437 / 509
第五章
428 剣
しおりを挟む
窒素という原子の特徴はごくありふれていることだろうか。生体、空気中、場合によっては地中や水中にも存在する。
あるいは銀髪の体内の窒素分子に何らかの方法でエネルギーを貯蓄して巨人を動かすエネルギーの一部にもなるのかもしれない。
さらに以前にも解説したように巨人を構成する主成分である空気中の窒素分子は非常に安定した分子で、巨人の材料として用いる理由はそれかもしれない。
酸素分子とは違い、反応性に乏しく、ちょっとやそっとでは化学的に分解することはできない。
でも、オレたちにはすでに窒素分子の三重結合を分解する剣がある。
それが、ほんの少し前に完成させた、オレたち流のハーバーボッシュ法。
正直に言って心の底から驚いた。まさか空気からパンを作る方法が魔王を倒す剣になるなんて想像もしていなかった。しかし、巨人の体が窒素分子でできているならば、ハーバーボッシュ法はこれ以上ないほど有効な化学兵器だ。
しかし、これには一つ前提が必要だ。
巨人の窒素の化学的性質が通常の窒素と同じであることだ。
エネルギー吸収だの海を持ち上げるのだの散々めちゃくちゃな奇跡を起こしているから、普通の窒素ではないように感じる。
しかし魔法という事象が存在していても物理法則は世界が始まってから終わるまで変わらない。
ゆえに、賭ける価値はある。
蜘蛛に目を向けていた巨人の背後から鷲が急接近し、墜落寸前まで速度を落としながら海老を巨人に投げ出す。
落ちれば間違いなく命はない。海老は巨人に掴まろうとするが、鋏ですら滑り、そのまま――――同伴していた蜘蛛の糸によって巨人もろともはりつけにされた。
あの細い糸のどこに海老を繋ぎとめる強さがあるのか全く理解できないが、天空の巨人頭部でさえ、オレたちを何度も救ってきた糸は千切れる様子さえない。
ようやくここまで来た。
海老はハーバーボッシュ法の触媒、モリブデン錯体が混入された、魔法によって水素を溶かした水を鞭のようにしならせ、黒い巨人、しかしその体にたった一つだけ存在する銀色の瞳のような何かに叩きつけた。
新型ハーバーボッシュ法はある意味オレの、エミシの集大成だ。それが通じるか否か。その結果は果たして……?
しばらくは何も起きず、上空の強い風が体に吹き付ける。
しかし、突如としてぴしりと銀の瞳に亀裂が入る。それは徐々に広がり、激しい燐光と悲鳴のような不協和音が地上にまで届くほどに膨れ上がる。
「き、効いてる……っていうか効きすぎ……?」
巨人は悶えている……ように見える。表情もなく、黒くのっぺりとした異形は表情や感情を読み取ることができないけれど、その行動が今までとは違う。
攻撃しているわけでなく、かといって何かを守ろうとしている様子もない。特に枝分かれした腕はでたらめな方向にしなり、地面を抉っている。
そして徐々に、巨人がふらついているようでもある。これはまさか……お約束か!?
「この巨人、崩れようとしているのかのう?」
「ですよね!? てか千尋! おちついてないで脱出しろ!」
「いや、今から降りても間に合わぬ」
もっともだ。蜘蛛たちは囮として巨人を登っていたのだけど、登りすぎた。飛び降りればいくら魔物でも死ぬ。かと言っていつ崩れるかわからない巨人をこのまま降りていいとも思えない。
では一体どうするつもりなのか。
「どうやらまた翼が必要なようだな!」
「ケーロイ! そうか鷲に……いや、でも数が……」
蜘蛛は未だに数千人が健在だけど、鷲はそんなに多くない。
「ケーロイ。負傷者を乗せてくれ。妾たちもすぐに飛ぶ」
足があらぬ方向に曲がっていたり、ふらついている蜘蛛を鷲が運び去っていく。
しかしその数はごく少数。残りが脱出する手段はあるのか?
