取り戻すお手伝いをしていただきたいのです」
信徒たちの間に動揺が走る。銀の聖女はこの世にただ一人のはず。何故もう一人の銀の聖女などと言う言葉が出るのか?
「驚くのも無理ありません。まずは私の過去を話さなければなりません」
動揺は去り、一言一句聞き逃さないように耳をそばだてる。
「私は、以前どこにでもいる村人でした。しかしある時、神のお告げによりこの銀の髪を授かったのです」
我慢できなかった村人が不敬にも銀の聖女へ尋ねる。
「聖女様! その村こそトゥーハ村なのでしょうか?」
「その通りです。さらにトゥーハ村では再び奇跡が起こりました。私と同じように銀の髪を授かった子女が現れたのです。しかしそれこそが苦難の始まりでした。我々を、銀の聖女をつけ狙う悪魔の影を村長が見たのです。悪魔は去り際にこう言いました。銀の髪を持つ女のどちらかを奪いに来ると」
信徒たちは恐れのあまり声も発せずただ震えながら祈るばかりだった。
「悩んだ村長は一計を案じました。聖女を一人だと偽ることにし、その事実はごく一部の人のみにしか知らせませんでした。しばらくは安全でしたが……ある時私たちはある女に囚われの身となったのです。しかし……」
そこで銀の聖女は一度言葉を切った。何かを躊躇う苦悶の表情を形作ったまま静止する。誰一人身動きすらしない泥沼のような沈黙に耐えかねた村人の一人が叫んだ。
「い、いったい誰が聖女様を虜囚にしたというのですか!?」
「それを喋るわけには……」
「教えてください聖女様! 貴女様にそのような辱めを与えた不届き者を許しはしません!」
「ありがとうございます。ですがその人はあまりにも……」
「ご安心ください! 我らはあなた様に命を救われた身! いかなる相手でも決して裏切りはしません!」
銀の聖女は感激のあまり濡れた目元を拭いながら答えた。
「私たちを捉えていたのは……教皇猊下……いえ、教皇です」
あまりにも意外過ぎる人物に村人たちは言葉を失う。
セイノス教にとって教皇は大地にも等しく、民を支える根幹に他ならない。その言葉や人格を疑うことなどそもそも想像しない。
「そんな……なにかの 間違いでは?」
「そうです! 教皇猊下がそのような……」
「いえ、ですが教皇様は聖女様の祖母を放逐したとも聞きます。教皇様にとって聖女様は疎ましいのでは……?」
ここで思い出されるのはルファイ家と銀の聖女の一族とのトラブルだ。それが以前から誇張混じりの噂としてこんな田舎にも届いているからこそ絶対的な存在であるはずの教皇でさえ疑う余地が生まれる。
「そうなのです。あろうことか教皇は私と血の連なる王族を人質に取ったのです」
「きょ、教皇様が王族を!?」
空気を求めて口をぱくぱくさせた村人が必死に叫ぶ。
「私は必死に人質になった王族を救出し、逃げ出しました。しかしもう一人は逃げ出せず、さらに別の人質を用意されたようなのです」
信徒たちの間に憤怒の炎が沸き上がる。
「お願いです皆さま! あの子を取り戻すために力をお貸しください!」
ヴェールから一筋の雫が零れ落ちる。それが炎に油を注いだ。
「は! 喜んで!」
信徒たちの目には敵意が浮かび、表情にはこう書いてある。『教皇許すまじ』。
かくして信徒たちは敬愛すべき教皇を心の底から憎むことになった。
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