蜘蛛たちは糸をより合わせ、布を作る。その布はやがて翼のように広がり……。
「パラグライダー……? お前、いつの間にこんなもんを?」
「なに、妾たちも飛べぬかと相談しておっただけだ」
パラグライダーが完成した蜘蛛から順に巨人を飛び立っていく。さながらタンポポの綿毛のようだ。
蜘蛛は糸に乗って飛ぶ、バルーニングと呼ばれる方法で広域に拡散する。それを知っていたのかどうかはわからないけど、この方法ならきちんと脱出できる。ただ……やはり頂上にたどり着いた海老はそこから動けない。一番の殊勲者を見捨てるのは忍びないけれど……やつは今でも攻撃を続けている。多分、その命が尽きるまで攻撃の手を緩めはしないだろう。
ひときわ大きい稲妻のような光と、爆弾が爆発するような轟音が響き、遂に巨人は倒れ始めた。
あるいは銀髪の体内の窒素分子に何らかの方法でエネルギーを貯蓄して巨人を動かすエネルギーの一部にもなるのかもしれない。
さらに以前にも解説したように巨人を構成する主成分である空気中の窒素分子は非常に安定した分子で、巨人の材料として用いる理由はそれかもしれない。
酸素分子とは違い、反応性に乏しく、ちょっとやそっとでは化学的に分解することはできない。
でも、オレたちにはすでに窒素分子の三重結合を分解する剣がある。
それが、ほんの少し前に完成させた、オレたち流のハーバーボッシュ法。
正直に言って心の底から驚いた。まさか空気からパンを作る方法が魔王を倒す剣になるなんて想像もしていなかった。しかし、巨人の体が窒素分子でできているならば、ハーバーボッシュ法はこれ以上ないほど有効な化学兵器だ。
しかし、これには一つ前提が必要だ。
巨人の窒素の化学的性質が通常の窒素と同じであることだ。
エネルギー吸収だの海を持ち上げるのだの散々めちゃくちゃな奇跡を起こしているから、普通の窒素ではないように感じる。
しかし魔法という事象が存在していても物理法則は世界が始まってから終わるまで変わらない。
ゆえに、賭ける価値はある。
蜘蛛に目を向けていた巨人の背後から鷲が急接近し、墜落寸前まで速度を落としながら海老を巨人に投げ出す。
落ちれば間違いなく命はない。海老は巨人に掴まろうとするが、鋏ですら滑り、そのまま――――同伴していた蜘蛛の糸によって巨人もろともはりつけにされた。
あの細い糸のどこに海老を繋ぎとめる強さがあるのか全く理解できないが、天空の巨人頭部でさえ、オレたちを何度も救ってきた糸は千切れる様子さえない。
ようやくここまで来た。
海老はハーバーボッシュ法の触媒、モリブデン錯体が混入された、魔法によって水素を溶かした水を鞭のようにしならせ、黒い巨人、しかしその体にたった一つだけ存在する銀色の瞳のような何かに叩きつけた。
新型ハーバーボッシュ法はある意味オレの、エミシの集大成だ。それが通じるか否か。その結果は果たして……?
しばらくは何も起きず、上空の強い風が体に吹き付ける。
しかし、突如としてぴしりと銀の瞳に亀裂が入る。それは徐々に広がり、激しい燐光と悲鳴のような不協和音が地上にまで届くほどに膨れ上がる。
「き、効いてる……っていうか効きすぎ……?」
巨人は悶えている……ように見える。表情もなく、黒くのっぺりとした異形は表情や感情を読み取ることができないけれど、その行動が今までとは違う。
攻撃しているわけでなく、かといって何かを守ろうとしている様子もない。特に枝分かれした腕はでたらめな方向にしなり、地面を抉っている。
そして徐々に、巨人がふらついているようでもある。これはまさか……お約束か!?
「この巨人、崩れようとしているのかのう?」
「ですよね!? てか千尋! おちついてないで脱出しろ!」
「いや、今から降りても間に合わぬ」
もっともだ。蜘蛛たちは囮として巨人を登っていたのだけど、登りすぎた。飛び降りればいくら魔物でも死ぬ。かと言っていつ崩れるかわからない巨人をこのまま降りていいとも思えない。
では一体どうするつもりなのか。
「どうやらまた翼が必要なようだな!」
「ケーロイ! そうか鷲に……いや、でも数が……」
蜘蛛は未だに数千人が健在だけど、鷲はそんなに多くない。
「ケーロイ。負傷者を乗せてくれ。妾たちもすぐに飛ぶ」
足があらぬ方向に曲がっていたり、ふらついている蜘蛛を鷲が運び去っていく。
しかしその数はごく少数。残りが脱出する手段はあるのか?
蜘蛛たちは糸をより合わせ、布を作る。その布はやがて翼のように広がり……。
「パラグライダー……? お前、いつの間にこんなもんを?」
「なに、妾たちも飛べぬかと相談しておっただけだ」
パラグライダーが完成した蜘蛛から順に巨人を飛び立っていく。さながらタンポポの綿毛のようだ。
蜘蛛は糸に乗って飛ぶ、バルーニングと呼ばれる方法で広域に拡散する。それを知っていたのかどうかはわからないけど、この方法ならきちんと脱出できる。ただ……やはり頂上にたどり着いた海老はそこから動けない。一番の殊勲者を見捨てるのは忍びないけれど……やつは今でも攻撃を続けている。多分、その命が尽きるまで攻撃の手を緩めはしないだろう。
ひときわ大きい稲妻のような光と、爆弾が爆発するような轟音が響き、遂に巨人は倒れ始めた。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
運命の魔法使い / トゥ・ルース戦記
天柳 辰水
ファンタジー
異世界《パラレルトゥ・ルース》に迷い混んだ中年おじさんと女子大生。現実世界とかけ離れた異世界から、現実世界へと戻るための手段を探すために、仲間と共に旅を始める。
しかし、その為にはこの世界で新たに名前を登録し、何かしらの仕事に就かなければいけないというルールが。おじさんは魔法使い見習いに、女子大生は僧侶に決まったが、魔法使いの師匠は幽霊となった大魔導士、僧侶の彼女は無所属と波乱が待ち受ける。
果たして、二人は現実世界へ無事に戻れるのか?
そんな彼らを戦いに引き込む闇の魔法使いが現れる・・・。
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
元、チート魔王が頼りない件。
雪見だいふく
ファンタジー
『魔界を助けるのは俺だ――』
成績優秀で運動神経抜群、容姿だけ平凡な高校生。桐生 壮一(きりゅう そういち)はある日、帰宅途中にトラックに轢かれそうになっている犬を見つけて……
これはひょんなことから魔王と契約を交わし、世界を救うことになった高校生のお話。
『普通の生活を送る俺と魔王様のドタバタストーリー!?』
魔王様がだんだんと強くなっていく成り上がり気味のストーリーでもあります。
ぜひ読んでください!
笑いあり感動あり。
そんな作品にするのでよろしくお願いします!!
小説家になろう様の方でも掲載しています。
題名変更しました。
旧名『俺と魔王の服従生活』
元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる
ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。
モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。
実は前世が剣聖の俺。
剣を持てば最強だ。
最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。
転生しても侍 〜この父に任せておけ、そう呟いたカシロウは〜
ハマハマ
ファンタジー
ファンタジー×お侍×父と子の物語。
戦国時代を生きた侍、山尾甲士郎《ヤマオ・カシロウ》は生まれ変わった。
そして転生先において、不思議な力に目覚めた幼い我が子。
「この父に任せておけ」
そう呟いたカシロウは、父の責務を果たすべくその愛刀と、さらに自らにも目覚めた不思議な力とともに二度目の生を斬り開いてゆく。
※表紙絵はみやこのじょう様に頂きました!
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
剣と魔法の世界で俺だけロボット
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎町に住んでいたロボット好きの宮本荒人は、交通事故に巻き込まれたことにより異世界に転生する。
転生した先は、古代魔法文明の遺跡を探索する探索者の集団……クランに所属する夫婦の子供、アラン。
ただし、アランには武器や魔法の才能はほとんどなく、努力に努力を重ねてもどうにか平均に届くかどうかといった程度でしかなかった。
だがそんな中、古代魔法文明の遺跡に潜った時に強制的に転移させられた先にあったのは、心核。
使用者の根源とも言うべきものをその身に纏うマジックアイテム。
この世界においては稀少で、同時に極めて強力な武器の一つとして知られているそれを、アランは生き延びるために使う。……だが、何故か身に纏ったのはファンタジー世界なのにロボット!?
剣と魔法のファンタジー世界において、何故か全高十八メートルもある人型機動兵器を手に入れた主人公。
当然そのような特別な存在が放っておかれるはずもなく……?
小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
転生したらデュラハンだった。首取れてたけど楽しく暮らしてるん。
Tempp
ファンタジー
*試しにタイトル変更(旧:デュラはんは心の友
【あらすじ】
俺、デュラハンのデュラはん。
異世界にトラック転生したら、何故かデュラハンになってた。仕事放り出してプラプラしてたら拾ってくれたのがキウィタス村のボニたん。ボニたんめっちゃええ人で、同僚から匿ってくれるん。俺は代わりに村の周りの魔物倒したりしてるん。
でもなんか最近不穏なんよな。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる